175:電撃戦
[……以上、報告終了、送レ。]
アルベリヒ少尉が作戦本部に報告を上げている間、俺達は周辺警戒をしていた。
警戒とはいえ、敵の塹壕の四隅に立って、補給を受けながらレーダー警戒をしているだけだ。
この敵塹壕陣地戦は、作戦が上手くハマりアッサリとケリがついた。
俺達が側面から急襲し、敵の混乱に合わせて本隊が前進する。
敵AHMは殆どが破壊され、生き残った兵隊達も投降した。
本隊が無事に到着したので、俺達はこうして本隊に付いてきている補給部隊から、弾薬の補充と換装を行っていた。
途中、何度か旧式のジェット戦闘機等が近寄ろうとしていたが、全てオートカノンや腕部バルカン砲で叩き落とされていた。
“AHMが1機いるだけで、従来機では制空権は取れない”
若干の誇張表現ではあるが、それでも現在の戦場の鉄則の1つだ。
仮に1個小隊のAHMを相手にして、攻撃地点に被害が出せるほどの従来型の航空機を用意するとしたら、数十、いや、下手したら百機単位で必要になるだろう。
それなら、同じ費用で似たような数のAHMを作った方が遙かに効率的だ。
昔は、そんな状況に対抗して確実な制空権を確保するために、飛行機形態になるAHMもあったらしい。
だが、100tクラスと同様に生産工場諸共真っ先に狙われて、今やそれらも伝説上の存在だ。
結局、現在の戦場の覇者は陸戦のAHMしかいないのだ。
[補給終了後、ポイントF-7へ移動する。
次の目標は敵前線基地となる。
気を引き締めていけ。]
「タゾノ軍曹、電子欺瞞装備から垂直ミサイルへの換装、他弾薬の補給完了しました。
また、エーテル循環器、エネルギー供給ライン共に問題ありません。」
小隊長の声が無線機から響くと、タイミングを合わせた様に頭の上のコクピットハッチから、整備兵からの“換装・補給終了”の声がする。
AHMは基本、核融合炉で動いている。
融合路内部の核反応を、エーテル粒子で制御している。
それは従来大きな建築物が必要であり、それですら不安定で危険なモノであったが、人類はエーテル粒子を発見したことにより、制御・小型化に成功した。
全長10m、重量50tのこの機体ですら、心臓部は車のエンジンほどの大きさでしかない。
また、エーテル粒子により放射線すらも封じ込めることに成功している。
その為、全てのエネルギー供給を核融合炉から得ているAHMは、歩く、走る、短距離を飛ぶ等と言った基本行動に、ガソリンの様な燃料を必要としない。
意外なことに、短距離ジャンプやこの星に降り立つときの落下用ブースターなどですら、核融合炉のエネルギーを使い大気中のエーテル粒子を取り込み圧縮し、放出しながら点火することで推進力を得ている。
まぁ、長距離用のジャンプジェットを装備している機体には、別途推進剤となる燃料が別に存在するが、そう言った機体もまた、珍しい部類ではあるだろう。
だからこういった戦地での補給は、消耗・損失した装甲や部材の修理、弾薬の補充、フレームの歪みやエネルギー供給ラインの点検・確認となる。
とはいえこれらが無ければ、AHMは鉄の棺桶と同じだ。
こんな“いつ死ぬか解らない”戦場に着いてきて、また俺達が戦えるように整備してくれる整備兵には、心底頭が上がらない。
俺は“了解、ありがとう”と整備兵に礼を返すと、コクピットハッチを閉じて機体を立ち上がらせる。
ふと整備兵の方にカメラを向けると、“気を付けて!”と叫びながら手を振っているのが見える。
俺は機体に軽く手を上げさせると、歩行移動で隊長達の後を追う。
「何だ、名前ぐらい聞いとくんだったか。」
先程俺に声をかけ、去り際に手を振っていた整備兵は、中々に可愛い女性整備兵だった。
人員が不足している帝国軍では、女性も整備兵として狩り出されていると言う所か。
[何だ?お前も遂にお年頃ってか?]
ボブの茶化す通信が入り、“そんなんじゃねぇよ”と返すと、“その話、詳しく”と何故かアルベリヒ少尉が横やりを入れてきていた。
そんな馬鹿な話をしながら、俺達は次の目的地に向けて歩を進める。
[ウィザード32、この辺の地形説明を頼めるか。]
アルベリヒ少尉からの通信で、チャーリー曹長が状況を解説し始める。
これは後で聞いた話だが、アルベリヒ少尉は別の星出身だが、チャーリー曹長はこの星の出身らしい。
ついでに言えば、俺とボブの様に同じ星の出身者が同じ小隊に配属されることは珍しいそうだ。
[それではガイドを仰せつかりましたので、これより解説を始めさせて頂きまぁす。
先程皆様が必死こいて登っておられたのが、ハイキングで有名な“さすらい人の山”という山脈であり、これを王国領に向けて歩くと、森が終わり、その先がプロー公爵領となり、何も無い平原のど真ん中に“燃える水の平原”と呼ばれた旧石油採掘跡地、現在は王国軍サマの糞前線基地がございまぁす。
前線基地は四方を阻むモノが何も無く、狙いたい放題の代わりに、ロック距離まで近付けばすぐに蜂の巣にされる、敵味方どちらにも地獄が待っている、通称“燃える平原基地”がございまぁす。]
チャーリー曹長はツアーガイドの様な口調で、周辺の地理状況を説明してくれる。
幾分皮肉が混じっているが、要約すると帝国領首都は“ニベルング”という名の、小高い丘の上を開拓した、一番古い街であるらしい。
そこから地図で言う右下、南東の方角に“さすらい人の山”という低い山脈が行く手を阻む。
その山脈を越えれば、昔は化石燃料が取れた“燃える水の平原”があり、更にその先が現プロー公爵領王国首都、“ライン”があるらしい。
かつての石油採掘施設の跡地を改造し、王国軍は前線基地として使っているとのことだ。
[聞いての通り、これから向かう敵前線基地は先程と違い、周囲に身を隠すところがない。
その為、我々が先陣を切って正面突撃、敵基地の北へ抜ける。
敵の視線を側面に釘付けた後、正面から本隊が突撃する。]
思わず絶句する。
たかが1小隊に任せる戦場としては、正気の沙汰では無い。
[主力は山の部隊だ。
今ならば前線基地は空っぽで、時間をかければまた攻めるチャンスが失われる。
少なくとも、ここの総指揮をしているタリエシン将軍はそう見込んでいる。
ならば、俺達はやるしかないんだ。]
諦観とも取れるその言葉に、俺達はまた黙る。
輸送時の宇宙船でも、このN-3に関して調べているときに、同様の形跡は感じていた。
前線に物資を集積し、現状王国軍に制圧されている高地を制圧する。
そのままの速度で敵前線基地まで電撃的に進撃、王国軍に補充を許さぬまま一気に制圧すれば、その前線基地を逆利用して周辺基地、そして王国領首都“ライン”まで一気通貫で制圧出来る。
ただ、それら全ての起点を、あの“白の貴公子”が潰していた。
物資集積しようとすればその投下ポイントに表れ、別の基地を主力に据えようとすればその基地が半壊するほどに攻めこまれと、これまでほぼやりたいようにやられ、打つ手無しの状態だったようだ。
[了解しました。
ただ、ちょっと体調が悪くなりそうなんで、配置転換を希望しても宜しいでしょうか?]
[ウィザード34、了解した。
この作戦が終了すれば、俺もお前も天国にいるだろうからな。
あちらでは十分に時間がある。
そこで手続きを行うとしよう。]
俺も含めて、無線機から皆の笑い声が聞こえる。
夕闇が辺りを覆い始める中でも、森の切れ目がハッキリと見えてきた。
あの切れ目がまさしく死の境界線だ。
「ウィザード33からウィザード31へ、どうせ突撃するなら派手な狼煙を上げたいのですが、良いですか?」
[なに?……どうせ同じか。
構わん、やってみせろ。]
各機が森の切れ目スレスレに配置し、いつでも飛び込めるように待機する。
一応はレーダーの範囲外なのか、敵基地に動きは無い。
「マキーナ、暗視モード。」
大分薄暗くなった周囲を意識し、暗視モードに切り替える。
狙いは基地の四隅にある物見櫓だ。
<こちらから見て、基地右手の櫓を攻撃することを推奨します。>
マキーナが表示する予測では、俺達は基地の西側から突撃を開始すると、斜めに移動しながら北上する。
その際に、早い段階で俺達の攻撃範囲から外れる割に、櫓からはギリギリまでこちらをサーチライト等で捕らえ続けられる。
これを先手で破壊できれば、生存確率が20%くらい上昇するとマキーナの予測は見込んでいた。
なら、これを攻撃しない手は無い。
暗視モードからの手動照準、マキーナによる風量計測。
「ウィザード33より各機へ。
敵基地南西部の櫓を狙います。
発砲後、行動開始をお願いします。」
[[[了解。]]]
短く息を吐くと、俺はトリガーに指をかけた。




