172:マン・ハント(前編)
「良かったのかよ、あそこで断っちまって?」
俺達は慰労会が終わった後、宿に真っ直ぐ帰らずに夜の町をウロついていた。
あんな場で出された食事など、どこに入ったか解らない。
改めて飯でも食おうと、ボブと二人で手頃な居酒屋に入っていた。
「ん?何がだよ?」
「だから、親衛隊に入れば、もう少し楽な生活が待ってたんじゃねぇかって、言ってんだよ。」
俺は安物のウイスキーのソーダ割を飲みながら、大事に残しておいた鳥皮の串焼きに手を伸ばすが、すんでの所でボブにさらわれる。
「あっ、テメッ!それ俺が大事に取っておいた皮焼きだぞっ!マジふざけんなよ!?」
「あ?いらねぇのかと思って、俺様が処分してやったんだよ。それより何だって?」
“テメェ、次ヤバくても助けねぇからな”と捨て台詞を投げつつ、慰労会でのチビ蛙の言葉を繰り返す。
貧困から抜け出すために軍人になったのだとしたら、アレは美味い話だったのでは無いか、と思えたのだ。
「あのなぁ、モノ、確かに俺は貧乏が嫌でこうなったけどよ、戦争が好きって訳じゃねぇんだよ。
まぁ、あのお姫様の近くにいられるってのも悪くねぇかも知れねぇけどよ、それこそ親衛隊なんかになったら、いつ退役出来るんだよって話だぜ。」
「そういやお前、あのお姫さん相手にガチガチに緊張してたな。」
プフーと笑うと、今度はボブが“あ?緊張とかしてねぇし!”と喧嘩腰になる。
そこでふと思いだし、ポケットから端末を取り出す。
端末と言っても、元の世界のスマホくらいの大きさの画面付き端末だ。
電源を入れて中の情報を表示する。
中身はフリード教のいわゆる教典、あるいは聖書のようなモノだった。
ざっと斜め読みしたが、神が大地を作っただの、人に宇宙に出る知恵を授けただのと、あの存在を知っている俺からすれば笑わざるを得ない内容だ。
ただ、文中に奇妙な内容も見かけた。
「不死身で鋼鉄で出来た騎兵が、邪竜を退治するって話があるみたいだな。」
「よくあるお伽話だろ?」
何でも無いようにボブは返すが、これも違和感だ。
“龍退治”を教典に載せている奴等が、“竜胆の力”なんか欲するのかねぇ?
<探知が遅れました。警告します。その端末2つから、何らかの信号が発信し続けています。>
マキーナから唐突に注意が飛ぶ。
不信に思い、手持ちの万能ナイフで端末の外装を開けてみる。
「おいおい、暇だからってバラす……なよ……。」
ネジを外しカバーを開けたその中身を、ボブも見ていた。
見ていたからこそ、その“どう見ても端末の機能に関係なさそうな”部品に目が行く。
「なんだこれ?ボブ、解るか?」
「シロニア製の、安い発信機だな。」
端末から外したソレを、ボブが指で摘まみ上げて裏表を見ながら、呟くように評価を下す。
“見ろよこれ”と小さな基盤の裏側には、“電爪有限公司”という文字が薄ら見える。
俺達は顔を合わせて何とも言えない顔をする。
このメーカーの製品は、ちょっとその辺の路地裏にあるジャンク屋を探せば、確かにすぐ見つかる。
だがあの“教皇”が渡したモノの中に入っているとなると、意味が変わってくる。
適当な電気屋で仕入れたのか、あるいはあの教団はこれを大量に購入できるほどには、“外国とも繋がりがある”のか。
後者なら、恐ろしいことになる予感がする。
「なぁ、そう言えばあの教団って、発祥はどこなん……!?」
俺は言葉を最後まで言うことは出来なかった。
今俺達がいる場所は賑やかな繁華街ではあるが、それとは全く異質な爆発音が近くの建物から響き、ズシン、ズシンと地響きが近付く音が聞こえる。
爆音と同時に伏せていた俺達はすぐに体を起こすと、入口近くに屈んだまま近付く。
「なんだありゃ?極軽量級のAHMか?」
2階建ての建物と同じくらいのAHMが、周囲を警戒しながらこちらに近付いてきていた。
両腕はなく、卵型の胴体に鳥のような関節の足がついており、頭の代わりに小型のオートカノンがついている。
よく見れば胴体の下にも機銃がついており、忙しなく周囲に銃口を向けている。
「……最悪だ。」
ボブが顔を青ざめさせながら、ポツリと呟く。
「何だあのAHM?帝国にも王国にも、あんな機体無かったと記憶してるが?」
俺はボブに訪ねながらも、手持ちの武器を調べる。
万能ナイフ1本とハンドガン1丁、予備マガジン2本。
多分ボブも似たようなモノだろう。
こんな豆鉄砲で、AHMに挑むこと自体無理がある。
「あれは、旧ロズノワル共和国軍でよく使われていた10tクラスだな。
確かヨツビシ・マテリアル社の初期製品で、名前は猟犬だったか。
索敵能力は異常に高いが、機動力その他が後発の他社軽量級AHMに全く勝てず、当時から“火星探査時代”と呼ばれていて、結局武装を外して放水機を取り付けた後期量産型が、民間の警備会社とか消防団とかで使われた、っていう機体だ。」
“流石エセインテリ、よく知ってるな”と軽口を叩く俺に、しかしボブは皮肉げな表情を見せる。
「あの機体にはもう1つあだ名がある。
“歩兵殺し”だ。
アレのサーモセンサーは人間1人1人を記録できるくらい、過剰なまでに精密でよ、1度ロックされたら地の果てまで追いかけられるって、割と有名だぜ?
AHMには弱くても、対人・対戦車機としてなら中隊クラスの被害を与えられる、この状況にピッタリのクソッタレだよ。」
ボブの言葉を聞きながら、必死に考える。
いくら何でも帝国領の首都でこの騒ぎだ。
5~10分も逃げ回れば、その内治安維持軍が出撃してくるだろう。
それまで逃げ切れば俺達の勝ち、逃げ切れずに死んだら負けだ。
だが、その5~10分は、俺達2人を殺すのに十分すぎる時間でもあった。
「グダってても仕方ねぇ、裏から逃げるぞ。」
居酒屋のオヤジに交渉し、裏口から脱出しつつ店の車を拝借する。
時間が無いからと、然り気無く銃をチラつかせたのは内緒だ。
俺達が車を発進させると同時に、先程までいた居酒屋の壁が弾け飛ぶ。
「小口径オートカノンで吹き飛ぶとは、安い壁だな!」
「んなこと言ってねぇで前見ろ!」
小口径とはいえ、相手は対戦車用のオートカノンだ。
民間の、それも年季が入った店の壁などひとたまりも無いだろう。
「大通りに出れば、多少は奴もうごきにくくなるんじゃねぇか!?」
車を走らせるボブに怒鳴りながら、この軽トラックに何か使えるモノは無いか探す。
仕入れの帰りだったのか、多少は瓶がある。
「アルコール度数95%、これ使えるな。」
その辺に落ちているタオルをナイフで切り裂き、揺れる車内の中ではあるが、慎重に瓶のキャップを開けて布きれを突っ込む。
アルコール度数の高い酒ならではの、即席火炎瓶だ。
「駄目だ、やっぱり裏路地に回り込むぞ!」
大通りに出た途端、ハウンドは俺達の予想に反して、オートカノンと機銃を乱射し始める。
俺達の隣を走る車や、対向車線の車が流れ弾で次々と弾け飛び、爆発を繰り返す。
「クソッ!何で俺等を狙ってくるんだよ!
モノ、お前なんかやったろ!?」
「知るかよ!お前聞いて来いよ!!」
急旋回で路地裏の細道へ車を滑り込ませる。
ドアミラーは弾け飛び、ドアはあちこちぶつけているが、そんな事を気にする余裕は無い。
「ソイツは名案だな!じゃあついでに、ギフトレジストリーも聞いてきてやろうか!?」
上下に揺れる車内では、即席火炎瓶もこの1本を作るのがやっとだ。
「あんな奴に買ってやるのは御免被るね!!
っつーかボブ、この道、大丈夫なんだろうな!?」
ギフトレジストリーは確か、元の世界のアメリカでもあった文化の筈だ。
プレゼントを貰う側が商品リストを提示して、送る側が予算の中からそれに見合ったモノを買って贈るという、簡単に言うなら“欲しいものリスト”みたいなモノだ。
「ご覧の通りだ。流石俺だろ?」
この路地は1本道、後ろからはAHMの駆動音が響いている。
車から降りると、半ば自棄になりながら勢い良くドアを閉める。
「ホントだな、クソッタレ。」
路地の先には、これでもかと言うくらい頑丈そうな壁が立ち塞がっていた。




