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異世界殺し  作者: Tetsuさん
鋼鉄の光
172/831

171:歌姫

「……それは解っていますが、しかし今が好機なのも事実では無いですか!!」




厭戦ラジオを聞きながらの昼食を終え、ボブ機の修理を再開しようとした俺達に、集合を知らせる連絡が端末に表示された。

後のことを整備兵達に任せ、小隊長室に到着した俺達は、室内から聞こえる隊長の怒号に顔を見合わせる。


「失礼します!セーダイ、ボブ両名、到着致しました!」


集合がかかっている以上、入らないわけにも行くまい。

ノックして入室すると、どこかに通信している隊長の姿と、珍しく真剣な顔で不機嫌になっているチャーリー副隊長の姿がそこにあった。


「……解りました。両名を首都に向かわせます。」


隊長が通信機を置き、こちらに改めて向き直る。


「お前等、教団にコネでもあるのか?」


真顔でそう訪ねる隊長に、俺達はハテナマークが浮かぶ。

事情を聞くと、近々N-3の帝国首都“ニベルング”で、聖女による慰労会が催されるらしい。

そこに俺とボブを出席させるようにと、首都本部から直々に連絡があったそうだ。


ふと思いだし、“宇宙船の中で少し聖女と雑談したくらいだ”と俺は説明したが、隊長は納得し切れてはいないようだ。

事情を説明するように、副隊長のチャーリー曹長が口を開く。


「お前達の活躍があって、この基地は人員を補充できたし、何より物資も大量に補充できた。

しかも噂じゃ例の“白の貴公子”はこの星にいない。

今まで劣勢だった分を取り返す為にも、敵の前線を崩すには最高の瞬間だ。」


缶コーヒーを飲み干し、ゴミ箱に投げ入れた隊長が話を継ぐ。


「だがその最高の瞬間に、上はお前等にお綺麗なおべべを着せて、ランプの灯りが煌めく素敵な慰労会に出席させろ、と言ってきやがった。

これでお前等を教団の関係者か何かと疑うなと言う方が無理があるだろう。」


なるほど、そりゃ業腹だろうな。

それでも、俺達はその教団とやらに何かコネクションがあるわけでは無いと説明だけはしておく。

ここまでの怒りを見せていた隊長も、どこかで諦めがあったようだ。

俺達に特別休暇と、慰労会の招待状を渡す。


「モノも俺も、特段教団と親しくない訳ですし、こんなの放っておいて、敵基地を攻撃した方が良いのでは……?」


ボブが思ったことを口にしてしまうが、それに対しては隊長も副長も苦笑いを浮かべる。


「ボブ、俺達は軍隊に所属する兵隊で、暴力装置だ。

戦う場所と時間は偉い人が決める。

俺達暴力装置は、それがどんなに理不尽な命令でも、命令された状況の中でベストを尽くすしか方法がないんだよ。」


チャーリー曹長が、優しく諭す。

確かにそれが真実なのだろう。

そして、先程のやり取りを思い出すに、同じ事を小隊長が上に掛け合っていた訳か。


俺達は、何とも言えない表情になりながら、渡された招待状に目を落とすのだった。





「……まるで別世界だな。」


ボブの意見と同感だった。

結局あれから数日後、俺達は前線基地から帝国首都ニベルングに向かい、制服姿で慰労会に参加させられていた。

華やかな会場に豪華な食事と酒、回りの階級章を見ても少佐以上の人間しかおらず、俺達は完全に場違いの空間で壁の花となっていた。


PX(酒保)の低アルコールビールとは訳が違う、本物のワインが並んでいるが、俺もボブも手を付けるのは躊躇っていた。


「こんばんは、エースさん。」


ただただ圧倒されている俺達に声がかかる。

そちらを見れば、ドレス姿のサラ姫がこちらに近付いてくる。


俺は姿勢を正し敬礼すると、ボブも遅れて同じ仕草をする。


「これはサラ様、何時ぞやは失礼致しました!」


俺の台詞を聞いてボブがギョッとする。

そりゃそうか、天上人みたいな存在が気さくに話しかけてきてるし、それに俺が普通に発言を返しているのだから、何事かと思うよな。


「いえ、こちらこそ。」


サラ姫は、あの時見せたような穏やかな表情で、形式的な返答を返す。

あの時の対応自体を有耶無耶にしようという考えなのかな?と疑問が頭をよぎる。

ここではマズいから、極力右目に意識を向けないことにする。


「さ、サラ様にお目にかかれるとは、光栄の至りであります!」


緊張したボブの姿に笑いそうになるが、公式の場だ。

グッと堪える。


「お二人とも、そんなに堅苦しくしないで下さい。

私は“聖女”などと呼ばれていますが、実際は今も落ち延びている身、このように扱って頂いて、教団の方々は勿論、帝国の皆様にも本当に感謝しておりますのよ。」


この世界のサラ・ロズノワルは、かつて行方不明だった事があるらしい。

当時のロズノワル首都が陥落し、ロズノワル党首が殺害される前に家族を逃がした。

まだ赤子だったサラ・ロズノワルもその一人であり、見つかった親族は次々と殺害されたらしいが、サラ・ロズノワルは行方不明だった。


ところが近年、どこから出た話かは解らないが、“黒薔薇の庭園(ロズノワル・ガーデン)には秘宝が眠っているが、それらはロズノワルの血族のみが受け継げる”という噂が出回る。


高名な冒険家(トレジャーハンター)達がこぞって黒薔薇の庭園(ロズノワル・ガーデン)に向かい、そして帰って来ないことも、旧ロズノワル領の各地でそれらしき痕跡が発見されたことも、その噂に拍車をかけた。


これにより、各国家は突然“ロズノワル血族探し”を始め、同時にあらゆる冒険家(トレジャーハンター)達も旧ロズノワル領を探索し始める。

スタンドアローンタイプの、幻の機体制御AIが見つかっただの、伝説(レジェンド)級と言われる100tクラスの部品が見つかっただのと、一時期は大騒ぎだったそうだ。


その騒ぎが一段落した頃、フリード教のミーメ・ファーフという教皇が“行方不明のサラ・ロズノワルを保護した”という話が上がる。

彼女が教団と帝国に好意的であったことが示されたことで、帝国はまたもにわかに活気づく。


“お伽話のように、この戦争は帝国が正しいのでは無いか”

“王国に奪われたロズノワル領の奪還を”

“ロズノワルの遺産は帝国のモノだ”


最前線から遠いところにいる、元々帝国だった人間達は、こぞってその意見を口にした。

結果、今も王国との戦争は終わっていない。


良い迷惑なのは、元々ロズノワル領で生まれた人達だろう。

元々平和に暮らしていたところを帝国と王国に襲われ、しかもその後は国を分断されて勝手に戦争されている、挙げ句その戦いに自分達も狩り出され、かつての同胞達と殺し合いをさせられているのだ。

旧ロズノワル共和国の領地だった星々の住人達には、“帝国や王国から独立したい”という不満が静かに蔓延していた。


だが、今このサラ姫と話していても、何となくそう言った悲壮感を感じない。

先程からの会話の端々に、帝国への感謝を口にしている。

今の立場がそう言わせているのか、それとも何か別の考えがあるのか。

いっそ、少しツッコんで聞いてみるかと、口を開きかける。


「おぉ、サラ姫、ここにいたのか。

ん?この者達は誰だ?」


その思考と言葉は、サラ姫の後ろから現れた、“豪華をやたらと前面に出した”悪趣味な出で立ちの、蛙のような男に邪魔をされる。

俺達を見るとあからさまに“不審な下級兵士を見る目”を向けてきたが、サラ姫が俺達を紹介すると、コロリとその表情を変え、人の良さそうな笑顔をこちらに向ける。


「おぉ、君達が例の“白の貴公子”を追い返したエース君達か!

いやいや、君達のようなエースが我が軍にいてくれるなら、帝国も安泰ですな!」


サラ姫がお付きの人に連れられてこの場を後にすると、このチビ蛙と俺達が残され、チビ蛙のお世辞を苦笑いしながら聞くことになる。

やれ帝国の希望だの輝かしい帝国の勝利のためだのと、実際に戦闘を行っている俺達が聞いていると、怒りを通り越し呆れの方が強くなってくる。


殺し合いに輝かしいも糞もないもんだ。

皮肉ってやろうか、いや立場が圧倒的に上だしなぁ、と悩んでいると、チビ蛙は妙なことを言う。


「君達も、希望すればいつかはサラ姫の親衛隊に取り立てても良いと私は考えている。

是非、検討して欲しいところだ。

勿論、今のような待遇から比べれば、きっと天と地の差があるだろう。」


何と答えようか迷っている俺よりも早く、ボブが毅然とした態度で敬礼しながら返答する。


「自分達の腕を買って頂き、ありがとうございます。

しかし、自分達は前線に配属されたばかりであり、前線にはもっと優秀な先輩達が沢山います。

まずは、彼等に追い付くことが、我々半人前の急務と考えています。」


この答えに、本当に一瞬だけ、チビ蛙の目に殺意が浮いたのを見逃さなかった。

だが、チビ蛙は人の良さそうな笑顔を浮かべると、袖口からデータ端末を俺達にそれぞれ渡した。


「おぉ、流石現場の兵士さん達は違いますな。

私も急ぎすぎたようだ。

まずは是非、この教団の教えをお読み下さい。

きっと、これが貴方達の助けになると私は信じておりますよ。」


信仰する気はさらさら無いが、今この場で捨てるわけにもいかない。

取りあえず俺とボブはソレを受け取ると、場内の明かりが落とされて薄暗くなり始める。


「おぉ、サラ姫様の舞台のようですな。

それではお二人とも、是非彼女の歌声をお楽しみ下さい。

あなた方に神のご加護を。」


チビ蛙は人の良さそうな笑顔でそういうと、何処かへ去って行く。

スポットライトを浴びて幻想的な光景の中で歌う彼女を、俺達はただただ見つめていた。


その歌声は凜として美しい。

ただ俺の目には、美しい歌声で歌う彼女の姿と、この世全てを呪い、憎悪と憤怒で歪む彼女の姿が、重なって見えていた。

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