170:厭戦放送
[いやぁ、助かったぜお前ら。]
救援に来た40tクラスAHM“タウベ”のパイロットから通信が入る。
喋り口調や声のトーンから、随分と軽い男だなぁ、という印象を感じる。
[食いもんはさ、最悪近所の町から買えばどうにかなるんだけどな。
流石に弾も資材も心許なくなってたからな、実際今の一発で、こいつのショルダーカノンも残弾0になっちまってたんだわ。]
笑いながら言われたが、その話を聞いて俺達はゾッとした。
バレなくてよかった。
実際は救援でもなんでもなく、ただの張り子の虎だったとは。
苦笑いを返しつつ、ボブ機を担ぎ上げて前線基地へと機体を向かわせる。
ともかく今は休憩したい。
[この基地に、無傷で追加の物資が届いたのは今回が初めてだからな。お前らの配属祝いと合わせて、今日は少し盛大に祝ってやるからよ。]
表情を引きつらせながら、俺はそれに生返事をする。
まぁ、それもそうか。
ここから別の配属なんてありえないよな。
というか、これ追加の物資だったのかよ。
思わず突っ込むと、“あったりめぇだろ、帝国軍だって馬鹿じゃねぇよ”と、サラリと返されてしまった。
要は俺達は成功しようと失敗しようと最低限の補充には問題の無い、よく目立つ囮だったわけだ。
俺は操縦をオートにすると、シートにもたれて脱力する。
まぁ、とは言え、王国軍に見つからないような陸路のルートを進むには、必要最低限の物資しか運搬できないらしく、そうなるとどうしても食料や通常兵器の弾薬、それとAHMの資材が優先され、一番大事なAHMの弾薬が足りず、この基地は慢性的な弾不足だったらしい。
それが、今回の俺達の物資で余るほど入手出来たとのことで、早速基地では整備兵達が手ぐすね引いて待っているらしい。
ともあれあの転生者に最も近い最前線基地への配属になったし、先の戦いでアイツに被害を与えつつ、この基地に予定外の補充を実施できた訳だ。
あまり、深く考えるのは止めよう。
今は、初戦を生きて超えられたことに感謝しつつ、晩飯を楽しみにするべきだ。
「宇宙船は量の無いスカスカな病院食みたいな飯ばっかりでしたからね、期待してますよ。」
[お、良いねぇ。新人はそうでなくちゃな。
俺の方からも料理長に言っといてやるよ。
……お、基地が見えてきたぞ。]
モニターを基地の方へズームすると、実に簡素な基地が見える。
半球状のバラック施設が、恐らくAHMの格納庫だ。
4機のAHMが、コンテナを抱えながらそこに入っていくのが見える。
なるほど、恐らくはアレが本命の物資って所か。
他には人間が出入りしている宿舎の様な建物が幾つかと、唯一コンクリートで出来た大きめの建物があるくらいで、後は原始的な見張り小屋らしきモノが2つと、対AHM用だろうか、尖った鉄骨を組み上げたバリケードらしきモノがあるくらいだ。
そのあまりの頼りなさに言葉を失いつつも、俺達は修理の為に格納庫へと機体を進ませるのだった。
「改めて歓迎する。
ここは帝国フルデペシェ領軍所属、第3機甲連隊第1大隊第2中隊駐屯地となる。
……まぁ、長いんで俺達はここを“フクロウの巣”と呼んでいるがね。
あぁそれと、第2中隊の基本コールサインは“ウィザード”となる。
そしてお前達は空席のあった我が第3小隊に配属となる。
第3小隊の隊長は私、アルベリヒ少尉となる。
もう1人の隊員は……。」
「さっきのタウベに乗ってた俺だ。チャーリー曹長。
立場的に一応副隊長って所だな。
あ、それと夢は女の子だけの“エンジェル”って言う小隊作って、そこの隊長になることだ。
お前等は入れないけど、よろしくな、坊主達。」
黒髪でオールバック、左目の上から下まである傷痕がその厳めしさをより強調している隊長と、あまり手入れされていない金髪で、軍服も着崩している副隊長と言うことで、何とも真逆な2人だった。
ともあれ、今はこの2人が上官だ。
「セーダイ・タゾノ軍曹であります!
これからよろしくお願い致します!」
「ボブ・エンフェールド軍曹であります!
同じく、これからよろしくお願い致します!」
俺とボブは敬礼すると、自己紹介をする。
ボブ、お前そんな名字だったんか……、今まで知らんかったわ。
そんな俺の内心の驚きをよそに、副長から“まぁそんな堅苦しくしなさんな”とフランクな返答を受ける。
隊長も特に小言を言わないところを見ると、それには同意のようだ。
「よし、ボブにセーダイか。これからよろしく頼む。
今夜はお前等の歓迎会だ。そこで第1小隊と第2小隊の連中にも紹介してやる。
楽しみにしてろよ。」
「低アルコールの、ジュースみたいな酒だがな。」
チャーリー曹長の心底嫌そうなその発言に、皆で笑う。
まぁ、前線基地で酔いどれになっても仕方ないだろう。
その他、細々とした必要事項や施設を教えて貰う。
教えて貰った中で、何故“フクロウの巣”かと聞いた時に、チャーリー曹長がいい加減な表情で“魔法使いの使い魔っつったらフクロウだろ?”と答えていたことが何となく印象的だった。
こう言うのは、きっと偉い人が適当に付けているんだろう。
ついでに知った情報だが、3日勤務すると1日休暇が貰えるらしい。
休暇には近くの町に出ても良いらしいが、客引きは大抵ろくでもないから気を付けろと、チャーリー曹長が真顔で教えてくれた。
休暇があえば、正しい店の選び方を教えてくれるらしい。
……いや、別にそんな情報はいらんのやけど。
「ともかく、改めてよく来てくれた。
これから頼むぞ、新兵。」
俺達も改めて敬礼し、そしてここでの生活が始まる。
夜にひとしきりの歓迎を受けた翌日、朝の哨戒任務が終わった後の昼飯を、格納庫の隅でボブと一緒に取っていた。
ボブ機の脚部損傷が予想外に酷く、マニュアル操縦が出来る俺が、自身のファルケを使って機体を支えたりと、整備のお手伝いをしていたのだ。
「お、リリィちゃんのラジオの時間じゃねぇか。」
ボブが嬉しそうに、胸ポケットから端末を取り出し、チューニングを始める。
“何だ?”と問うよりも早く、端末から軽快な音楽が聞こえる。
-ハーイ、帝国軍の皆、元気かな?リリィ・シラユリのN-3ラジオ、始まるよ!
この番組は、私、リリィ・シラユリがパーソナリティを……。-
「お前、これ厭戦放送じゃねぇか。
こんなの聞いてたら隊長に怒られるぞ。」
俺はボブに釘を刺したが、そのボブから“昨晩隊長と副長から教えて貰ったんだよ”という発言に笑ってしまう。
「モノ、お前も聞いとけよ。
これは隊長の受け売りだけどよ、敵側の方が、意外に正確な情報を持っていたりするもんだろう?」
「本音は?」
“リリィちゃん可愛い、らしいぜ?”と、肩をすくめるボブの表情が全てを物語っている。
よく見れば、整備兵達も昼休みなのか、皆してこの放送を聞いている。
やりたい放題やな、この前線基地。
-さて、本日は良いニュースと悪いニュースが1つずつあります。
まずは良いニュースから。
昨晩の物資投下作戦、大成功おめでとうございます。
特に我が軍のエース、“白の貴公子”を撃退したセーダイ・タゾノ軍曹は大金星でしたね!
何でも、撃退するために仲間ごと攻撃したとか?
帝国は相変わらずですね。
第2次ロズノワル大戦で我が軍を背中から撃ったみたいに、卑劣な同士討ちを、基本の戦いに組み込んでいるのかな?-
あちこちで“ざまぁみろ”という喝采や、“お前等だって砲身向けてたって話じゃねぇか”という野次が飛ぶ。
いや、これでいいのか?
「おぉ~!モノ、お前名前言われて羨ましいなぁ~!」
ボブ、そこじゃない。
ただの一兵卒の俺の名前まで把握されてるとか、ここの機密ガバガバじゃねぇか。
-我が国でこの戦果なら昇格間違い無しですが、帝国軍はケチですね。
タゾノ軍曹、今ならファルケと一緒に投降すれば、少尉待遇でお迎え致しますよ!-
思わず苦笑する。
なるほど、厭戦放送だ。
優秀な兵士を引き抜きかけようとは、笑えてくる。
-それでは、悪いニュースも1つ。
王国はこの度、“白の貴公子”シン・スワリを男爵位に叙爵する事を、正式に発表致しました。
それに伴い、彼には王国が誇る70tクラス座天使級のAHM“ネニュファール”を、しかも彼用にフルカスタマイズした機体にして永久貸与いたしました。
その機体を受け取った彼からの伝言です。
“卑劣な帝国軍、特に味方ごと俺を撃ったタゾノを俺は許さない。次の戦場では、あぁはいかない。”
以上です。
これは前線基地の皆さん、逃げ出した方が良いかも知れませんよ?
さて、ここで1曲お送りします、曲は古き良き名曲、カントリー……。-
周囲の目線が何となく俺に向かう。
ただ、俺はその目線を特に気にすることなく、昼飯を頬張るのだった。




