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異世界殺し  作者: Tetsuさん
光の剣
17/805

16:弱き者達

「何でぇ、景気よさそうじゃねぇか、なぁオイ!」


たまたま入り口近くにいた小柄な村人を、大男が胸ぐらを掴み持ち上げる。


怯えながら足をバタつかせる村人を、別の村人のテーブルに投げつけた。

派手な音を立てて崩れるテーブルとその上の料理。

投げつけられた村人は、グッタリとして動かなくなる。


「ここに殆どの村人さんがいるのでお知らせで~す。

この村はぁ、後から来る俺達の仲間の拠点になりましたぁ~。」


マチェットを持つ男が、ニタニタとそう告げる。


恐らくあの森にいた奴等の残党か、別働隊といったところだろうか。


だが違うかも知れないし、そうだとしても“後から来るはずのお仲間、向こうの森で皆死んでましたよ?”なんて言えば、逆上するかも知れない。

それにこういう事態は、時間をかければかけただけ悪い方向に転ぶ。

だからここの村人達に状況を説明して、増援が無いと安心させ、加勢させた方が、いやでもただの村人を危険に晒すわけには……。


“面倒くさい、まず殺すか”


そう決めて立ち上がろうとした俺の腕を、エル爺さんが掴んだ。


「あんたさん、獣になりかかっとる。人に戻りなされ。」


今までの好々爺とした表情からは想像も付かない、まるで一本の刀のような、殺し合いを知る男の目だった。


「御老、御忠告感謝する。」


冷静になり立ち上がる。

振り返った俺の胸倉を、すぐさま大男が掴む。


「なに内緒話してるのかなぁ……ん?」


掴み上げられる瞬間、腰を落とし重心をやや後ろに安定させる。


(鞭のように、しなやかに)


既に左足を少し前に置き、右足を少し後ろに置く、左前の構えをとっていた。

そのまま左膝を上げ、膝から先が鞭のようになるイメージで、大男の股間を打つ。

蹴り上げる、のではなく、爪先で相手の“裏側”を鞭打つ感じだ。


「ぉぐっ!」


奇妙な声を上げながら、男の姿勢が崩れる。


“男なら”

“素人なら”


だいたいこういう時、同じ行動をとる。

掴んでいた手を離し、前屈みになりながら、両手で股間を押さえる。

下がった頭、その両目を五指がしっかり掠めるように、鞭のようにしならせた左手で目打ちをする。


“ギャッ!”と悲鳴をあげながら、そんなことをしても何の意味も無いのに、右手で両目を押さえ頭を上に持ち上げる。

体はくの字に沈みつつあるのに、頭は上へ持ち上がっている。


では、今がら空きなのはどの部分?


右足を半歩斜め前に出して体を相手の方へ向け、かつて教わった拳法の基本の構え、開足(かいそく)からの中段構えをとる。


(がら空きのこめかみを撃てば一撃殺だが……。)


もう一つのがら空きになっている部分、顎に向けてコンパクトに右の縦拳を撃ち抜き、即座に引いて次弾に備える。


スキンヘッドの大男は、カートゥーンの様にプルプルと頭を振り、そのまま膝から崩れ落ちた。


「なっ!?」


マチェットを持った男とハンマーを持った男が、信じられないような目でこちらを凝視して、固まる。


次の瞬間には、椅子を持った村人達から不意討ちを受け、スキンヘッドと同じように昏倒していた。


「ありがとうございます、エルさん。

自分を見失わずにすみました。」


「エル爺さんでいいさ、若いの。

なぁに、昔あんたさんのような奴を、何人も見てきただけのことさね。」


そういうとまた元の好々爺に戻り、かっかと笑っていた。


三人組の暴漢がきつく縛られて何処かに連れて行かれた後、一応俺は自分が頂戴した分のことは伏せつつ“野犬がいそうだったから遠巻きに見たんだが”という前置きを付けて、森の中のことを大雑把に話した。

ただそれがあのスキンヘッド達が言っていた仲間では無いかも知れないとは付け加えたが。


「よし、こういう時は大抵村長の娘が仕切るんだが、今はあの二人の旅人を送るために都に行ってるから、今日は俺が仕切らせてもらう。

アンソニー、お前一班をまとめて、女子供を村長の家と隣の集会所に避難させろ。

セガール、お前は二班をまとめて手猟具と農具、それから石切場行って手頃な石集めてこい。

三班は俺と一緒に明かりの準備だ。二班が農具集めたら合流して周囲の見回りだ、行くぞ。」


壮年の男が皆の前に立つと、矢継ぎ早に指示を出す。

村の男達は全員、“おう!”と気合いを入れて動き出す。

何人かが“久々の残党狩りじゃ”と嬉しそうに出て行った。


「セーダイさんや、ここは儂等に任せて、まぁ座ってもう一杯エールでもどうかね?」


エル爺さんに言われて、俺は椅子に座り直す。

エル爺さんが声をかけるよりも早く、女将さんがエールとつまみを置いてくれた。


「アンタ、なかなかやるじゃない。

アタシがもう少し若かったら、このエールじゃなくてアタシをサービスするんだけどね。」


そう言って悪戯っぽく笑った。


「いいえ、女将さんは今が一番魅力的ですよ。」


イキイキと働くその姿を見て、本心から言ったつもりだったが“アラアラ、お上手だわね”と笑いながら、調理場に戻っていった。


改めて乾杯をし、先程の状況を教えてもらった。

このような辺鄙な村では、自衛手段が無ければ、夜盗や盗賊団に襲われても、町まで助けを求めに行く間に全滅する。

だから、自警団みたいな物があるらしい。

そして、盗賊などは基本“許されない存在”であるため、生かして町に届けて幾ばくかの報奨金をもらうもよし、根こそぎ“狩って”身ぐるみを売ってもよしと、危険は伴うがそれなりの臨時収入になるのだそうだ。


その話を聞きながら俺は、何かの歴史の本で“武士を一番殺したのは農民”という説があることを思いだしていた。

合戦場の近くに隠れて待機し、死んだ武士の身ぐるみをはぎ、落ち武者を殺して身ぐるみ剥いで首を売りつける。

最も弱く、最も強かで、最も怖ろしい存在。

それが農民だ。


俺の言わんとしていることを察したらしく、エル爺さんは笑いながら「納めるモンが無いと言いながら小麦を隠し、娯楽が無いと言いながらエールを飲み、お貴族様が助けてくれないと泣きながら山賊を狩るのが儂等じゃ。」と豪快に笑った。


「私もいい歳になって色々知っていると思っていましたが、人生の大先輩のお言葉には、叶いませんな。」


二人で声を上げて笑った。

幸せな時間のまま、寝室に向かうことが出来た。

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