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異世界殺し  作者: Tetsuさん
鋼鉄の光
167/831

166:帝国と教団

「N-3での戦況はどうなっている!?」


帝国首都星、作戦会議室の扉が怒号と共に開かれる。

作戦会議室と言っても、中に詰めている人間は300人を超えている。

部屋と言うよりは、もはやオフィスの1フロアと言った方が良いだろう。


それでも、フロア全体に響き渡るような怒号と共に入口の扉が開かれ、全員が一瞬そちらに目を向ける。


そこには身長が2mを超え、しかも今にも軍服が弾け飛ぶのでは無いかと心配するような筋肉の塊とも言える大男が、苛ついた表情を隠そうともせずに仁王立ちしていた。


「こ、これはグートルーネ閣下、言って下されば迎えを出しましたのに……。」


グートルーネと呼ばれた大男は、おずおずと声をかける頭頂部が薄くなった男を一睨みすると、また声を張り上げる。


「えぇい、貴様に話してはおらん!!

タリエシンの奴はどこにいる!?

何故惑星N-3の戦況が、先月から悪化しておるのだ!!」


頭頂部が薄くなった男は“ヒッ”と小さく悲鳴を漏らすと、縮こまりながら震えだす。

全員がどうしたモノかと困り果てた時に、オフィスの一角にあるガラス張りの個室から、髪の長い金髪の優男やさおとこが顔を出し、穏やかな笑顔でグートルーネを迎える。


「アラ閣下、ご機嫌麗しゅう。随分とお早いお着きですわね。

それに、相変わらず逞しいお体……。」


「タリエシン!貴様と気色悪い挨拶をするつもりは無い!現状を報告しろ!」


タリエシンと呼ばれた優男は、“アラ残念”と事も無げに返すと、グートルーネを個室に招く。

グートルーネがドスドスと激しい足音を立てて個室に入り、ドアが乱暴に閉じられた後、オフィスの全員はホッと胸をなで下ろしながら、そして、いつかガラスのドアが割れるのでは無いかと小さな心配をしながら、それぞれの仕事を再開するのだった。


「閣下、あまり部下を威圧されるのは困ります。ここに居るのは戦地に行ったことも無いような、善良な小心者達なのですから。」


タリエシンは穏やかにそう話しながら、手慣れた手つきでお茶を入れ、そしてグートルーネに差し出す。

グートルーネは無言でお茶を1口飲んだ後、改めてタリエシンを睨み付ける。


「なら、俺が威圧せんで済むように、戦果をあげんか。

……戦場にいる兵士達は、今も命の危機を感じながら戦っているのだ。

ここに居る奴等も、少しは命の危険を感じて貰わねば、不公平であろう。

……それはそうと貴様、先月俺に“現状のN-3であれば、1か月で落としてみせる”と豪語していたでは無いか。何があった?」


タリエシンは困ったように、その長い金髪を指で巻きながら1つのデータをグートルーネに転送する。

グートルーネは転送されたデータをチラリと見ると、“フン”と鼻で笑う。


「噂の“白の貴公子”か。

まさかコイツ一人に、計画が崩されていると言うわけではあるまい?」


「そのまさかですわ。

閣下、その者の戦果もご確認下さいな。」


グートルーネが改めて戦果を見、そして“ウゥム”と唸る。

これが王国の発表なら一笑に付しただろう。

だが、その被害報告は帝国からの情報だ。

その信憑性は疑いようが無い。

それだとしても、この戦績は奇妙に感じる。

帝国軍の要となる作戦に必ず現れ、そしてこちらの出鼻を挫いている。

最初の数戦は偶然だとしても、あまりにも出来過ぎている。


「……内通者か?」


「流石は閣下、アタクシと同じ結論に達しましたわね。」


誰でもよく見れば解ること、つまりは皮肉だが、それを悪びれもせずシレッと言うところがこのオカマの憎めない所か。


「……やはり、“教団”の連中か?」


「アタクシからは、そこまでは何とも。

ただ、現場の兵士達もどこまで教団の息がかかっているか解らない以上、腕が立ち、尚且つ現場に染まってない人材の投入は必要不可欠かと。」


“そんな奴がいるものか”

グートルーネは見ていたデータ端末から目を離し、ため息と共にそう呟きながら椅子の背もたれに寄りかかる。


グートルーネは、フルネームを“グートルーネ・フルデペシェ”という。

フルデペシェの家系の中での彼は末端も良いところであり、納めるべき領地を持っていない。

その為、帝国軍の将軍となっていたが、その用兵は堅実であり、厳しいが公平と、現場の人間からは好かれるタイプではあった。

彼の先祖は第二次ロズノワル大戦において、王国軍の追撃に反対を示していた立場だった。

彼自身、歴史的な戦争、特に戦術論は熱心に学んでおり、帝国には否定されていても、先祖の判断は間違っていなかったと信じている。

良くも悪くもその真っ直ぐな性格は、軍人としては良好でも、政治の世界には向いていないと言うことだろう。


事実、ロズノワル共和国の隠し球にぶち当たり、複数連隊クラスの被害を出した帝国は、その求心力の低下を防ぐために、当時人々に広く信仰されていたフリード教という宗教団体に縋り、これを国教とした。

これにより一時的に建て直りはしたが、結果として宗教団体との癒着と腐敗を呼ぶことになる。


そして、腐りきった宗教団体は、今まさに不穏な空気を醸し出し始めていた。


「人の心が荒れすさめば、すぐに人は神に縋る。

結果、奴等の懐が暖まるだけとは、何とも寂しい話だな。」


そうぼやくグートルーネに苦笑いしていると、タリエシンの端末に緊急の通信が入る。

相手は、彼の数少ない手駒と言える存在からであった。


「閣下、間もなく教皇と聖女が来るそうですわ。

このお話は、また後日に。

……それと人材の方、意外に良い物件がありそうですわよ。

首都星の候補生に、中々の使い手がいるそうですわ。今、裏で手を回していますが、もしもの時はお力添えを。」


また何かが転送されたデータを見るため、体を起こすと端末に手を伸ばす。

画像には、年齢の割には老け顔の、どこにでもいそうな冴えない男が映っていた。


「セーダイ・タゾノ……か。そこそこ出来るようだが、すぐに死にそうな顔をしておるな。」


興味なさそうに端末の電源を切ると、席を立つ。


「奴等の相手はタリエシン、お前に任せる。

この候補生の件も、何とかしてやろう。

なればこそ、貴様には戦果を期待する。」


「お任せを、グートルーネ閣下。」


グートルーネは来たときと同じように、嵐のような様相で作戦会議室を後にする。


嵐が過ぎ去った後の個室で、外から見られても不自然では無いように、グートルーネに送ったデータ端末の情報を消し、周囲に仕掛けられた盗聴器のジャミングを外す。


それにしても、自分とグートルーネの会話が聞けなかったからか、教皇と聖女がセットで来るとは。


(この戦争、一体どこに向かっているのかしら。)


タリエシンにはそこまでは見通せない。

ただ、嵐の次は蛇のご来場か、と思いながら、新しい紅茶を用意するのだった。




「これはこれはタリエシン将軍、お忙しい中をお時間頂き、真に恐悦至極の次第であります。」


「とんでもない事でございますわ、ミーメ・ファーフ猊下にサラ姫様。

今や我等帝国の命運を握るお二人をこちらに伺わせてしまい、真に申し訳なく思っていますわよ。」


チラリと当て擦る。

“忙しいのによくここに来る時間があったな”と、言外に添えるのを忘れない。

だが、これくらいはお互い、挨拶程度にもならない。

教皇はニコニコとした笑顔を崩さない。


「これはこれは、お優しい言葉、痛み入ります。

そう言えば先程グートルーネ閣下とすれ違いましてね。

何か緊急の要件でも御座いましたかな?

お急ぎであれば我々も失礼致しますが?」


(アンタ等追い払っても、盗聴器でどうせ聞くんでしょうが。)


表面上はにこやかにしながらも、腹の中で毒づく。

グートルーネは大分前に退出している。

あの寄り道嫌いなグートルーネが、この二人とすれ違う可能性はほぼ無い。

どれだけ教団が軍内部に諜報の手を伸ばしているのか、嫌と言うほど実感させられる。

それに、その事を追求してここで叩き出しては、間違いなく上層部から注意が飛び、自分だけで無くグートルーネの立場が悪くなる。

それだけは避けねばならない。


「いえ、閣下のはいつものお小言ですのよ。

今、最前線と言える惑星N-3をご存じかしら?

あちらの攻略が思うように進まないので、たまにこうして当たり散らしに来るだけですわよ。」


何でも無い、いつものお小言を装うが、惑星の名前を聞いた途端、教皇の目が光る。


「おぉ、惑星N-3でしたか。

いやはや、今日伺ったのはまさにその星のことでしてな。

ここにいるサラ姫様が、直接伺い兵士の慰労を、と、考えておりましてな。

実に素晴らしいアイデアなので、我々としても是非実現させたいと、グンター様ともお話ししておりましてな。」


それを聞いたとき、タリエシンは頭に血が昇るのを必死に抑えた。

グンター・フルデペシェ。

グートルーネの兄であり、現在の惑星N-3の帝国側領地の領主であり、弟と違い軍人と言うよりは政治屋の側面が強い人物だ。

領主と話が済んでいると言うことは、既に自分が異論を挟む余地など無い。


つまりこの訪問には、実質的に何の意味も無い。

ただの表敬訪問であり、いや、もっと言うなら“事後通達”でしか無い。

“前線行くから護衛の兵士を出せ”と言っているに過ぎない。

また、現在の科学力では、恒星間移動はそんなに頻繁に出来るモノでは無い。

物資や人員を移動させるには、極力一括で動かすことになる。


……つまり、こちらの狙いなど既にお見通しで、“増員する新兵も洗脳してやる”という、勝利宣言に等しい。


もはや打つ手は無い。

後は“候補生が教会に従わない”事を祈るしか無い。

ただ、優秀であればあるほど、その甘言に簡単に乗ってしまうだろう。

表面上は変わらずこの二人に接しながらも、タリエシンは必死に対抗策を考えるのであった。



……俺が配属されるに至ったこの経緯、ずっと後で知らされた事だ。

この時の俺は確か、二日酔いに苦しみながら卒業証書を受け取っていた気がする。

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