165:戦場のお伽話
「どうだった?アイツらと戦った感想は?」
模擬戦が終われば、門出を祝う壮行会という名の宴席が設けられ、候補生達も久々の酒に目の色を変えて騒いでいる。
この後の行く末を知っているからこそ、今日ばかりは教官達も職員も、ソレを止めることは無い。
そんな候補生達を穏やかな表情で見つめながら、先任曹長もグラスを片手に、教導に来た4人の話を聞いていた。
「確かに、訓練生の中で我々に損害を出させたのは、あの小隊だけでしたね。
先任曹長殿が自慢されるのも、納得できました。
1人は標準的でしたが、残りの3人は光るモノを持っているかと。
このまま生き残れれば、良き操縦士になるでしょう。」
ヴォータン中尉はアルコールを口にしながらも、その姿勢と口調は崩さない。
「特にローゲと私を仕留めたあの男は、中々に面白かったですね。」
「何言ってる、ありゃお前の勝ちだったろうが。
第一あの野郎、AHMにあんな無茶な機動をさせおって。」
先任曹長のぼやきを聞いて、初めてヴォータン中尉がニヤリと笑う。
酒の勢いも手伝ってか、どこか楽しげな笑いだった。
「あれは私の負けです。
彼が気付いていれば、ですが。
あぁ、あの戦闘データ、ウチの技術部に送っておいて頂けますか。
あの機動データは、きっと喜ぶと思います。」
小隊の仲間が不思議がる。
“あれは隊長の勝ちだったではないか”と、皆が口を揃える。
「お前達も、もっとしっかりと状況を分析することだ。
あの時、確かに俺の大剣で彼の機体の頭は飛ばせただろう。
だが、彼の左腕部バルカンは、既に私の機体の脇腹に当てられていた。
あの距離から撃たれれば、確実にコクピットまで届く。
……あれが実戦なら、死んでいたのは私だ。」
何でも無いような、しかしどこか嬉しそうな表情でそう告げる隊長を見ながら、3人は言葉を失う。
ローゲは“まぁ、俺も事故ったしなぁ”と呟き、“あれはお前の負けだろ”と皆から突っ込まれていた。
ヴォータン中尉はその光景を微笑ましく見ながらも、“今年の候補生達は、1年たった時に何人減ってしまうのか”と、少し胸の内が締め付けられるような想いに囚われるのだった。
俺達はひとしきり今回の模擬戦の成果を語り、盛り上がりも一段落していたところで教官達に目を向ける。
俺達への配慮からだろうか、遠巻きに何かを雑談している姿が見える。
こういう時は、下の人間が声をかけないと輪に入りづらいもんだしな。
俺はグラスとワインのボトルを手に、そんな教官達の元へ向かう。
「教官、宜しければ皆に戦場での心得をご教授頂けないでしょうか。」
それは本心からの言葉だったが、本音は別にある。
どこで彼等の部隊と連携することになるかわかりはしない。
ならば、候補生達も顔を売っておいた方が良いはずだろう。
その思惑もあって声をかけたが、ヴォータン中尉にはその思惑もしっかりと伝わったらしい。
ニヤリと笑うと、“良いだろう”と杯を受けてくれる。
小隊の仲間は“寡黙のヴォータンが受けるとは珍しい”なんて茶化していたが、それには聞こえないふりをしておいた。
ヴォータン中尉はアルコールで口を湿らすと、若かりし頃に体験したお伽話を俺達に聞かせてくれるのだった。
「あれは、俺がまだ曹長の時に遭遇したことだ……。」
ヴォータン中尉が曹長時代、とある惑星の前線にいた。
そこでの戦闘は熾烈を極め、王国軍相手に一進一退の攻防を繰り広げていた。
「本当に王国軍がここを突破してくるのでしょうか?」
[ヴォータン、何事も絶対は無い。“来る”と仮定して警戒しろ。]
了解の回答を返し、ヴォータン曹長は周囲を警戒しながら前進する。
ここは帝国軍の側面に位置する、帝国統治政府、王国統治政府が共同で声明を出した“指定保護森林区域”だった。
この惑星にしか生えていない木が多く、森1つ焼き払うような強引な戦術も辞さない帝国軍にしては珍しく、国際法を守った戦場形成をしていた。
ただ、この森林が帝国軍本陣の側面にあるため、ここを抜けられれば簡単に本陣を叩ける。
王国軍としても、何とか目をかいくぐり進行したいのは間違いなかった。
「敵も味方も、なりふり構わず、かよ。」
ぼやくヴォータン曹長は、次の瞬間にはレーダーの光点を見てゾッとする。
「た、隊長!レーダーに感あり!
およそ20機前後の敵性反応あり!」
[な、何だと!?クソッ、俺が本隊に知らせてくる!
貴様等はここを死守しろ!!]
隊長の慌てぶりと、緊急事態になったときに現れる人間性、無謀な命令。
ヴォータン曹長はこの時、死を覚悟したという。
だが、この時のイレギュラーはそれだけでは収まらなかった。
王国軍がこちらを発見し、散開して攻撃の布陣を取り出したときに、通信機から鈴の音色が聞こえだす。
続く通信も、意味はわからなかった。
[……これよりここは、“白猫の集会場”となる。
両軍退かれよ。繰り返す、これよりここは……。]
レーダーに、突如として現れた、新たな4つの光点。
その所属が、何故か機体のAIには登録されていた。
王国軍の機体は“enemy”と赤で表示されている。
友軍は“friend”と青で表示されている。
ではこの、緑の光で“Republic Of Rosenoir”と表示されている部隊は何だ?
[やべぇ!白猫だ!ヴォータン曹長、戦闘モードを解除しろ!この場から撤退するぞ!]
混乱する中、先輩の声がヴォータン曹長を現実に戻す。
レーダーから目を離し、言われるがまま後退しながら戦闘モードを解除しようとした次の瞬間、近くの木々をなぎ倒し、王国軍機が肉薄していた。
王国軍機の振り上げられた大剣を見て、“あぁ、死ぬな”と冷静に状況を分析する。
何をどうしても間に合わない。
せめて気迫だけは負けないと相手機体を睨み付けたが、遂にその剣は振り下ろされなかった。
始めは低いノイズで、一気に大きくなるブースター音。
遅れて発生する、金属が金属を貫く轟音。
チラリとこちらを見る、鈍く光るカメラアイ。
王国軍機は、一回り大きな所属不明機が持つランスによって、脇腹から左肩までを貫かれていた。
本当に一瞬の出来事。
同じAHMではあり得ないような俊敏性、まるで人間の動きそのままのような機体各部の柔軟さ。
もはや別次元の機体だった。
機体を見ただけではどこのメーカーのモノかは解らなかったが、青を基調としたその機体の右肩には黒薔薇と龍の紋章が施されており、左肩には白い猫のエンブレム。
白猫のエンブレム下には“master blade”の文字と、06-04のナンバー。
[そこの帝国軍機、敵対するか撤退するか、すぐに決めてくれ。
俺は考えるのが苦手でね。]
無線機からは、目の前の機体からと思われる通信。
ヴォータン曹長には、随分と若い声に聞こえたそうだ。
「お、お前等、何者なんだ……?」
一歩下がり、思わず右腕部のオートカノンを持ち上げかけた時に、いつの間にか自機の斜め後ろに立っていた別の機体に、それを押さえ込まれる。
[拾った命だ。無駄にするなよ。]
全身に嫌な汗をかきながらそちらを振り返れば、暗緑色を基調とした、部分的に暗い赤が差し色となった機体。
その右肩には同じ黒薔薇と龍のエンブレムで、左肩にも同じ様な白猫のエンブレム、その下の“no name”の走り書きと、06-02のナンバー。
2機目の所属不明機。
それは近付く音すら感じさせず、レーダーに移動の反応すら無かった。
思考が追いつかず、それでも言われるがまま戦闘モードを解除し、先に逃げ出した先輩達の後を追う。
王国軍兵士達も、混乱しているのだろう。
通常ではあり得ないオープン回線で、王国軍兵士達の悲鳴が次々と流れていた。
何とか俺は必死の思いで基地にたどり着き、体験したことを全て上官に話した。
聞けば、最初に逃げた隊長は戦闘モードのままだったらしく、あの所属不明機に撃墜されたとのことだった。
何人かの偉い人に同じ話をした以外、俺に何かのお咎めが起こることは無かった。
また、今回の件は報告書にも書かなくて良いとのことで、帝国自体がこの件を無かったことにしたい、という姿勢がありありとわかり、俺もそれ以上は追求しなかった。
その代わり、この件から得た俺の教訓を、後輩に伝えられるなら伝えるべきだと思っていた。
「……だからな、お前達にこれを伝えようと思う。
“戦場で、白猫のエンブレムを見たら決して敵に回すな、だが、決して味方だとは思うな”。」
ヴォータン中尉のお伽話を、俺達は言葉も無く聞いていた。
お伽話に出て来た龍の亡霊。
その存在は、白い猫の姿を借りて、どうやら今も生きているらしい。




