164:ヘルシェイカー再び
「ボブおじさん小隊、スタンバイ!」
先任曹長の怒号が響き、俺達は機体へのタラップを駆け上がる。
首後ろのオープンハッチレバーを引くと、機体の頭が前方に傾き、後頭部を上げる。
コクピットラダーが下におりるのを確認すると、俺は体を潜り込ませて梯子を下りる。
パイロットシートに座ると、胸当てのプレートが下りてきて体を固定する。
「機体電源、始動。」
カメラアイ、コクピット内各種モニター、エンジンからのエネルギー供給ライン回りと、電源スイッチを次々とONにしていく。
モニター類が立ち上がり始め、薄暗かったコクピット内が徐々に明るくなっていく。
「エンジン、イグニッション。」
エネルギーの上昇値が80%を超えた段階で、始動スイッチを押し込む。
下腹に響く振動が鳴ると、徐々に振動が機体全身を駆け巡り、鉄の騎兵が目を覚ます。
「視覚共有、ヨシ。機体コンディション、ヨシ。装備接続、ヨシ。火器管制、ヨシ。」
機体の状況をチェックして、ペダルに足を置き、操縦桿を握る。
ゆっくりとペダルを沈みこませ、機体を前進させると、鉄の巨人はのっしりと足を動かし、格納庫から外に出る。
[よし、行くぞ。]
ボブの号令と共に、4機の鉄巨人が模擬戦用フィールドへと歩を進める。
訓練用のフィールドは約10㎞四方の四角形をしており、各地に廃トラックや廃材、ビルの絵が描かれたコンクリ板等が雑然と聳え立っていた。
見通しも良くなく、射線も通し辛い。
オートカノンを下手に振り回せば、簡単に壁にぶつかるだろう。
なるほど、確かに市街地戦だ。
[各機、全方位警戒のまま前進。
何かを見つけたら報告しろ。]
ボブからの指示を受けて、俺達は周囲を警戒しながら前進すると、それが視界を横切る。
[うわっ!!なんだ!?]
チェリー機が慌てて、通り抜けた何かにオートカノンを乱射する。
数発の砲弾がコンクリを削る。
「馬鹿!無駄弾を使うな!」
チェリーをいさめながら、一瞬見えた機影をデータ照合する。
見えた機影は小型で素早かったから、恐らく偵察機だろう。
スピードが命の偵察機に、適当撃ちをしたところで当たるはずがない。
<データ照合、機体振動音紋、機影の一部照合から、王国軍大天使級20tクラスAHM、“ダフネ”と一致します>
流石マキーナ、こうする事を予期してか、俺がコマンドを打ち終わった瞬間には敵機体データを算出していた。
「敵機体照合、王国軍大天使級AHM、“ダフネ”。20tの奴だ。」
[また絶妙な所をチョイスしてきたな。]
ミドルの奴がぼやく。
確かにそうだ。
この機体の立ち位置は、割と微妙だとデータにあった。
確かに高機動なのだが、他の偵察用の機体から見るとそこまでの速さは無い。
装甲もそれなりにあるのだが、20tクラスの装甲など、両軍の主力級である50tクラスの火力から見ればプラスチックかアルミ板に等しい。
帝国軍の兵士から見ても“装甲を落として、もっと機動力を上げた方が良いんじゃないか?”と疑問視されるくらいの機体だ。
武装も、この機体くらいでしか見ない“中距離ミサイル”という微妙な兵器を持っている。
両腕の代わりに肩から左右2門ずつ接続されているソレは、平均火力では短距離ミサイルに負け、射程では長距離ミサイルに負けるという微妙な兵器だ。
だが、そのミサイルこそが以外にくせ者だったりする。
沈丁花の名前の通り、その中距離ミサイルの弾頭には複数の小型ミサイルが格納されている。
発射された後、拡散するように小型ミサイルが分散して襲ってくる。
“ミサイルの散弾”とも言われ、50tクラスでも死角から撃たれ、当たり所が悪ければ1発で致命傷になる。
その為、ダフネと戦うときは死角に回り込まれない事が重要だが、何せ向こうの方が足が速いため、こちらもオートでのロックオンを使っていると中々弾を当てられない。
かと言ってマニュアル照準では、偏差射撃に慣れてなければやはりかすりもしない。
“不毛な一騎打ち”
“終わらないマラソン”
“軽量級の一発屋”
などの蔑称で呼ばれるくらい、“相手にする価値はないが絡まれるとウザい”という、実にどうしようも無い機体だ。
だか、この状況では非常に厄介な相手だ。
[アイツにだけ注意を向けすぎるなよ。多分ソレ狙って本命が待機してるぞ。]
ボブの注意で皆冷静になる。
挟み撃ちにしようとするなら、俺達の後ろ側にある残骸の影が怪しい。
「ダフネの相手は俺がする。
お前等、俺の後ろを警戒して貰って良いか?」
[[[了解]]]
即座に3機は機体を反転させ、後ろの残骸付近に照準を定める。
「垂直ミサイルセット、発射。」
ダフネが隠れた残骸の奥に向けて、背部垂直ミサイルを発射させる。
真上に飛んだミサイルがその上昇用のジェット燃料を使い切り、反転すると地面に向かい、燃料を再点火させる。
「着弾直前で仕掛ける。
3、2、1……今!!」
機体を物陰から飛び出させ、予測上の何も無い空間に、マニュアル照準で短距離ミサイルとオートカノンを一気に吐き出す。
[くあっ!?事故った!?]
垂直ミサイルを避けようとダフネが物陰から飛び出した瞬間に、短距離ミサイルとカノンの雨あられを受け、瞬く間に擱座判定となる。
「事故じゃねぇ。」
あのダフネには、ローゲとかいう低身長の男が乗っていたようだ。
その叫び声に、俺は思わず往年のロイド乗り達の台詞が出てしまったが、今はその余韻に浸るときじゃない。
後ろの3人の状況はあまり良くないようだ。
悲鳴と怒号が飛び交っている。
俺は機体を反転させると、仲間の元に戻るべく機体を進ませ、そして障害物を越えた瞬間にソレを目撃する。
右のマニピュレーターが持つ大剣でチェリー機の片手斧を受け止め、チェリー機の右オートカノンを左マニピュレーターで押さえ込み、自身の肩にある150mm中型オートカノンで、首筋に狙いを付けているその機体を。
次の瞬間、発砲音と共にチェリー機の撃墜判定アラートが激しく鳴る。
「ば、バルカン!!」
両肩のバルカン砲をバラマキながら、即座に機体をローラーダッシュで後退させ、急いで物陰に移動させる。
両手付き。
60tクラスの暴力。
王国軍主天使級AHM“カンパニュラ”が、その両眼を赤く光らせていた。
[こちらミドル、腕部オートカノンをやられた。
支援してくれ!]
[こちらボブ、1機仕留めたが、次に1発貰ったら撃墜判定が出ちまいそうだ!]
戦況は芳しくない。
聞けば敵の残り2機は、王国軍主力機の力天使級AHM“アイリス”らしい。
向こうは2対1とは言え、実戦力は1対1と大差ない。
この大物の相手は、俺がするしか無さそうだ。
「垂直ミサイルセット、マキーナ、敵位置解るか?」
<敵機体、位置に変化ありません。>
ミサイルを発射させると、物陰から飛び出す。
カンパニュラのコンセプトはシンプルに“重装甲を生かした接近戦”だったはずだ。
警戒すべきは左肩の中型カノンで、それ以外は接近戦用装備のはず。
「腕部バルカン、セット!」
ローラーダッシュで中距離間合いを維持しつつ、バルカンで牽制。
相手の足が止まったらこちらのカノンをぶち込む、これで行くしか無い。
ヤバいのは敵が援軍に来ることだが、それは2人に抑えて貰うしか無い。
垂直ミサイルを避けて障害物から出たところを狙おうと移動を始める。
しかし、次の瞬間には目論見が外れる。
カンパニュラは右手に持った大剣を一振りすると、降下中の垂直ミサイルを叩き斬る。
「なっ!?」
やりやがる。
帝国製と王国製では、操縦方法が違うと聞く。
それをこんなに見事に乗りこなすとは、流石ここに呼ばれるだけの腕はある。
だが、その動きに一瞬目を奪われたのは、確実な失敗だった。
視線を戻すと、肩の中型カノンがこちらを向いているのに気付く。
<レーザーアラート、ロックされました。>
「こなくそぉっ!!」
ローラーダッシュを強引にキャンセルし、大地を蹴る。
機体を空中でひねらせながら宙返りをする。
おお、あの試験が役に立った!
<カノン命中、腕部オートカノン、損傷判定>
マキーナの音声を浮遊感と共に聞きながら、何とか着地姿勢を取る。
恐ろしいほどの轟音、あの試験の時のように激しく揺れるコクピット。
次々に深刻なエラーを吐き出す脚部の関節。
敵機体の接近警報が聞こえた瞬間、そちらに左腕のバルカン砲を向けたが、画面一杯に大剣が映し出されていた。
[無茶が過ぎるな、候補生。]
「……まいりました。」
次の瞬間には、ボブとミドルの撃墜判定も表示される。
やれやれ、負けたらしい。
この後、本当に機体を壊したことで先任曹長からは激しく怒られる事になるが、それは俺の胸にだけ納めておく。




