163:最終試験
「ご無沙汰してます、教官。」
少し色褪せたパイロットスーツに身を包んだ4人組が、会議室に入ってきたキンデリック先任曹長に敬礼する。
「聞きましたよ、なんでも今年は生きの良いのが入ったとか。」
4人組で一番背の高い男がそういうと、先任曹長は破顔する。
彼らに“楽にしてくれ”と伝えながら、壇上のモニターに今年の候補生のデータを表示する。
「今年はお前らか。なんにせよ生きていてよかった。
嬉しく思うぞ。
それと先程の質問への回答だが、確かに今年は面白いのがいるぞ。
お前らでも出来なかった、常時マニュアル操縦をモノにしている奴だ。」
その言葉に、4人組の中で一番背の低い男が口笛を吹く。
“新米にしちゃ、よくできたガキがいるもんですな”とつぶやくと、手元の端末に落とした候補生のデータに目を落とす。
“お前より腕がいいんじゃねぇか?”と4人組の中で紅一点の女性がからかうと、今まで一言も発していなかった、4人組の中で一番精悍な顔つきの男がそれを制止する。
「優秀であるのはいい事だ。……我々の目的は候補生の教導であって、蹴落とすことではない。」
“ヘイヘイ”と背の低い男が返すが、全員目は真剣に今年の候補生のデータを見ていた。
技術力、思考、得意行動。
“こりゃ、今年は当たりだな”と、誰かが呟く。
最前線から呼び出された彼等からしても、今年の候補生達は全体的に良い数値のようだ。
「んで、教官、自分等が呼び出されたと言うことは、今年も締めにアレをやるって事ですな?」
小柄な男がニヤニヤと笑いながら訪ねると、先任曹長もニヤリと笑い返す。
「それ以外に、戦場からお前達を呼ぶ理由が無いだろう。」
先任曹長のユーモアとも叱咤とも取れるソレを受けて、長身の男が肩をすくめておどけ、精悍な顔つきの男は揺るがず、言葉を発する。
「ご依頼、賜りました。
微力ながら、ご期待に添えるよう、最善を尽くします。」
精悍な顔つきの男の言葉を受けて、先程までの空気が一転し、4人は姿勢を正すと先任曹長に向けて敬礼する。
先任曹長は満足そうに肯きながら、敬礼を返すのだった。
「総員注目!これより最後の模擬戦を行う!」
卒業まであと数日と迫ったその日、いつもの訓練の時間に、先任曹長がそう怒鳴りながら宿舎に現れる。
先任曹長の話では、最後の仕上げとして、前線の優秀な小隊を呼び、その小隊と実戦形式の模擬戦をやるらしい。
言われるがままパイロットスーツに着替えた俺達は、AHMの格納庫で“それ”を見る。
右腕の肘から下が100mm口径の中型自動装填砲、左肩には9連式短距離ミサイル、左腕には前腕部に固定式の中口径バルカン砲を設置、更に左はマニピュレーターも存在するため、接近戦用として左腰に懸架された、肉厚の片手斧。
左右両胸の上、人間で言えば鎖骨の辺りに1門ずつある近~中距離用の小口径バルカン砲。
そして背面に、中~長距離用の2連大型垂直ミサイル。
見慣れた暗緑色の機体に、見慣れぬ黒鉄色の武装が各部位に搭載された帝国軍主力機、力天使級50tクラスAHM、“ファルケ”の完全武装状態。
全員が、その威容に息をのむ。
先任曹長の話では、各種弾頭は模擬戦用のモノに変わっているらしいが、それでも俺達にはそれがいつもの見慣れた訓練機には見えていなかった。
そう、“訓練機”ではない。
“兵器”が、そこに鎮座していた。
「本日は、前線から優秀な部隊を招いている!
小隊、前へ!」
先任曹長の紹介により、やや色褪せたパイロットスーツを着た4人が並ぶ。
どこか陰気な空気を纏う長身の男、ニヤニヤと悪い笑みを浮かべる背の低い男、腕を組みムスッとした表情のゴリラのように筋骨隆々な女と、中肉中背だがカミソリの様な雰囲気の男が並ぶ。
クソッ!
こういう時は、もっとキャピキャピしてて可愛い女の子達が教導官として来るモンじゃないのか!
そんでちょっと俺が格好良く機体を動かして、試験の成績が良いと“キャー素敵!是非ウチの部隊へ!”的なお約束イベントがあって、“オイオイここはギャルゲーの世界か?”的な、何か良い感じの空気になるところじゃないのか!?
「私はこの小隊を纏めるヴォータン中尉だ。
本日は、諸君等の教導を任ぜられている。
実戦同様の訓練となる。
心して取り組むように。」
俺の想いとは裏腹に、精悍な顔つきの男がそう告げると、同じように並んでいた筋骨隆々の女性、細身で長身の男、意地の悪い笑みを浮かべる低身の男と、挨拶が続く。
「アタシはロスヴァイセ少尉だ。今日はよろしく。」
「自分はファーゾルト少尉。」
「俺はローゲ曹長だ。よろしくなお坊ちゃん共。」
中々に個性豊かな面子のようだ。
それに、確かAHM乗りは階級が二等兵ではなく、軍曹からスタートする。
その上が曹長、そこから功績が高く、士官学校のカリキュラムを達成して少尉、中尉と上がっていく。
つまり、アーム乗りとしての腕も、かなりの力量と言うことだ。
彼等が一通り自己紹介すると、先任曹長が声を上げる。
「今回は、王国の一個小隊が潜むと言われている場所への偵察任務中に遭遇した、という状況の、不意の遭遇戦となる。
事前の振動探知情報では、敵機体は大天使級1機、力天使級2機、主天使級1機の編成と推測される。
以上だ!各小隊、待機せよ!」
混乱が起きないように、模擬戦の小隊、順番はいつも決まっている。
俺達は一番最後だ。
待機時間を使いブリーフィングをするため、皆自然とボブの元に集まる。
「最後の試験って所だな。」
俺が話しかけると、ボブは生返事を返す。
コイツ、まだファットの事を引きずってやがるな。
「ボブ、お前がそんなんじゃ困るぜ。
何なら、俺様が小隊の指揮をとってやろうか?」
俺の代わりに、ミドルの奴がボブの肩を叩く。
そう、死んだファットの代わりに、ミドルの奴が俺達の小隊に入っていた。
これも、償いという所なのだろう。
その言葉を聞いたボブは、緊張を飲み込み、ニヤリと笑う。
「そいつは止めとくぜ、それじゃ俺達は無能の集団になっちまう。」
“フン、言ってろ”と鼻で笑いながら、ミドルはヘルメットを被る。
お互い、わだかまる部分もあるだろう。
だが、俺にはそのやり取りが、互いに何かを許し合った様に感じていた。
「でもよう、教官達の編成って、どんな感じなのかな?」
チェリーの発言に、皆“やれやれ”という空気を出す。
“だからお前はチェリーなんだよ”と、いつものようにからかわれていた。
AHMの規格には、宇宙開拓時代からの名残からか、統一規格が存在する。
10t単位で分かれているそれは、例えば10tクラスであれば天使級と言われ、各t数毎に階級が分かれている。
今回の模擬戦で言うなら、王国の編成は20tクラス1機、50tクラス2機、60tクラスが1機と推測される。
AHMは割と“重量=強さ”と言う側面が強い。
そう言う意味では、こちらは50tが4機、総重量200tに対して、相手方は60tクラスがいるとは言え、20tクラスの偵察機がいるため総重量180tと、スペック上ではこちら側が有利になっている。
ならばこそ、怪しむべきだろう。
花を持たせてやる、と言うことではきっと無いはずだ。
10t~30tクラスは偵察・斥候に特化し、40t~60tクラスが主戦力である。
また、70t~80tクラスは強襲用ではあるが“貴族機”と呼ばれ、一部の貴族のみが持ち、戦場で見かけることはあまり無い。
90t~100tがAHMの最大クラスだが、これらは二度のロズノワル大戦で殆どが消失しており、最早伝説上の存在だ。
各王家に1機いれば良いレベルだろう。
ロズノワル大戦以前は100tクラスが主力だったと言えば、文明がどれだけ衰退したかがわかろうというものだ。
少し前に整備兵から話を聞いたことがあるが、90tクラスから先は異次元の動きをするらしい。
旧戦闘宙域でのトレジャーハントも盛んらしく、もし稼働できる90tクラス以上を発見できれば、孫の代まで遊んで暮らせる位の報償が出るとのことだ。
「……と言うところだ、理解したか、チェリー?」
「なるほどなぁ……。
でもよ、偵察機を先に潰せば、後は楽なんじゃねぇか?」
そんなに単純に行くかよ、と思った時に、ミドルの奴が全く同じ事をチェリーに言っていた。
どうやら、チェリー以外は皆気付いているようだ。
教導官達は“これで俺達を十分屠れる腕を持っている”と。
だが、その方が面白い。
いいだろう、やってやろうじゃないか。




