161:夏の終わり
卒業まで残り3か月となり、訓練は更に厳しさを増していた。
専用のヘルメットが来たことにより、火器訓練も加わり、更には模擬戦も頻繁に行われる様になった。
照準を合わせ、引き金を引く度に、“これが実戦なら相手は死ぬのか”という気持ちも強くなっていた。
格闘技なら、自分の手で相手をぶっ叩く。
良くも悪くも、“命の奪い合い”と言うことに向き合わざるを得ない。
ただ、訓練と言うことも心理的に手伝ってか、このアームの中にいると現実感が薄い。
人間をバラバラにするわけでも無く、“目の前のアームを破壊した”という、どちらかと言えばゲーム感覚が拭えない。
多分、他の訓練生も同じだったのだろう。
だからこそ、事故は起きる。
射撃武器による模擬戦から、近接武器も使用する模擬戦時にそれは起きた。
[よし、ボブおじさん小隊と豚小隊、模擬戦始め!]
先任曹長の怒号と共に、俺達は飛び出す。
これはどの国でもそうらしいのだが、基本一個小隊は4機編成らしい。
中には指揮車両を交えた3+1小隊編成というのもあるらしいが、基本は4機一個小隊とのことだ。
ついでに言うなら、三個小隊で一個中隊、三個中隊で一個大隊という編成が一般的らしい。
その為、実戦形式だと4人一組になる。
その場合、何となく訓練で仲良くなっていた俺、ボブおじさん、初物、太っちょ坊やの4人で小隊を組むことが多く、ボブおじさんがチームリーダーを勤めることが多かった。
訓練生の上位2人と最下位2人という組み合わせのため、仲間内からも特に問題視されることが無かったのは有り難いところか。
[よし、索敵展開。
……モノ、アイツらとの戦績はどうだったっけか?]
「5勝5敗、イーブンだな。」
無線から太っちょ坊やのため息が聞こえる。
前回の模擬戦では真っ先に狙われて落とされ、数的不利を覆せないまま負けたんだっけか。
[よぉし、なら今日でまた勝ち越しだ。
ファット、気にすんな。
チェリー、ファットのカバーに入れる位置にいろよ。]
[了解だぜ。]
ボブの奴も慣れてきたものだ。
ボブが味方を鼓舞すると、それに気を取り直した2人も合わせ、人為的に作られた障害物の影にそれぞれが隠れる。
[ウサギ飛びで前進、順番はモノ、ファット、チェリー、俺だ。]
[[「了解。」]]
俺達は1機ずつ交差するように障害物から障害物へ移動し、相手チームとの距離を詰める。
それを繰り返しているとき、何となく嫌な予感がした。
同一のテンポで飛び出しすぎてると思い、一瞬だけ機体の1/3を障害物から出し、すぐに戻る。
案の定、複数の発砲音が響き、隠れた障害物と地面にペイントが彩られる。
「いたぞ、11時方向、3機だ!」
[OK、チェリー、俺と弾幕だ、モノはその隙に前進、肉薄しろ!
ファット、後ろを見張れ、3機しかいないのが怪しい!]
ボブが矢継ぎ早に指示を飛ばす。
[タイミング合わせる、3、2、1、今!]
チェリーとボブが弾幕を張り、俺は機体を突撃させる。
重たい機体を走らせ、速度が上がったところでローラーダッシュに切り替えて加速させる、壁際に来たときに、小さくジャンプしてローラーダッシュから走行に切り替える。
マニュアル操縦でないと出来ない芸当だ。
流れ弾に当たることすら無く、一気に距離を詰めることが出来た。
さぁ、お返しの時間が始……。
[う、うし、後ろから敵がぁ!!]
ファットの悲鳴に、思わず全員そちらを見てしまう。
[目障りなんだよ、クソデブ!]
豚小隊の、確かアイツは1番デカいから“真ん中の脚”とか名付けられた奴だったか。
ファット機が右腕部のオートカノンを持ち上げるよりも早く懐に入り込み、左手の片手斧を振り上げる。
当然模擬戦なので刃の部分は潰され防護用のケースには入ってるが、振り下ろしてしまえば質量は誤魔化せない。
普通のオート操縦であれば、当たった瞬間にAIが調整して振り抜かないように停止するが、直前でマニュアルにすればその機能は働かない。
そうなれば強烈な振動と衝撃が凄まじく、当たれば良くて衝撃による嘔吐、悪ければどこかの捻挫や骨折、最悪は死亡事故もあり得る。
多くの奴が一番最初に覚えるマニュアル操縦、気に食わない奴にお見舞いする、訓練中の事故に見せかけた私刑にも用いられる方法だ。
なまじ俺とボブの成績が良いため、自身の成績のために俺達と組みたい奴は多かった。
だからこそ、2人は影ながら“金魚の糞”“エースのおこぼれを貰う乞食”と、陰口をたたかれているのは知っていた。
また、俺達に勝てない腹いせに、彼等を狙う奴も一部にはいた。
ただ、こんな直接的に狙ってくる奴はいなかったからか、俺達も油断していた。
ミドル機が振り下ろす片手斧が、激しい金属音と共にファット機の右胸に直撃する。
頭でない事も更に最悪だ。
コクピットは胴中央にある。
つまり、胴中央に近ければ近いほど、その衝撃が強烈に伝わる。
[……くぁ……。]
ファットは声にならない声を漏らす。
恐らく脳震とうに近いことが起きているはずだ。
急ぎファット機に駆け寄るために機体の向きを変える。
そこからは、スローモーションの様な光景だった。
負荷に耐えられなくなったファット機が、のけ反りながら一斉にアラートを吐き出す。
脳震とうを起こしながら、事態が飲み込めないファットが“だ、脱出しなきゃ”と口走る。
[待てファット!オマエの後ろには壁があるんだぞ!]
コクピットへの侵入口は、首の後ろつけ根に存在する。
そこは、緊急時にパイロットを脱出させる射出口にもなる。
機体の頭が下を向くようにして進路を確保。
バックパックが本体から広がるように下がり、射出口を大きくする。
後はシートの下部にある緊急用ブースターが点火し、撃ち出される仕組みだ。
機体の斜め後ろ方向に射出されるそれは、例えば仰向けに転倒したときに射出されれば、地面に擦り付けられ大根のすりおろしのようになる。
射出口の延長線上に障害物があれば、それはもう、壁に投げたトマトと同じ結果になる。
アームに乗る前に、“倒れるなら、前のめりに”という標語を訓練生は教わる。
それは戦いの気概などでは無く、前のめりなら相手の機体を越えて射出される可能性があるための、生き残るための標語だった。
仰向けにのけ反り、しかも後ろに壁のあるファット機の様な状態なら、何が起きるかは誰の目にも明らかだった。
[い、脱出!]
それが、最期の言葉だった。
開く脱出口、吹き出る噴射炎、直後、壁に咲く真っ赤な液体。
[訓練中止!訓練中止だ!]
全てがゆっくり進み、最後に先任曹長の怒号が響き。
まるで俺達の気持ちを代弁するかのように、雨が降り出す。
激しい音を立てて降る雨の中、俺達は、ただただ言葉も無く、その場に立ち尽くしていた。




