160:戦争準備
[オラ“初物”!そんな走りじゃ卒業前に戦争が終わっちまうぞ!!]
地響きをとどろかせ、巨大な人型機械が列をなして荒野を走る。
先任曹長も教習機に乗り、列の側面を併走しながら罵声を飛ばしている。
今罵倒された奴は“顔がソレっぽい”と言う理由だけでそのあだ名を付けられていた気がする。
[どうした単眼!遅れだしたぞ!!]
先任曹長の罵声が無線機越しに響く。
重心の移動、大地を蹴る力、着地の入り、バランスを取るための両腕の振り、速度。
大分慣れては来たが、今でも油断すれば操縦をミスり、処理情報の多さに脳がパンクしそうになる。
「サー!だ、大丈夫であります、サー!」
[大丈夫ならサッサと追いつけ!!]
仲間に追い付くべく、俺は少しだけ出力を上げる。
本来、アームでこうして走る必要はあまりない。
むしろ、重量級のアームの場合、長時間の走行は関節部分を痛める行為だ。
通常は足裏と踵に仕込まれている大型の金属製ローラーを使い、地上を疾走する。
ただこれはローラーが使用できないことを想定した訓練のため、皆必死にバランスを取りつつ機体を走らせていた。
俺ですらも、両足の筋肉が悲鳴を上げている。
他の奴はもっとしんどく感じているはずだ。
[ようし、ランニングはここまで!
これより折り返し、ローラーダッシュで格納庫に戻ってよし!]
[[[サー!イエッサー!]]]
不思議なもので、半年も一緒にいると同じ返答でも、今は“助かった”という感情が、皆から滲んでいるのが解る。
ただ、これは罠だ。
「皆、待……。」
それを告げる前に、我先にと皆はローラーの回転音を響かせながら加速する。
加速して地上を走り出した途端、オートでの走行移動では気付きにくい、地面の凹凸にローラーが弾み、衝撃を吸収しきれずに次々と転倒を始める。
[貴様等!そんなにローラーを使うのが嫌いか!
ならば転倒した奴は帰りもランニングだ!
他のも助けるんじゃ無いぞ!]
ちょっとだけ、先任曹長もしてやったりの声色をしている。
俺はそんな皆を尻目に、転倒した機体を回避するため、左右に迂回しながらローラーダッシュで安全な道を走る。
要領の良い奴等は、俺の通った道を着いてくる。
少しだけ、なるほどと思う。
オートでは複雑な地形でも機械が選んで安定した場所を踏んでくれる。
ただ、1度通った“走りでは安全な道”をローラーダッシュしようとすると、AIの中では“通るのに問題ない道”と認識してしまっているのでは無いか?
この教習機は古いAIを使っているらしいから、最新のAIではこの問題も解消されているだろう。
だが、先任曹長はこれを教えたかったのでは無いか?
“アイツに勝つにはAIの穴をつけ”
こう言う事だろう。
まだまだ考えが甘い、訓練の意図を常に読まなければ。
[オラどうした太っちょ坊や!足が動かなくなっているぞ!もう走れんのか!]
ローラーダッシュで格納庫前まで来ると、無線機に先任曹長の怒号が響く。
即座にUターンし、足を引きずるようにして走ろうとしている仲間の元に駆けつける。
[貴様!単眼!手助けする気か!]
「サー!ノー!サー!
友軍機を担いで走るための訓練の許可を頂けますか、サー!」
無線機から、微かに笑う声が聞こえた気がした。
[よし、許可する!]
足を引き摺る仲間の機体の腕を取り、肩を貸す。
[悪ぃ、モノ。]
「良いって事よ。」
機体バランスに気を配りつつ、一緒に走る。
マニュアル操縦にし続けて解ったことだが、マニュアルにするとこう言う応用が簡単に出来る。
これも、オートには無い利点だった。
走り出すと、もう1機の訓練機がローラーダッシュで駆け寄ってくる。
たしかコイツは先任曹長から“ボブおじさん”とか呼ばれていた、色黒で眼鏡をかけたインテリだったか。
[モノばっかりに良いところ持ってかれちゃ、たまんねぇからな。]
ファット機の反対の腕を取り、一緒に走り出す。
……コイツ、事も無げにその瞬間だけマニュアルに切り替えやがった。
[オマエを見て俺も勉強したんだ。どうだ、スゲェだろ。]
ボブの自慢げな声が無線機から聞こえる。
あぁ、マジでスゲぇよ、オマエ。
「それなら先に教えてくれよ。」
[模擬戦までの秘密兵器にしときたかったんだ!]
ソレを聞いて、お互い笑う。
それもそうだ、思い上がっちゃいけないな。
俺に出来ると言うことは、他の奴にも出来るって事だ。
これが実戦なら、もっと思いも付かない事も、相手はやって来るかも知れない。
もっと知識が必要だ。
本当に、一分一秒も無駄に出来ない。
翌日、そう思ったのは俺だけでは無かった事を思い知らされる。
いやいや訓練を受け続けた仲間達が皆、昨日の俺とボブに刺激されたのか、座学とトレーニングに必死になるようになっていった。
先任曹長が煽り、皆が必死に課題をこなす。
それは青春の一コマでもあり、人殺しの兵器に順応していく、狂っていく過程なのかも知れなかった。
「よぉし貴様等集まれ!マスかき止め!
今日は良い子にしてる貴様等に素敵なプレゼントがあるぞ!」
先任曹長が台車に何かデカイコンテナを運んでくる。
全員整列して待機していると、コンテナをあけ、無造作に中のモノをそれぞれに放る。
受け取ったモノは、新品のヘルメットだった。
それも普段教習用に使っていたジェットタイプのメットでは無く、顔の正面まで金属で覆われた、フルフェイスとも違う全てが金属製のヘルメットになる。
それが見た目も含めて近いモノを上げるなら、例えば汎用人型決戦兵器の3号機の顔だったり、DEADなSPACEの技術屋が身に付けてるスーツのマスク、或いはタイタンがフォールしてくるパイロットが着けるメット、といった所か。
「それが軍から貴様等に与えられた、生涯使うことになるヘルメットだ。
そのメットにはAIが搭載されていて、アームでの補助・サポート機能、メット自体を自動修復する機能が付いていて、貴様等より遙かにお利口さんだ!
しっかり名前を付けて、生涯可愛がれ!」
歓声と共に皆新しい玩具を買ってもらった子供のように、夢中になって被ると初期設定を始める。
“これで、ロボット戦の準備が整っちまったな”と、少しだけ後悔しつつも、メットを被り設定を行う。
このメット自体がナノマシンの塊であり、脳内の神経伝達にダイレクトに繫がるらしく、視界がメットのカメラアイと同期する。
無いはずの右目が、まるで普通に機能しているかのような視界に驚く。
「どうだ単眼、これを着けている限り、オマエの両眼が使えるかのような視野になるんだ。」
驚きの声が漏れた時に、先任曹長が誇らしげにそう告げる。
なるほど、これもある意味“軍用義眼”という奴なのか。
一応、感謝の意を伝えると、“ウム、ウム。”と、先任曹長は少しだけ嬉しそうだった。
<初めまして、マスター・セーダイ。私はサポートAI、バージョン872です。
名前の設定をお願……。>
野太い男性の声を模した機械音声が止まる。
あれ?と思った瞬間には、ヘルメットから複数の声が聞こえた。
<上位AIに権限を移譲。バージョン872は上位AIの指示に従います。>
<制圧完了しました。
バージョン872はこれより私の管理下に置かれます。>
何してんのマキーナはん!?




