159:スクールデイズ
いやぁ、適性試験は強敵でしたね。
適性試験は10分間程だったが、あれ間違いなくマキーナ先生がいなかったらゲロ吐いてたね。
流石はアンダーウェアモード、身体機能や神経伝達機能に補正がかかり、乗り物酔いを殆ど押さえ込んでもらった。
いやはや、この世界に来たばかりの時に見たあのロボット、鈍重そうに見えたけど、月面宙返りとかあんな柔軟な機動が出来るなんて、マジで今から楽しみだね。
<あの試験で検証した結果、私の機能の殆どを制御に使いそうです。
また重傷を負った場合、治りが遅くなる可能性もありますから、あまり過信しないで下さい。>
マキーナママから釘を刺されてしまった。
<誰がママですか。>
ともかく、無事に試験を終えた俺は、パイロットとして、兵隊としての研修を1年間受ける事になるらしい。
やっぱアレかな、新兵訓練所と言ったら、“完全被鋼弾”というタイトルの映画でお馴染み、ハート男先任軍曹みたいな人がいるんかなぁ。
それはそれで楽しみだなぁ。
あまり期待通りになることは無い俺の転移生活だが、その期待だけはキチンと叶う事になると、俺はこの後知ることになる。
「俺が貴様等ウジ虫の面倒を見ることになった、キンデリック先任曹長だ!
発言の前と後に“Sir”を付けろ、解ったなウジ虫共!」
「「「サー!イエッサー!!」」」
おぉ、すげぇ!映画通りだ!
思わずニヤついてしまいそうになるが、こちらをジロリと睨む視線に気付き、すぐに無表情になる。
「おい貴様!貴様だ“単眼”!
今笑っていたか!?」
「ノー!サー!」
イカン、この外見のこともあって、俺は人より目立つと言うことを忘れていた。
表情を引き締め、正面を向く。
「いいか単眼!お前は適性が高いらしいが、俺はそんな事でお前を優遇しない!
立派な戦闘マシーンになるまでシゴキ倒してやるから、楽しみにしておけよ!」
「サー!イエッサー!」
少しだけ、懐かしさを感じる。
学生時代、武術を教わっていた時は毎日大体こんな感じだった。
こうだった時期もあるし、こうする側だった時期もある。
どちらも経験してきた身からすると、一見理不尽に見えるこの行為には、理由があると理解出来る。
たったの1年で“先にいる人間と同じように戦える人間”を作り上げると言うこと。
それは想像以上に、それこそこういうスパルタ式で教えたとしても尚、時間が足りないのだ。
最初の3か月は、それこそ普通の兵士と同じプログラムの様だ。
朝の4時に起き清掃、朝食後に10キロマラソン。
6時からは戦闘方法、戦術、アームの基本的な設計思想や歴史の座学を学び、午前の締めにと筋トレが待ち受ける。
11時からの昼食が終われば生身での戦闘訓練、アスレチックを利用した筋トレ。
15時に兵舎に戻り、アームの操縦に関する知識を叩き込まれ、17時に夕食だ。
夕食後の18時には5分間のシャワータイムがあり、その後武器の整備かアームの簡易整備の実習がある。
19時から1時間の自由時間の後は、20時の就寝となる。
最初はキツイそれらのプログラムも、1か月もすれば体に馴染む。
気付けば19時からの自由時間を、アームに関連する知識を求めて、兵舎にある図書室に通い詰めていた。
とにかく時間が無い。
転生者にたどり着くには、人と同じでは駄目なのだ。
「おい単眼、いつもここで何をしてるのか。」
ある時、図書室に入ろうとしたところを先任曹長に呼び止められる。
「サー!アームの操縦知識の更なる獲得であります、サー!」
怒鳴り声がデフォのこの人には珍しく、落ち着いた声だ。
まぁ、人間四六時中怒鳴ってもいられんか。
俺の回答にも先任曹長は表情は崩さなかったが、ジッと見つめられた。
「何を焦る?お前は戦闘訓練だけでなく、アームの操縦も周りより上達が早い。」
「サー!自分は今のままでは、“白の貴公子”には勝てません、サー!」
俺の回答が予想外だったのか、少し面食らった表情を見せた。
すぐに“お前は白の貴公子の知り合いか何かか?”と聞かれたが、これには違うと答える。
“なら何故?”と問われるので、思っていたことを答える。
「サー!初戦闘でアレに当たるかも知れません。それで死んだ後に“ツイてなかったね”では終われません、サー!」
先任曹長は、ただ黙って俺を見ていた。
暫しの沈黙の後、吐き捨てるように呟く。
「俺はアレが実力とは思わん。
運とAIの差、それにしか感じられん。
お前がもしアレに勝ちたいなら、マニュアル操縦を体に叩き込め。
今や帝国も王国も、AIによるセミオート操縦が主流だ。
だが、アームは本来マニュアル操縦でこそ、その真価を発揮する。
機体の癖も銃身のブレも理解して、オートの照準では無く手動で狙い続けろ。
ブレードを使うなら、オートの振りでは無く手動で振れ。
明日からお前には特別にマニュアル対応機を用意してやる。
心してかかれ。」
「サー!イエッサー!」
先任曹長の熱い眼差しを受け、俺も自然と背筋を伸ばし敬礼していた。
明日から更にしんどくなりそうだ。
「どうした単眼!お望みのマニュアル機だぞ!嬉しくて赤ん坊の真似事か!
ハイハイは上手でちゅね~!……サッサとアンヨに移れ!!」
マニュアル操縦を舐めていた。
マキーナに頼れば何とかなると思っていたが、マキーナは俺と機体のリンクで殆どの能力を裂かれており、残った能力も身体機能の調整に使われている。
その為、完全に俺の実力で動かさなければならなかった。
舐めるなよこなくそ!
こちとら初代バーチャルでロイドな頃からツインスティック握っとるんじゃ!
マニュアル操縦になんて、絶対に負けない!
……ふと、思い出す。
元の世界の友人が、豪語していた言葉を。
“俺は君が中学生くらいの時には、既にバトルするテックセンターで操縦桿を握っていたよ!”
そう、世界は広い。
この視界に広がる青空のように、世界は果てしなく広く、上には上がいると言うことだ。
「貴様!単眼!
誰が昼寝をしていて良いと言った!
ハイハイに疲れたらおねむのお時間でちゅか~!
サッサと起き上がれ!!」
転倒してしまった機体を起こすべく奮闘するが、また転倒させる結果となる。
オートではあんなに簡単だった自立と歩行が、実は相当に難しいことだったと解る。
また、マニュアルにすると雑な操作が出ればすぐに過剰反応する。
ちょっとペダルを踏み込むだけで、恐ろしい程の速度、恐ろしい程の跳躍力を見せる。
ただ逆に考えると、オートでの操縦の時には全く感じなかった力強さが、イヤと言うほど感じられる。
体感的に、オートでの操縦は使いやすさを重視しているので出力にリミッターがかかり、性能の60%も出ていれば良い方だろうか。
マニュアル操縦にすれば性能を100%生かせるが、逆に扱い慣れなければ機体に振り回されると言うことだ。
つまり、今俺が何を言いたいか。
……やっぱりマニュアル操縦には勝てなかったよ。




