15:アフターストーリー
「セーダイさんだっけ?あんたも苦労しとるねぇ。」
「何を言う、儂も若い頃は……。」
「また始まったよ、エル爺さんの若い頃話。」
娯楽に飢えていたのは、何も門番の爺さんだけでなかったという事だ。
夕食に一献、と門番の爺さんに話した事が瞬く間に広がり、“面白い話が聞けるのではないか”と期待した村人達がこの酒場に詰めかけた、という状況だ。
まして先日は名も知らぬ男女の旅人を逃したばかりだ。
面白そうな話題に飢えているこういう閉鎖空間では、旅人は格好の餌食だろう。
ただ、情報が全くない俺としては、この状況は非常に望ましい。
門番の爺さんはみんなから“エル爺さん”と呼ばれており、若い頃はこの先にある王都で働いていたとのことだ。
それなりに稼いできたがそろそろ引退か、という歳になり、若い頃の無理で体にガタもきていたことから、後は穏やかに余生を生きようと、生まれ故郷のこの村に戻り隠居しているらしい。
ただ、何もしないのは良くないからと、門番代わりにあそこにいたとのことだ。
若い頃に王都にいただけに、その知識が役に立ち、村でもすっかり皆に頼られる人気者になれたと、豪快に笑いながら話していた。
周囲の村人も、その話に相槌を打ちながら、ほろ酔いのこの場を楽しんでいた。
俺は飲みながらも、心の中では冷静さを維持しつつ、その場の空気を見ていた。
“村全体で俺をだまして食い物にしようとしている場合はわからんが、それ以外であるならば基本、話も信用できそうだな”と、思っていた。
そして門番の爺さんから、約束通り手持ちの貨幣の価値を知る。
この世界は恐ろしい事に、ほぼ統一貨幣らしい。
そんなこと、元いた世界でも実現できていないことだ。
“ファンタジーすげぇなぁ”と、変なところに感心する。
俺がチョロまかした貨幣は、アンソー銅貨、メニ銅板、ディセン銀貨、というらしい。
銅貨より小さな銅板の方が価値があったのは、ちょっと意外だった。
俺が持ってない貨幣としては、バリウ銀貨とラレ金貨、というのがあるらしい。
どちらも日常生活ではあまりお目にかからないものだ、という話なので、今は気にしなくてもよさそうだ。
地域によって物価が変わり交換レートが少しずつ違うらしく、この村は安い方だと言っていた。
エールが銅貨2枚なのは安い方なのか、と思いながら、キンキンに冷えたエールを飲んでいた。
夕暮れから夜になると、女将さんが1㎝角のキューブのようなものをランタンに入れている姿を見かけた。
それとなく聞いてみると、魔石という燃料らしい。
森に生息する野生の獣や魔獣と呼ばれる存在には、心臓近くに魔原石という水晶の様な石ころがあるらしく、それを溶かして加工したもので、主にエネルギー源として、明かりや保冷の動力源になるらしい。
また、時には通貨代わりにも使われているとのことだ。
“電池みたいなもんか”と思いつつも、不思議でアンバランスな文明と技術にファンタジー感を感じて、ちょっと楽しくなっていた。
ここでの話は色々と得るものが多かった。
ただ、その中でも特に気になる話があった。
この世界は五大陸に分かれており、中央の一番広い大陸に人間族が、北東にドワーフ族が住む鉱山大陸、南東に獣人族が住む草原大陸、南西にエルフ族が住む大森林大陸、そして北西が魔族の住む呪われた魔大陸があるらしい。
“彼の世界と似たような地形だな”
唯一の違いは人と魔の住処が違うくらいか。
そして、彼がいた城が、ここでいう王都であると推測される。
“偶然なんかなぁ?”と思いながら、物価やら噂やら、アレコレと聞いていった。
途中、“あんたさん、何にも知らないんだなぁ”と笑われていたが、“お屋敷に住み込みの記録係なので”と、多少強引だったがそれで押し通した。
そのうち、“せっかく冒険譚を収集しているなら、何か面白いものを聞かせてくれ”と言われたので、遠い昔の英雄譚として“銀の槍持つ英雄”の話を語った。
無論、最後はハッピーエンドに改変して、だ。
彼の存在を、俺以外の誰かにも覚えていてほしかったのだ。
魔王四天王との戦いを、皆ハラハラしながら聞いていた。
最後の魔王との戦いは、皆大歓声だった。
その後の四人の美妃とのロマンスの末の婚姻を、女性は羨ましがり、男性は悔しがりながら、それでも皆祝福した。
人間から裏切り者が出て、また魔王を呼び寄せようとする邪教団を結成したことには、皆が憤慨した。
邪教団を壊滅した直後に、封印されし巨大なる竜王の復活に、皆が絶望した。
無二の親友を失い傷つき、更に多くの犠牲を払いながら竜に止めの一撃を加えた彼に、皆涙した。
その後、天空の城でこの世界から離れ、あちらで四人の妻達と幸せに暮らしていったという締めで、皆喜んでくれた。
皆が夢中で聞いてくれたことが嬉しかった。
彼について話せたことが嬉しかった。
聞いていた村人達からおひねり少しとエールをもう数杯奢ってもらい、ここらでお開き、にはならなかった。
大抵そうだ。
俺の人生は、幸せな時間の後には、幸せなままに一日を終わらせない、つまらない事件が起きる。
入口のドアを蹴り破って入ってきた3人の男達は、まさしくその“つまらない事件”の象徴だった。
「こぉんばんはぁ~。皆さん楽しそうですねぇ~。
ちぃ~と、俺等にもその幸せ、分けてもらって良いですかねぇ~。」
最初に入ってきた、一番図体がデカいスキンヘッドが、ニタニタと笑いながらそう告げる。
後の二人はそれぞれ、手にマチェットのような肉厚で片刃の刃物と、先のとがったハンマーを持っていた。