158:ヘルシェイカー
「次、41番。」
自分の番号を呼ばれ、慌てて指定された部屋に入る。
部屋に入るとCTスキャンの様な機械が置いてあり、そこに横になるように指示される。
スキャナーが俺の体を検査していると、何だか元の世界の精密検査を思い出す。
こういう所は、未来世界でもそんなに変わらないのかも知れない。
俺は謎肉屋をでた後、真っ直ぐに受付庁舎に向かった。
受付で入隊志願の旨を話し、志願書に必要項目を記入して提出する。
資料とIDカードと俺をジロリと睨み見比べられたが、それだけだった。
一応、入隊前の健康診断と適性試験があるらしい。
用意した服に着替え、今は健康診断を行っていた。
「健康面の異常無し。次へ進め。」
スキャンが終わり次の部屋に入ると、そこは小さな病院の診察室の様な場に、いかにもな白衣のオッサンが待ち構えている。
こういう時はサービスシーンとして爆乳美人女医とかが鉄則だと思うんだが、この世界の主人公でもなし、そんな奇跡は起こらないようだ。
「はいじゃあ、上着脱いで後ろ向いて下さい~。」
手に持った小型の機械を俺に当てて触診しながら、簡単な問診。
“じゃあこっち向いて~”と言われ振り返ると、医師の興味は俺の修復中の右目に向かう。
「へぇ、これはまた随分丁寧な仕事だねぇ。
ナノマシンが、ほぼ拒否反応が出ないように馴染ませてあるや……。
……これはどこで施術して貰ったのかな?
こんな腕を持つ人なら、すぐにでもウチに来て欲しいくらいだねぇ。」
慌てて、“若い頃にあちこち出先で怪我していて、そこの医者にやってもらったからどこだかは忘れた”と誤魔化す。
医師のオッサンとしては、元々あまり興味が無かったのか“ふ~ん、そうなんだ~”と聞き流す。
そんなに凄い技術なのかと聞いてみたが、これ自体は帝国でもありふれた、普通の技術らしい。
「凄いのはね、ここまで完璧に患者の体質に合わせてナノマシンを適合させていることで、これはなかなか根気のいる仕事なんだよ。
そもそも最近の若い医者は患者との適合性をマシンに任せきりで、こういう丁寧な作業を蔑ろに……。」
この先生、専門知識になるとやたら早口で説明してきたが、取りあえずそこは社会人の必須スキル“そ~なんですね~”と、適当に相槌を打つフリで話を合わせ、あまりこちらから余計なことは言わないようにする。
ただ、聞いていて“アームの操縦にはナノマシン集合体と言えるヘルメットを被り、脳の神経伝達と接続する”というのは有用な情報だったかも知れない。
声に出さないようにマキーナに確認をとると、
<この医師が説明した通りなら、私をバイパスにする事により、より高度な操縦が可能になると思われます。>
という回答が返ってきた。
今の情報から、マキーナも何か準備を始めたようだ。
右目側に様々な数値やプログラムが走っているのが見えるが、今は気にしないことにする。
「まぁ、今現在ナノマシンと適合してるって事は、君はアームの操縦に向いてるかも知れないねぇ。」
一通り話せて満足したのか、そう締めくくると“適性あり”の判を貰い、診察室を後にする。
診察室の外にいた人に診断書を見せると、“フム”と一声漏らし、次の部屋を指示する。
「おめでとう、お前は適性ありと診断された。
次はあの部屋でパイロット適性の確認だ。
……頑張れよ。」
それが励ましではなく、同情からでた言葉だと言うことはすぐに解った。
部屋に入ると巨大なシェイカーの様な物が幾つか置いてあり、何台かは稼働している。
……あ、俺これパトロールするレイバーの漫画で見たことある気がするぞ?
「歩行時の衝撃から、今度は走ったときの衝撃だ。」
シェイカーが激しく揺さぶられ、中で悲鳴が上がる。
「20番!ゲロを吐くな!そのメットを買い取って貰うからな!」
「11番!入っただけで泣き叫ぶな!
……えぇい、試験中止だ!」
中々壮絶なモノを見せられている。
俺の割り当てられたシェイカーの前に行くと、ヘルメットを渡される。
ちょっと被る前に臭いを嗅いだのは勘弁して欲しい。
一応臭いはしなかったので、安心して被る。
ヘルメットを被ると、タラップからシェイカーの上部にある入口に向かう。
人一人がやっと入れる狭い穴に梯子がある。
意を決してそれを下りると、非常灯の明かりだけの薄暗く狭い球形の空間に、マッサージシートのように手足をホールドする椅子が置いてある。
なるほど、外見からはただの円柱形に見えていたが、中は球体の空間なんやなぁ。
<41番、椅子に座りなさい。座ると、各関節をシートがホールドします。きつければ言いなさい。>
指示通りにシートに座ると、マッサージ機のように空気圧で全身が固定される。
同時に胸当ても下りてきて、体が完全に固定される。
「大丈夫みたいです。」
<結構、では前にある操縦桿を握って下さい。
足裏にはフットペダルが存在します。>
面白い感覚だ。
腕の周りはロックされているが、腕自体は少し動かすことが出来る。
目の前にあるレバーを握り、足裏のペダルを何回か踏み込んでみる。
あ、ちょっと面白い。
これあれだ、若い頃ゲーセンでよくやってた、戦場で絆を感じると言う名の敵味方罵り合いパラダイスだった、国民的ロボットゲームの奴に近い。
<よし、それでは試験を始める。>
球体の空間は映像パネルも兼ねているらしく、目の前には青空広がる荒野が映し出される。
完全にゲームセンターでやってたアレだ。
ワクワクドキドキが止まらない。
「……適性高いの、この41番でしたっけ?」
モニタールームで、試験官達が画面を見ていた。
試験開始前から心拍数が上がっているのは見えたので、“あぁ、コイツも駄目だろうな”と思っていたが、中々善戦しているようだ。
パイロット適性試験は、つまりはシェイカーでシェイクして、無事だった奴をパイロットとして送り出す事に他ならない。
定められた試験内容を実施し終えた頃には、大抵の候補はヘロヘロになる。
閉所の恐怖、暗所の恐怖、シートの拘束による身動きが制限される恐怖。
様々な恐怖症を乗り越え、しかも“他人の動かす”振動と画面に耐えねばならないのだ。
人間、中には他人の運転する車で酔う奴もいる。
試験官達も、心情が解る分つい手心を加えそうになるが、これは試験と割り切り対応していた。
ただ中には、日頃のストレス解消にと、己の被虐心を満たす為にこの試験を実施する試験官もいる。
41番の試験官は、まさしくそれの典型だった。
彼は今ノリノリだ。
「おおっとここで機体バランスが崩れた!」
……どうやったら機体バランスが崩れて、月面宙返りなんかさせるんだよ。
ウチの主力機に、そんな変態機動が出来る機体なんか無いっての。
「どうします?折角の候補が、このままじゃ潰されますよ?」
上司にそっと告げるが、上司も苦い顔をするだけだった。
「仕方ない、試験稼働限界時間まで後1~2分だ。
41番には頑張ってもらおう。」
皆、ため息と共に持ち場に戻る。
憐れな41番の今後に幸あれと、祈らずにはいられなかった。




