156:いつものアイツは……
スラムからも追い出され、本当に手詰まりになる。
今この場でどうこうするのは難しそうだ。
日も暮れかかっているし、急いで今夜の寝床位は見つけておきたい。
一旦、都市部を出よう。
田舎の方に行けば、ID無い人間でも受け入れてくれる可能性が、……多少はあるかも知れん。
“厳しめだろうなぁ”と考えながら歩いていたら、気付けば町外れまでやって来ていた。
都市部は中心部に向かい居住区が所狭しと乱立していたが、少し中心部から離れると、広大な畑が存在する長閑な風景が広がる。
(何か、地方都市みたいな感じだなぁ……。)
東京で言うなら区の付いてるところとそうで無いところの差の様な、埼玉で言うなら川口駅前は混み合ってるけど弥平の方とかに出れば穏やかな風景が広がる様な、千葉なら船橋駅周辺とその先みたいな感じか。
「あ、これらは十数年前の記憶なので、今はどうなっているか解りません。」
ふと危険を感じ、何となく独り言が出た。
何だ?今の独り言は……?
まぁいい、そんな長閑な風景を見ながら沈む夕日と、背後から迫る雨雲に焦りを感じた頃、畑の脇にある、小さな掘っ立て小屋を見つける。
(まぁ、あんなんでも雨風は凌げるか。)
意を決し、今晩はここで夜を明かすかと近寄ったときに、納屋の外でそれを見つける。
ボロボロの衣服を身に纏った、白骨化した死体だった。
この人も、なにがしかの理由で都会に来たが、夢破れてここで力尽きたのだろうか。
手を合わせ拝むと、いつもの癖で何か持ってないかと調べる。
懐を探ってみると、マキーナくらいのサイズのプラスチックの様だが、非常に硬質なカードを見つけた。
(これ!これ、例のIDカードじゃねぇか!?)
はやる気持ちを抑え、表面の汚れを落として書いてある内容を見てみる。
「何々……?“キルッフ・マアツゾーク”さんか。
……って、おまっ!!おいっ!?」
思わず叫んでしまった。
名前の左に表示されている顔写真をみれば、間違いなくあのキルッフだ。
お前、証明写真もモヒカンだったのかよ……。
ってかお前、この世界だと野垂れ死んでるんかいな。
ホントお前、ロクな目にあわないなぁ……。
思わず同情してしまい、改めて手を合わせるが、ただ、これは俺的には非常にありがたい。
幾つかの世界のキルッフと話をしていて、コイツは基本的に天涯孤独の身の上だったはずだ。
なら、成りすましてもバレにくい。
唯一の深い付き合いの知人は兄貴分と慕っているキンデリックの存在だが、それも世界によってはマチマチだ。
中にはお互い面識すら無い世界もあったくらいだ。
そう言う意味では、コイツは非常に都合が良い。
<念のため、勢大の情報に書き換わるか試してみます。>
マキーナ先生も協力してくれそうだし、雨も降り始めたので納屋に入り通常モードに変身する。
マキーナがどこかに通信を始め、プラスチックカードを黒い何かで取り込むと、視界の端、右下に1%という表示が出る。
納屋の屋根を叩く雨音を聞きながら、ジワジワとパーセンテージが上がっていくのをボンヤリ見ていたら、いつの間にか眠りについていた。
<書き換え作業、成功しました。>
翌朝、マキーナの音声で目が覚める。
“いかん、眠っていたか”と飛び起きたが、状況に変化は無し。
右下のパーセンテージも100%になっており、右手には綺麗になったプラスチックカードを持っていた。
カードを見てみると、名前の部分がこの世界の言語で“セーダイ・タゾノ”に変わっており、顔写真も俺の顔写真に変わっている。
すまんキルッフ、お前のことは俺が忘れないでいてやるからな。
……多分。
気を取り直してマキーナから確認すると、このIDカードは身分証明として機能するだけで無く、金融関連の決済、果ては簡易な通信機能まで備えている、まさしくこれが無いと何も出来ないくらいの重要なカードらしい。
一応、指紋認証もついていて、本人以外は名前と顔写真くらいしか確認できないらしく、落としたり紛失したりしても問題無さそうなカードと言うことだ。
今回マキーナ先生は、何と通信機能を逆探知し、帝国のデータバンクをハッキングし、そこにあるキルッフの情報を丸々乗っ取り、名前と顔写真を書き換えてくれたらしい。
中々、マキーナ先生も高度な事をサラッとやってのけますな。
<その為、キルッフ氏が残した借金も、自動的に引き継がれます。>
何してくれてるのマジで!!
とは思ったが、言うてそこまでの額では無い。
キルッフ自身もそこはちゃんとしていたのか、少し先までの返済金設定がされている。
……どうやら、ここで死んでいたのは行き倒れや餓死とかではなく、本当に何らかの不幸な事件事故に巻き込まれたか、或いは急病だったか、なのだろう。
昨日の雨に、それなりに強い酸が含まれていることもマキーナが観測していた。
元の世界よりかは、白骨化までのスピードが速いと言うところか。
その場に埋め、墓標を立てる。
人の畑だが、どうも人間が作業するのでは無く、機械が作業するらしい。
キルッフを納屋の裏に埋めるために穴を掘っていた最中に、納屋の地下から人間サイズの機械が何体も現れ、手にクワを持って畑を耕し始めていた。
……何か、凄いハイテクなローテクを見ている気分だった。
そして、納屋の裏はあの機械達の作業エリアからは外れているらしい。
その内雑草でも生えればわからないが、今のところは寄り付く可能性が無さそうなので、白骨化したキルッフを埋める。
「何にせよすまねぇなキルッフ、助かったよ。
今度別の世界で会えたら、1杯奢らせてくれ。」
取りあえずの収入を得るためにも、1回適性試験を受けるのも悪くないだろう。
ただ、社会情勢が解らないといきなり地雷を踏むかもしれんからな。
まずは気になってた図書館に行ってみるか。
俺は来た道を引き返し、街を見て回ったときに発見していた図書館に急ぐ。
こんなご時世だからだろうか、さほど人の居ない図書館で、歴史の教科書ないしは児童向けの歴史本を探す。
文字に関しては他の異世界と同じ様だ。
元の世界の言語には無いが、基本は英語の様な26文字と算用数字があり、それで大体を表現している。
これは国家が違っても同じ傾向にあり、地域で独特な言い回しはあっても、あまり表現に差は無い。
しかし、難解な歴史書を読んでも時間がかかるだけだ。
なので、取りあえずの知識として絵本や教科書、それが読み終われば最近の新聞を少し漁り、状況を把握する。
結果としてこの考えは上手くいった。
この世界が地球を飛び出した人類が宇宙開拓を行い、広大な宇宙に存在する様々な惑星を領土としていること、そしてずっと戦争をしている世界であることが理解できた。
ただ、帝国側のIDを作ったことが失敗だと言うことも、同時に気付いてしまった。
[帝国領フルデペシェ家当主、王国の若きエース“白の貴公子”シン・スワリに懸賞金を設定!]
最近の新聞を読んでいるときに、その見出しが目に入る。
この名前といい、国家規模で名前認知の存在なんて、それこそ転生者が一番疑わしい。
“やべぇ、こっち敵国側じゃねぇか”と言う新しい悩みは出来たが、今はそれを気にしても仕方が無い。
とりあえず情報収集に勤しむべく、新聞や童話、歴史書などを手当たり次第読み漁るのだった。




