155:機動騎士タゾノウォーリア
転送が終わり、眩い光が薄れる。
「あ、イテテテ……。」
マキーナをアンダーウェアで起動し、すぐに右目の傷を塞ぎ、手荷物を収納する。
右目を負傷した、あの現実世界から幾つかの世界を渡ったが、まだ回復しきっていなかった。
マキーナの能力が封印されているときに受ける傷は、相当に時間がかかる。
しかもツイていない事に、この右目を負傷した際にすぐに俺を起こすべく、俺の体内に僅かに残っていたマキーナの粒子も使っていたと言うことらしく、結果として割と想像より深刻なダメージとして残ったらしい。
マキーナによる超回復も、あまり頼り切るのは良くないと学ばされた。
そんな事をボンヤリ思いながら出現地点を見てみると、またあの時の世界のようにコンクリートの地面にビルが建ちならぶ、ビルとビルの隙間、死角に出現したと解る。
まぁ、つい最近現実世界風の異世界を体験したばかりだ。
今更驚く事も無い。
ただまぁ、地響きとオーケストラのマーチの様な音楽が喧しい。
何が起きているのかと、路地裏からそちらに歩き出す。
「は?お?」
路地裏から出て、その光景に目を奪われる。
ロボットだ。
巨大な人型兵器。
スマートな、と言うよりはズングリムックリとしたその外見だが、それらが列をなし、旗を持って行進している。
鳴り響くオーケストラは、行進用の音楽だ。
歩道や家々の窓からは、人々が“帝国万歳!”と叫びながら、手に持つ紙吹雪を撒き、ロボットが持つ模様と同じ手旗を振っている。
「……マジか。」
現実世界どころか、未来世界だった。
咄嗟に頭をフル回転させる。
“あのロボットに乗りたい!”
俺の頭は、年がいも無くその事だけに染まる。
何かいい手は無いものか?
何となくロボットの進む方向を見ると、何やら会場の様な場所があり、少し高くなった壇上で男性が演説しているのが見えた。
「……の中でも、帝国がこのように王国に対して戦い抜いてこれたのは、何故か!
諸君!それは我々の戦いが正義であるからだ!!
かつての我等の土地を取り返す、その崇高な目的のため、我々が戦い続けている事を、神がお認めになられているからだ!!」
想像以上にろくでもない理由だな。
あの存在が聞いたなら、“え?知らないよ?”とか言いそうだ。
しかし、領土問題で戦い続けているのか。
これは根が深そうだな。
「我等の聖女、ロズノワル家で唯一生き残ったサラ姫も、我等の悲願を今も神に祈られている。
聖女の存在、これこそが、我等の戦争目的の正当さの証拠でもある!
いざ、帝国民よ!我等と共に戦おう!!
そして、我等の悲願、領土の完全なる統一を果たそうでは無いか!!」
「帝国万歳!」
「我等の祖国の統一を!!」
「アンヌン帝国に栄光あれ!!」
壇上の男が拳を上げると、それに釣られたように周囲の群衆が次々に声を上げる。
恐ろしいほどの熱気と狂気。
まさしく熱狂の坩堝と化したその中で、小綺麗な緑の礼装を着た人々が歩き回り、何やらチラシを配っている。
俺の近くにも若い女性がチラシを配りに来たので、何となく受け取り、その紙に目を通す。
“未来のエースパイロットよ、来たれ!”
そんな見出しで始まる、兵員募集のチラシだった。
ただ、材質は紙のようだが、それはデジタル広告のように何パターンかの画像が定期的に切り替わる。
紙の上のコントロールボタンを押すと、見たい画面に切り替わる。
恐ろしいほど高度な技術を、唯のチラシに使っている、と言うことなのだろうか?
でもまぁ、こう言うのは若者じゃないとなぁ。
そう思い、画面をスクロールさせて対象年齢を見る。
“募集対象年齢:40~120歳まで”
目を疑った。
何だ?120歳?
シワシワの老人でも動かせるのか?
思わず、チラシを渡してくれた女性に声をかける。
「あの……、ここに募集年齢が120歳って……。」
俺に声をかけられ、“何を言われているのか解らない”という表情を少しだけ見せたが、慣れているのかすぐに営業用スマイルを浮かべる。
「ええ、募集年齢は120歳までとなります。
ご興味がおありでしたら、受付庁舎がこの通りを道なりにまっすぐ行った、市街地から少し外れたところにありますので、是非ご相談下さい。
あ、目にお怪我がお有りのようですが、ご安心下さい。
適性が高く、パイロット候補になられるようでしたら軍用義眼などはお手配出来ますので。
あ、受付庁舎に向かわれる際は、市民IDをお忘れ無く。」
テキパキとした返答を受け、“ど、どーも”と気圧されながらお礼を告げる。
年齢的なことを聞けなかったが、とりあえず受付庁舎とやらに行けば、もう少し話はわかるか。
ただ、“市民ID”と言っていたな。
そんなモノを当然俺は持っていない。
取りあえずいつもの鉄則として、まずは街並みを見て回ろう。
何か掴める筈だ。
人々の話に聞き耳を立てながら、街並みを見て歩く。
恐らくはIDカードで全てが管理されているであろう、という状況はすぐに解った。
露店で物を買う親子が、店主にカードを見せる。
店主は四角い小型の機械でそれを読み取ると、“まいど!”と言いながら商品を渡していた。
「ウチの旦那が160歳にもなって、まだ平社員なのよ!それでね……」
「そんな奥様にピッタリ、200歳を越えた肌に……」
「おじいちゃんが350歳を越えたから、そのお祝いを……」
商店街、公園、様々な場所を歩き、人々の話に耳を傾ける。
道を歩くのは、見た目20代から40代位の男女が多い。
皆、体型はともあれそれなりに美男美女だ。
想像するに、元の世界よりも遙かにアンチエイジングが進んでおり、長命化していると言うことなのだろう。
そして、皆IDカードらしきもので商品売買している。
公園では、新聞の代わりにノート位のタブレットで、皆何かを読んでいる。
駄目だ、科学技術が発展しすぎててもう何だか解らん。
街のスラム的な場所なら、と、それを探す。
路地裏、吹きだまりのような場所。
見るからに柄の悪い男達。
そんな場所に行っても、目にするのはカードらしきもので取引している姿だ。
「おうニィちゃん、何見てんだよ?」
サングラスをかけた大男が俺に声をかける。
よっしゃ、これチャンスじゃない?
そう思い、ここに来たばかりで状況かよくわかっていないフリをする。
これでカツアゲなら大義名分で叩きのめし逆に回収して、スカウトなら乗って身分証手に入れたらトンズラしよう。
「あ?テメェ“札無し”かよ。」
途端に、大男は俺から興味を無くした表情をする。
ん?想像と違うぞ?
聞けばそれなりに親切に教えてくれたが、この街ではIDカードを持っていない、いわゆる“札無し”の価値は、恐ろしく低いらしい。
「お前みたいなのバラして臓器売ろうにも、4~5人固めなけりゃ晩飯すら食えねぇよ。」
と大男は語る。
じゃあ裏稼業へのスカウトは、と思うも年齢を聞かれ“41だ”と答えた途端、大男の表情が崩れる。
「かぁ~!まだガキじゃねぇか。
オイ坊や、悪い事は言わん。
紹介してやっても良いが、お前さんみたいのは鉄砲玉で使い捨てがオチだ。
悪い事は言わねぇから、田舎帰んな。」
それきり、大男は完全に興味を無くし、路地裏に消えていった。
……う~ん、かなり困ったぞ、これ。




