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異世界殺し  作者: Tetsuさん
旅の途中③
155/831

154:ゲームの終わり

皆があのサラリーマンを讃えている。

奇想天外な方法で皆を救った彼はヒーローだ。

そして俺に向けられる目は、舞のような蔑み、或いは仕方ないという憐れみの目ばかりだ。

違う、こんな筈じゃ無かった。

今までこんな事は無かった。


あのサラリーマンだ。

あの片腕のサラリーマンを俺は知らない。

アイツがイレギュラーだ。


「皆!ソイツは怪しい!ソイツから離れろ!!」


皆の頭に“?”が浮かぶ。

しまった、それはそうだ。

助けてもらった人間と、どちらかを見殺しにしようとした人間とでは、言葉の影響力が違う。


「……確かに私も、確証の無い方法を試したんだから、怪しまれて当然だな。

それに、君も混乱しているんだよな。」


サラリーマンが優しく俺を諭す。

違う、お前がいなければ……。


ゲームが続行不可能になったからか、次の部屋への扉が開く。

皆、記憶を取り戻そうと次の部屋に向かい出した時に、俺は立ちはだかる。


「ま、待ってくれ!次の部屋はヤバい予感がするんだ!次の部屋に行っちゃいけない!」


皆が呆れ顔をする。

“いつまでもこの部屋にいたら、首輪が爆発するだろうが”そう鳶服のオッサンが言ったのをきっかけに、皆俺を押しのけて次の部屋に入る。


「……どうした?

次の部屋に行って欲しくないのか?

或いは君が、行きたくない理由があるのか?」


最後にサラリーマンが、俺に小声で話しかける。

俺は睨み付けるが、何も言えない。

そのままサラリーマンを無視して、次の部屋に入る。


部屋に入った瞬間、皆の視線が俺に集まる。

坊主頭の市川が口火を切った。


「お前、まだ舞に付きまとっているのか?」


「ボウズ、お前、俺の現場から逃げたアルバイトだったよな?」


鳶服のオッサンが後に続く。


「あれ?よく見たら赤貧氏ではござらんか?

またそれがしに金を無心しに来たのでござるか?」


オタクが余計な口を開く。


「あ、アンタ木場からクスリ買ってたヤツじゃん。」


糞ギャルが、トドメの余計な言葉を放つ。

舞は、ただ黙ってこちらを見ていた。

やめろ、そんな目で見るな。


<サァ、次ノゲームダヨ!>


泥の中にいるような重くへばりついた空気の中、先程までとは違い、機械音声のようなGMの声が響く。


「おやぁ?GMの感情が無くなっちゃったなぁ?

誰かさんの心の余裕が無くなったのかなぁ?」


サラリーマンが、また場の空気に合わないノンビリとした口調で告げる。

その口調が今は苛々する。


<サァ、次ノゲームハ殺シ合イ!

コノ部屋ノアチコチカラ出ル武器デ、最後ノ一人ニナルマデ殺シ合イダァ!>


部屋の壁が数カ所開き、武器や防具が現れる。

俺はあらかじめ(・・・・・)近場の出現ポイントに駆け寄り、武器類を手に取る。

サブマシンガンと防弾用の盾だ。

初期出現ではこれが一番強い武器だ。

これさえあれば。


装填用のレバーをコッキングし、初弾を装填する。

盾を構えながら振り返ると、誰も動いていなかった。

全員が亡霊のようにただ突っ立ち、視線だけをこちらに向けている。


「お前が……。」

「私を……。」

「開放して……。」

「いつまで……。」


全員が、ただ無表情に突っ立ち、ボソボソと何かを呟いている。


「う、うわぁぁぁぁ!!!」


俺はその姿に恐怖を感じ、サブマシンガンを乱射する。

何人かに弾が当たり、肉が弾け倒れる。

それでも、誰も動かない。

倒れた人間も、無表情なままこちらを見て、呟きを止めない。


「おま、お前等が悪いんだろうが!!

皆で俺を馬鹿にして!!俺は悪くない!!

俺の復讐は正当な権利だ!!」


アイツらから少しだけ距離をとっていて、サブマシンガンの銃弾から逃れていたサラリーマンが、スーツの内ポケットに手を入れる。


「俺に託した存在からの伝言だ。

“1度ならば気持ちもわかる。しかし何十度も、何百度も繰り返されるその便器にこびりついたウンチッチみたいな性根、私が刈り取り浄化してやろう”だとよ。」


サラリーマンはその手に名刺入れ位のサイズの金属板を手に持っていた。

それをへその下くらいに当てる。


「起きろ、マキーナ。」


<マキーナ、起動します。>


どこからか、女性的な機械音声が響く。

次の瞬間、サラリーマンは光に包まれたかと思うと、まるで髑髏の亡霊のような姿へと変わる。

無いはずの左腕も存在しており、両手で指を鳴らしながらこちらに近付いてくる。


『さて、仕上げと行こう。……マキーナ、ブーストモード。』


<ブーストモード、セカンド>


「うわ、うわぁぁ!!」


リロードし、髑髏の亡霊に銃弾をばら撒く。

だが、銃身を向けて引き金を引くと、まさしく亡霊のように消えては違う位置に現れる。


そうこうしていて弾が切れたとき、ソイツは遂に目の前に現れた。

気付けば、どこかのポイントから拾ったのか、ナイフを手に持っている。


“殺られる”


そう思い、シールドを顔前に掲げた瞬間、足下を薙ぎ払われた。


「え!?……あっ!?」


“それが狙いだった”と、今更気付く。


転生し、チート能力で呪いと魔術を書き込んだ靴の紐。


それが断ち切られていた。

靴紐からは呪いと魔力が恐ろしい勢いで漏れていく。

俺は武器を手放し、両手で掻き集めようとするがもう手遅れだった。


「な、何故、この隠し場所に気付いた……。」


髑髏の亡霊はナイフを捨てると肩をすくめる。


『それが何処にあるか解らなかったけどな。

君、俺が“靴をくれ”って言ったとき、自分では気付かなかったかも知れないけど、物凄い怖い顔をしてたぞ?

あんな表情みたら、誰でも察するさ。』


それを聞き、結局は自分のせいかと膝から崩れる。


「この世は理不尽だ……、何で俺だけがこんな目にあうんだ。

俺は散々虐げられてきたんだ!復讐して当然じゃないか!!」


髑髏の亡霊は、それを聞いて動きを止める。

腰に手を当て、上を向いて何かを思案する。


『知らねぇよ、と言いたいけどな。

まぁ、お前が正しくて、お前の復讐とやらが正当だとしようか。』


髑髏の亡霊は、数歩横に移動すると、後ろを振り返る。

それに釣られて俺もそちらに視線を移せば、俺が撃った残骸達が、それでも目だけはこちらを見ていた。

その無機質な視線に恐怖を感じる。


『その後、死んでも尚虐げられた彼等の、お前に対する復讐も正当って事だな。』


すぐ脇に、誰かの存在を感じる。

横を見れば、胴体だけになった舞が、自分の首を両手に持っていた。

その目が開き、流れ落ちる血涙もそのままに、俺を見下ろす。


「復讐してやる。」


俺は絶叫した。





「いやぁ、助かりまくリングの介でしたよ。」


よれた燕尾服のオッサンが、ニチャリとした笑顔で俺に感謝を伝えてくる。

正直キモい。


「いや、こちらも目的があったんで、別に感謝される事でも無いですよ。たまたまです。」



「タマタマにかけて来るとは、流石私が見込んだ方だ。是非オフィンフィン次郎を襲名して頂きたい。」


「あ、謹んでご遠慮致します。」


何とも締まらないやり取りだ。

結局、あの転生者は恋人に振られ、ろくろく働かず友人から金を借りて違法な薬物に手を染め、それらは全て相手のせいだと逆恨みして殺害、自分も死んだ後で転生し、貰ったチート魔術の力で逆恨みした被害者の魂を彼が創り出した世界に閉じ込め、延々とデスゲームの形式で復讐を繰り返していたらしい。


しかもご丁寧に、“新鮮な復讐の気持ちを味わい続けるため”として、毎回答え以外の記憶を自分も消していたと言うから、相当な妄執だ。

挙げ句に、転生させた例の存在も最近では恨みだしていたと言うのだから、始末に負えない。


今回の件、1番の被害者は彼に逆恨みで殺され、死後も解放されずに殺され続けた人々の方だろう。


例の結界は“生きている”存在には効果が無いらしい。

他の多くの死神もこの世界に関与できていなかったが、“交差点に立つ”という特性を生かして、ゲーデ氏だけがあそこまでたどり着けたらしい。

ただ、たどり着けただけで、更に厳重なあの施設の中には入り込めずに困っていたところ、俺が来たとのことだ。

なので、復讐対象者が日常の中で捕まり、あの施設に運び込まれる段階で俺も記憶喪失として送り込んだらしい。

“最初に殺人を目撃したら全ての記憶が戻る”という条件だったらしいが、それで俺が最初の1人になっていたらどうなっていたことか。

それを言うと、“万に一つも無いとは思っていましたが、そしたら丁寧に天国か地獄にお連れしていましたよ”とサラリと言ってのけた所が、人間を超越した存在の恐ろしいところか。

何にせよ、最初の犠牲者にはならずに済んで良かった。


そうしてあの存在との接続を切り、そして彼の居なくなった世界は、緩やかに崩壊を始めていた。

失われていく力を吸収するべくマキーナに任せている僅かな間、手持ち無沙汰の俺は目の前の燕尾服のオッサンに話しかけた。


「しかし、死神様から依頼を受けたのは初めてですよ。」


「私も、心に神をもつ人間とは、久々に会いましたよ。」


どうせふざけた回答がくるだろうな、と、内心期待していたが、今までとは違う穏やかな言葉と、年齢相応の穏やかで優しい笑顔に驚いてしまい、次の言葉が出なくなっていた。


<エネルギー吸収、完了しました。転送を開始します。>


落ち着きを取り戻し、“それはどういう意味で?”と聞こうとしたときに、マキーナの音声が話を遮る。


「おや、もうお時間のようですね。

それでは良き旅を。」


死神ゲーデは擦り切れた背高帽子を持ち上げ、小粋に挨拶をする。

光に包まれた俺には、それに手を上げて別れを伝えるのがやっとだった。




「さて、あの御方に対し、何処まで頑張れるやら。」


擦り切れた背高帽子を被り直し、よれた燕尾服の男は、何も無くなった空間から静かに消え去るのだった。

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