153:トロッコを止めるには
「あっ!グッ!!」
次の部屋に入った瞬間、高周波の音が聞こえた。
そして、その音を聞いた瞬間、脳内に記憶が流れ込んでくる。
ここに居る人間が誰なのか、一部は解った。
また、皆も同じ様に頭を抱えた後、一部記憶が戻ったらしい。
黒髪の女性の名前は浜駅 舞、俺の恋人だった。
坊主頭は市川と名乗った。
オタク氏は葛西、鳶服のオッサンは浦安と名乗る。
「ヤダ、嘘……木場の奴、死んじゃったじゃん……。」
俺と舞が驚きあっていると、ギャルが何かを言いながら、先程までの部屋に戻ろうとして、扉を叩いていた。
どうやら、先程死んだギャル男は元彼氏だったようだ。
<ハイハイ、お涙頂戴も良いけど、ソロソロ次のゲームに行くよ~!
次はぁ、たまには運に任せよう!“くじ引き落下DEポン!”のコーナー!!>
天井から、7本の紐が下りてくる。
1本にだけは、明確に[ハズレ]と言う札が貼ってある。
<ルールはシンプル!紐にぶら下がり、3カウント後に落ちなければセーフ!落ちて死んだらアウト!
全員一斉にぶら下がっても良し、誰か一人にひかせ続けても良し!
さぁ、皆で話し合おう~!!>
「俺がやろう。」
GMの台詞が言い終わりきる前に、サラリーマンさんがそう皆に告げる。
ここは舞の手前、俺が先陣を切ろうとしたが先手を打たれた。
“危険です、俺が代わりに”と言ったが、“運動には自信ある方だから”と断られてしまった。
サラリーマンさんはあからさまなハズレの札が付いた紐を握る。
「いつでもどうぞ。」
<勇敢なおじさん!あぁ、僕の胸はあなたの勇気を思うと、張り裂けそ……>
「早くしろよ。」
兎のGMはイラッとしたようだ。
オーバーリアクションをやめ、“じゃあカウントダウン、3、2、1………。”と、事務的に喋る。
“ゼロ”の声と共に、サラリーマンさんの足下が開き、穴に落ちていく。
<あ~っはっはっは!!ボクはちゃんと丁寧に外れクジを書いてあげたのに、その忠告を無視するなんてお馬鹿さんだねぇ~!!>
「……お~い、ふぁれか引き上げてもらって良い~?」
穴の中から、サラリーマンさんのノンビリした声が聞こえる。
俺達が急いで駆け寄ると、穴の中、地面から突き出している、先端が尖らしてある太い鉄の杭を掴み、両足で押さえているサラリーマンさんの姿が見えた。
サラリーマンさんは両足で杭の側面に力を入れて踏ん張り手を杭から離すと、咥えていた紐を手に持ちこちらに投げた。
鳶服のオッサンがそれを掴むと、サラリーマンさんを引き上げる。
その姿を見ていると、何故だか胸にモヤモヤしたモノが湧いてくる。
穴から這い出たサラリーマンさんはお礼を言うと、次の紐を掴む。
「あ、落とし穴は1つなんでしたっけ?」
<な、な、な、なんだそれは!
認めない!オマエは落ちたんだ!
今すぐ死ねぇ!>
兎GMは手元のリモコンを持ち上げる。
「そりゃおかしい。
アンタは“落ちて死んだら負け”と言っていた。
落ちても死んでないんだから、続行だろう?
これはそれを想定していないルールの落ち度だ。
それとも、やっぱりゲームなど関係無しに、ルール無用で気分次第で殺すのかね?」
サラリーマンさんは冷静だ。
<グ、グ、グ……。>
何故だか、兎のGMが可哀想に思えてくる。
“政府公認”で“世間に中継”されているのだから、この殺人ショーはきっとルールとして認められているのだろう。
それをルール外で殺してしまえば、“政府によるルール違反”を見せつけてしまうので、この馬鹿げたデスゲームは支持されなくなるだろう。
記憶にあるこの国は民主主義の筈だ。
独裁制になった記憶は無い。
ならば尚のこと、この兎GMは独裁的な行動は取れないはずだ。
結局誰も死なぬまま、次の部屋へと進む。
今度は、小学校の体育館くらいある、そこそこ広い部屋だ。
そしてまた次の部屋に入ると、頭痛と共に記憶が少し蘇る。
そうだ、舞は……。
「そういや聞き忘れてたんですが、これ結局、何回続けるんですかね?」
俺の思考を邪魔するように、サラリーマンさんがGMに声をかけ続ける。
<ククク、よくぞ聞いてくれました!本当はガッカリするだろうから限界まで言う気は無かったけど、最後の一人になるまでこのゲームは終わらないよ~ん!!>
「え?最初の説明と違くない?」
サラリーマンさんがツッコむ。
皆、“またか”と言う表情をしていた。
「GMはゲームをクリアすれば記憶を戻すと言って、負ければ死ぬと言っていましたが、“最後の一人になるまでゲームを続ける”とは言って無くない?」
<そうだよ~ん!
それはもう少し人が減ったら教えることだったんだよ~ん!さぁ、無駄話はお終いにして、次のゲームに行くよ~!!>
突然、何人かの足下の床が抜け、悲鳴と共に吸い込まれていく。
殺されたのかと思ったが、目の前に落ちていった人間が、拘束されて地面からスライドして出て来た。
舞と坊主頭の市川でセットになり、鳶服の浦安とオタクの葛西、それと名前を聞きそびれたギャルがセットで捕まっている。
その足下にはレールがあり、レールの端は部屋の壁に続いていたが、一部が開き大きな丸鋸をつけたトロッコが、凶悪な回転音と共にゆっくりと近付いていた。
<さぁ!助けるならどっち!愛しい恋人?人数の多い方?究極の選択だよ!>
「あぁ、トロッコ問題かぁ。
でもこの場合、誰が勝者で誰が敗者なんだろうなぁ?」
またもやサラリーマンが、空気を読まないノンビリとした口調で感想を漏らす。
何なんだコイツは!?
俺は必死に分岐レバーを掴む。
だが、どっちにしたら良いんだ?どちらを助け……。
「俺さぁ、トロッコ問題だといつも思うんだけどさ、これ結局レバーをどちらにも偏らせないニュートラルにしたままだと、どうなるんだろな?」
<それは出来ないよ~ん!>
勝ち誇ったようにGMの声が響く。
しかしサラリーマンはその言葉に耳を貸さず、革靴を脱ぐとレバーの可動域に突っ込む。
「ゆっくりレバーを動かしてみて。」
レバーを左から右へ。
倒す最中に革靴がはさまり、それ以上行けなくなる。
すると、反対側も革靴を挟み込み、どちらにも倒れない様に固定してしまった。
1本のレールを基準に、分岐点が動くだけだが、中途半端に固定したことにより、分岐のレールに乗り上げ脱輪する。
ただ、トロッコは動力が詰んであるのか、さっきよりは遙かに遅いが微妙に進み続けている。
「さて、後はこの丸鋸かな。
ちょっと君の靴とか貸してくれないか?」
俺のスニーカー程度で何とかなるモノでも無いだろうから、俺は断った。
俺のことをジッと見ていたサラリーマンは、少しの沈黙の後に“そうか、わかった”と言うと、ジャケットを脱いで丸鋸の回転する軸部分に、それを巻き込ませた。
異常なモーター音と、何かが焦げた臭いを出しながら、丸鋸の回転が止まる。
丸鋸が止まると、サラリーマンは意外な力で進行方向を変え、誰にも行かないようにした。
<る、ルール違反だ!!こんなのは無効!ノーカンだ!ノーカン!!>
GMがどこかの班長の様なことを言い出すが、サラリーマンはケロリとしている。
「“助けるならどっち?究極の選択だよ~ん!プゲラッチョ!!”だっけか?
別に助け方は指定してないよな?
ホラ、早く皆を開放しなさいよ。」
皆の拘束が外れる。
「舞!大丈夫か!?」
俺は舞に駆け寄るが、彼女は凍て付くような視線を向ける。
「何故、あの人に靴を渡さなかったの?」
「違っ……、あれは、あんな事では止められないと思って……。」
しどろもどろになりながら、それでも必死にあの時思っていたことを伝える。
あのサラリーマンが異常なんだ。
あんな発想、あの土壇場で出来るわけがない。
「そうね、あなたはそう言う人よね。
“無理だから”“出来ないから”と、すぐに諦めて。
だから私、あなたの事が嫌いになったの。」
その言葉に衝撃を受ける。
彼女も思い出していた。
そう、舞は、俺の彼女だった。
一緒に捕縛されていた市川と、その後恋人になっていたのだ。




