151:死の遊戯
「……ん……、ここは?」
俺は目を開けると、真っ白い床が目に入る。
慌てて起き上がり周囲を見渡すが、やはり同じように何も無い真っ白い壁に囲まれた部屋だった。
いや、周囲の壁には入口のような切れ込みがあったが、こちらから空けることは出来無さそうなほど壁と一体化していた。
天井を見上げると、四隅の面に沿って黒い線が入っているし、それぞれ四隅の角には半円状の黒い突起物の様な物が付いていた。
(なんだ?何故俺はここに居るんだ?)
気を失う前の記憶を思い出そうとして、強い頭痛を感じる。
自分が何者なのか、何故ここにいるのがが全く記憶に無い。
ここは日本で、俺は日本人だと解る。
これまでの歴史も、言語や計算式は頭に浮かぶ。
ただ、自分や自分に関する家族などの記憶が全く思い出せない。
どう生きてきた?どんな家族がいた?友達は?知り合いは?
何も思い出せない。
荷物や着ている物に何か無いかと探るが、財布の1つも持っていない。
ジーンズにTシャツ姿の所を見ると、今は夏なのだろうか?
「すいませーん、誰かいませんかー?」
念のため、声を上げてみる。
反応が返ってくるとは思わなかったが、俺から見て右手の扉が開いた。
「あれ?ここも同じ様な……、あ、人がいた。
ねぇ、また人がいたよ!」
若い女性が扉を開けて出てくる。
後ろにも人がいるのか、誰かに声をかけてこちらに走り寄ってくる。
扉からは、もう2人ほど出て来ていた。
「ねぇ、あなた大丈夫?」
「え、えぇ、体は大丈夫そうなんですけど、自分が誰か解らなくてですね、あの、あなたはここの職員さんですか?」
俺がそう訪ねると、女性は“え?あなたも?”と、驚きの声を上げる。
俺が更に聞こうとすると、正面と左の扉からも、人が現れていた。
「オイ、こんな所に閉じ込めやがったのは誰だ!?」
「やや、ひ、人がいたでござるよリーマン殿、……わ、我々以外にも人が居たようでござる。」
正面からはガテン系という感じだろうか?
鳶服に身を包んだ筋肉質な男が怒鳴りながら現れ、左の扉からは丸々と太った、バンダナをした男が汗をかきながら現れていた。
「なんだよ、こっちも似たような部屋かよ、ダリーな。」
最後に、後ろの扉からも髪を金に染めた、着崩したスーツがホストのような男が、気怠そうに現れていた。
それぞれ全員が俺の周りに集まる。
移動すると、また扉は音も無く閉まり、閉まった後でカチャリと鍵のかかる音がした。
「ヒッ!!あ、あれ?開かない!?」
バンダナを巻いた太っちょが入ってきた扉を開けようとして、ノブも無ければ開きもしないその扉を慌てながら叩いている。
ホストのような男が“うるせぇデブ!”と怒鳴ると、太っちょは大人しくなる。
部屋に入ってきた人間を見渡す。
学生服姿の俺、先程後ろに声をかけながら入ってきた、長い黒髪で学生服の女の子、俺と違う学校と思われるが学生服で坊主頭の男、声の大きい鳶服の男性。
先程騒がしかったアニメTシャツを着てバンダナを巻いたオタクそうな太った男、それを怒鳴っていたホスト風のギャル男、早速ギャル男にナンパされている色黒でケバケバしい化粧のギャル、そしていい人そうではあるが、片腕のないサラリーマン。
8人の男女がこの部屋に閉じ込められていた。
それぞれ話し合うが、全員に共通していることは“記憶が無い”事だった。
それぞれ勤めている会社や学校位は覚えている人はいたが、そこまでだ。
自分の事やここに居る人間に対しての記憶が無い、と言うことが全員の雑談で解った。
片腕のないサラリーマンさんに至っては、痛みは無いが“何故片腕を失っているかすらわからない”と言う状態だ。
それと、首に皆チョーカーの様な物をはめている。
それを聞くと、俺の首にも付いていると言われて、慌てて首を触ると確かに俺にも付いていた。
手触りから革のベルトの様な物で繫がっており、結び目と思われるところとその反対に小さな箱のような物が付いていた。
結び目が箱で覆われているため、取ることも出来ない。
「んな事よりよぉ!何で俺等ここに居るんだよ!
誰か説明できる奴はいねぇのかよぉ!」
気になって触っていると、ホスト風ギャル男が苛々の頂点に達したのか、怒鳴り散らす。
だがそれに呼応するように、天井の黒い線、いや、黒い線だと思っていた物は、大きな液晶ディスプレイの下面だったらしい。
黒い線の部分が下に下りてきて、液晶ディスプレイに画像が映される。
<よい子の皆、元気かな~!
さぁ今日も、楽しいゲームが始まるよ~!>
画面には、包帯と縫い跡だらけの兎のアニメキャラだろうか?が表示され、喋る声が聞こえると画面のそれもパクパクと口を動かしていた。
「はぁ?ゲームだぁ?頭沸いてるんじゃねぇかコイツ。」
ホスト風ギャル男が思い切り馬鹿にしているが、周りの皆も同じ様な表情だ。
いきなり出て来て何を言っているのか。
「あの、ゲームって何のことでしょうか?
ここに居る全員、どうも部分的に記憶が無いようでして、すぐに医者等に連れて行って頂きたいのですが。」
片腕のサラリーマンさんは営業なのだろうか。
混乱しながらも、交渉してくれていた。
<ざぁ~んねん、君達から記憶を奪ったのは僕でぇ~す!
君達はこれから僕とゲームをしてもらいます。
このゲームに勝ち残れば、君達の記憶をお返ししま~す!>
その言葉に皆がまた騒然となる。
それはそうだろう。
人為的に記憶を奪われ、しかも訳のわからないゲームをやれと言われているのだ。
驚かない方がどうかしてる。
「ち、ちなみに、負けた場合はどうなるんですか?」
サラリーマンさんは額に汗をかきながらも質問を出す。
そうだ、“勝ち残ったら”と言うことは、負けた場合もあるはずだ。
まさか……。
<負けた場合はぁ……、なんと!
負けた人には死んで貰いま~す!>
また皆騒然となる。
それはそうだ、負けたら死ぬなんて、そんな非現実的な事があってたまるか。
「はぁぁ?テメェ、ッケンじゃねぇぞコラ!!
意味分かんねぇんだよ!」
ホスト風ギャル男がそうキレると、画面の兎はウンザリとした仕草をする。
<う~ん、君はちょっと五月蝿すぎるねぇ。
丁度良い、デモンストレーションとして、早速体験して貰うよ~ん!>
画面の兎がテレビのリモコンの様な物を持ち上げると、スイッチを押す。
すると、ホスト風ギャル男の首輪に、突然“10”と言う数字が浮かび上がり、数字が減っていく。
その数字が減ると共に、“ピッ、ピッ”と言う音が鳴り、5を過ぎた頃から“ピピピ……”と言う早いテンポに変わった。
「オイ、何だよこれ!止めろよ!誰か止めてく……!」
ギャル男は最後まで言葉を放つことは出来なかった。
同時に、俺達は首に巻かれたこの器具の意味も理解した。
<ギャハハ!無様だねぇ!哀れだねぇ!>
ゴトリとギャル男の首が落ち、画面の兎の笑い声が響く。
ゆっくりと、ギャル男の胴体は倒れていった。




