150:Baron Samedi
お休みを頂きましてありがとうございました。
再開致します。
「っととぉ。」
転送が終わり、足に重力を感じると、ヨロヨロとフラつく。
左腕が無いからか、どうにもバランスが悪い。
目は治ったが、腕が生えてくるまではまだ時間がかかりそうだ。
いやしかし、よく考えたら腕が生えてくるっていう単語も恐ろしい単語だな。
そんな気味の悪いことを考えつつ周囲を見渡すと、目の前はアスファルトの道路とガードレール。
周辺は何となく民家が並ぶ、住宅街といった趣だ。
決してヘッドライトの河が流れていなければ、アスファルトタイヤを切りつけながら暗闇を走り抜けてもいない、真っ昼間の住宅街だ。
周辺の看板も日本語の所を見ると、現代日本で間違いなさそうだ。
(ん?そういやまた現代日本ってことは、またアレなのか?)
念のため、マキーナをアンダーウェアモードで起動すると、何の問題も無く起動できた。
(いつぞやはマキーナが使えなくて焦ったからなぁ。)
大分前の世界で、俺は現代日本を舞台としたゾンビ世界に転送されていた。
そこでは世界の強制力でマキーナが起動できず、右目を負傷するという、俺にしては中々にやらかした世界だった。
アンダーウェアモードのまま、鞄を収納して手ぶらで歩く。
これで周囲がゾンビだらけだったとしても、まぁ何とかなるだろう。
どんとこい超常現象的な気分でブラブラ歩いていると、交差点に一人のオッサンが立っているのが見えた。
いや、交差点で信号待ちをしているオッサンなんて、それこそ五万といるだろう。
目を引いたのは、そのオッサンが、日本では、こういう町中では珍しい?燕尾服を着ていたことだ。
しかも頭の上には、鍔の縁が擦り切れてボロボロになった背高帽子を乗せている。
そんなオッサンが、信号が変わっても動きだそうとはせず、交差点の対岸にある白い建物を見ながら、何かをモゴモゴ言っていた。
時たま通る通行人が一切反応していないところを見ると、この辺によく出る名物オジサン的な人なんだろうか?
何となく、そのオッサンが何を言っているのか気になり、通行人のフリをしながらソッと近付く。
丁度赤信号になったので、立ち止まりつつ聞き耳すると、何を言っているのかが判明した。
「……あぁ、困ったな、困ったな。
あいつのおホールからハンドをダイブして奥トゥースをトゥギャザーしてやりたいくらいなのに、何も出来ないな、困ったな、困ったな……。」
「ブフォッ!!」
下品通り越して何か違う言語になっちゃってるよ!
想像と全く違うことを口走っている事に、思わず吹き出してしまった。
だが、俺が吹き出した声を聞いた瞬間、ソワソワとした動きを止め、こちらにその顔を向ける。
丸々とした顔で、俺と目が合うと“ニチャア”とした笑顔を向ける。
あ、思い出した、浦安の方の鉄筋コンクリートな家族とか、稲がつく中学校とかの卓球部にこんなキャラいそう。
「おやおや、次元の迷子とは珍しい。
可哀想に。
貴方を迷わしたウンコに変わって、今送って差し上げます。」
次の瞬間、燕尾服のオジサンの姿が消え、首に何かがトンと当たる。
“え?”と思い当たったモノを見てみると、西洋で麦を刈る時に使う大鎌、それの先端が首に当たっていた。
「おや?おやおやおや?
どうやら貴方はまだ死んでないようだ。
何ともまぁ、不思議な……あぁ、“知っている”な。
貴方は選ばれた玩具ですか。
全く、可哀想に。」
一瞬、酷く悲しそうに見えたが、すぐにあのニチャっとした笑顔に戻る。
「丁度良い、貴方は私の姿が見えるようだ。
宜しければワタクシの話を聞いてはくれませんか?」
気付けば大鎌も消えている。
何もかもが解らなさすぎた。
身のこなしという次元では無い。
音も無く、空気も揺らさず視界から消えるなど、普通は出来ない。
ましてやその辺の技術には自信がある。
それに、あの大鎌は恐ろしい鋭さだった。
何故あれが俺の首に当たって、傷1つついてないんだ?
目の前の存在が、見た目ほど惚けたキャラでは無さそうだ。
「あぁ、ご紹介が遅れました。
ワタクシ、ゲーデと申します。
口の悪い友人からは、土曜男爵とか墓地男爵と呼ばれています。
まぁ、貴方は特別に、ワタクシの事をおフィンフィン太郎と呼んでも良いですよ?」
メチャメチャコテコテの日本人顔でニチャリと笑う。
しかもポーズは昔懐かしの両手で“ゲッツ”しちゃってるポーズだ。
ふざけるにも程がある。
ただ、その名前で俺もピンときていた。
恐らく目の前の存在は、“死神”と呼ばれる存在だ。
悪魔を仲魔にするあのゲームやってて良かった。
悪魔データは一通り頭に入ってる。
ゲーデまたはゲデ、燕尾服に擦り切れた背高帽子を被り、死者が神々への住み家に向かう途中にある、“永遠の交差点”に立つと言われている死神。
葉巻と酒が好きで、全ての生きている人間を知っているほど聡明だが、下品な言葉遣いや態度が大好き。
とかいう変わり者の死神だったはずだ。
なるほど、さっきのは死神の鎌だったのか。
人知を超えた存在を、俺は今相手にしているのか、という思いが強くなる。
「あ、これはご丁寧にどうも……。
ご存じかも知れませんが、私は田園 勢大と申します。
あ、おフィンフィン太郎は遠慮します。」
ギクシャクしながらも、取りあえず返事を返す。
挨拶された以上、こちらも名乗らねば失礼というモノだろう。
「なるほど、ワタクシの事をご存じでしたか。
知っていて尚恐れずに返答が出来る度量もあるとは、ますます興味深い。
私の大鎌で刈り取られなかったのも、まだ生きていらっしゃるから……なるほど。」
死神ゲーデは何かを考え込んでいたが、暫くして顔を上げると、またあのニチャリとした笑顔をこちらに向ける。
うん、1つ1つの表情がキモい。
「宜しければ、ワタクシのお願いを聞いては貰えませぬか。」
人間、生きてりゃ色んな事がある、だが、まさか死神様からお願いをされる事があるとは思わなかった。
死神ゲーデのお願いとは、彼の代わりに交差点の向かいにある白い大きな建物に潜入して欲しい、ということだった。
何でも無い建物に見えたが、あの建物は霊的なモノを寄せ付けないように守られているらしい。
人間には影響は無いが、彼のような存在には非常に効果的で、手出しが出来ないらしい。
潜入し、あの中にあるはずの、あの場を守る呪符か呪物があるはずだから、それを壊して欲しいらしい。
しかも、あの建物を支配しているのは恐らく転生者であるらしい。
そう聞かされてしまえば、俺の目的としても是も否も無い。
承諾の意志を返すと、彼はニチャリと嬉しそうな表情を見せた。
「やぁ、それは助かります。ただちょっとあそこに潜入するには一時的に記憶を失って貰う必要があるのですが、その辺はお任せ下さい。
まぁ、あるショックがあれば、記憶は戻るようにしておきますので。
ん~、……えい!」
驚く暇すら無かった。
マキーナを持ってしても抵抗することすら出来ない。
言葉を発することすら出来ず、俺の意識はブレーカーが落ちた様に遮断された。




