148:塵芥の意地
<システムの一部を回復、応急手当を実施します。>
いやはや、今からか。
絶対に間に合わなかったな。
阿久徒が倒れたその瞬間、マキーナからのありがたいメッセージ。
<最善は尽くしました。>
解ってるよ、相棒。
少しずつ回復し、動かせるようになった頭で東所君のお父さんを見る。
先程の気迫とは打って変わり、ヘナヘナと膝から崩れ落ち、座り込んでいた。
「お父さん!!」
東所君が、父親に泣きながら抱きつく。
東所君のお父さんは、拳銃を置いて東所君を抱きしめる。
「お、お父さんはお前くらいの頃、ガンマンに憧れていてね。
モデルガンやエアガンだったが、鉄砲もいっぱい持っていたんだ。」
嬉しそうに東所君を抱きしめながら語るその顔は、父であり、子供のようだった。
「お父さんの子供の頃の話なんて、1度もしてくれなかったから……。」
「ハハ、そうだったな。
これからはずっと一緒だ。
……いっぱい話そう。」
松阪君や東所君のお母さんが、皆が駆けつけようとしたときに、異変は起こる。
撃たれた阿久徒が、ムクリと起き上がったのだ。
「ご、ごれは……素晴らしい。」
全身の血管が、端から見てもハッキリと解るくらい脈動している。
皮膚の色が赤黒く変わり、全身の筋肉が肥大化していく。
「わ゛、わ゛れ゛、神の力を得たり!!」
全身が肥大化し、元の身長の2倍近くまで巨大化していた。
骨格とかまるで無視しやがって、完全に化け物じゃねーか。
と、心の中で悪態をついたときに、ピンとくるモノがあった。
“特殊感染者”
量に依るかも知れんが、生前に感染者の肉を口にしていて、そして死亡すると特殊感染者化するって事ではないのか。
コイツは、この中で1番感染者の血肉で出来た食物を取っていた。
あくまで推測だが、その可能性は非常に高い。
だが、今大切なことはそんな事じゃない。
<システム、全て復旧しました。>
よし、やっとか。
ボロボロの体で立ち上がる。
銃で撃たれた左足は力が入らない。
右足1本で、何とかその場に立つ。
「たぞ、田園……さん……。」
東所君が驚き、警戒する声が聞こえる。
それはそうか。
ある意味で、今の俺の姿の方が感染者に近い。
だから安心させるためも含め、東所君に声をかける。
「……東所君、よく頑張ったな。よく決意した。
もう君は過去の妄執に囚われる必要は無い。
君は、今の人生をしっかり生きなさい。」
ポケットから、マキーナを取り出す。
「今から見せるは一瞬の奇跡。
神の奇跡などではない、今を必死に生きる名も無き人々にしか起こせぬ、“神をも殺す”奇跡なり。
……起きろ、マキーナ。」
<マキーナ、起動します。>
全身を赤い光が駆け巡り、赤い光と光の間を埋めるように、鈍い銀の光が包み、光が収まると黒いダイバースーツの様な物で覆われ、肩と胸に黒に近い灰色の金属板が現れ、同じ色の手甲と足甲も現れ、装着される。
頭を覆うヘルメットのようなモノには、髑髏の意匠が現れる。
『第2ラウンドと行こうか、阿久徒。』
全身が急速に回復する。
ただ、右目が回復しない。
まぁいい、今は後だ。
マキーナの補助システムが右目の代わりをしてくれている。
右目で緑線で出来たフレームCGを見て、左目で肉眼の景色を見ている感じだが、些細な違和感だ。
「ぬ゛ぅ゛ん゛!!」
俺の胴体くらいありそうな拳が、しかし見た目に反した素早さで迫る。
右の握拳で打ち落とし、隙が出来たアゴに肘打ちをかます。
阿久徒は仰け反るが、打った俺の方も反動で重心が後ろに押し流され、追撃が出来ない。
いやお前、頑丈すぎだろ。
素早いとは言え大振りだ。
ならばと、左右ストレートのワンツー、左腕を引き戻しながらの右蹴りを躱し、空いた胴体に鎧通しをかける。
左の掌底に右の掌底を重ねる。
打撃は綺麗に決まり、乱れた衝撃波が阿久徒の体内を駆け巡るのを感じたが、同時に違和感を感じる。
(硬っ!?それに、体の中に臓物や骨を感じない?)
学生時代の練習で使った、水の入った革袋。
その感触に似ている。
体の外側はカーボンの板のように衝撃を吸収しつつも硬い。
ただ、手の平から感じる体の内側は、臓物や骨等の感触が無い。
コイツの体、言ってみれば虫の体に近い。
そうか、普通の感染者も脆く感じたのは、コイツほど外皮が硬くなく、中の筋肉や骨を溶かさず使い、無理矢理立たせていたからか。
ただ、現状手詰まりに近い。
超加速からの“乱れ菊”に全てをかけてみるか?
<現在の状況から、打撃は効果が薄いと推測されます。>
嬉しい情報どうも、解ってるよ。
“鎧通し”は、言うなれば相手の鎧を武器として、鎧の後ろの人体、それも特に心臓に打撃を通す技だ。
ダメージを受ける心臓が無ければ、効果は薄い。
いっそ、血液全てにダメージが行くまで鎧通しを連発するか?
殴り合い、さばき合いながらも、思考は袋小路にハマり出す。
その袋小路を破ったのは、歩割爺さんだった。
「田園君、使いなされ!」
投げられた木の棒を、阿久徒からバク転で距離をとりながら受け取る。
木の棒と思ったが、爺さんに渡していた長ドスだった。
<勢大の使用に耐えられるように、書き換えます。>
マキーナが即座に反応し、黒い何かが長ドスを包む。
長ドスを包んだ黒い何かは、生き物の様に左腕の手甲に集約し、手甲からニュッと真っ黒い鞘が生える。
左手甲の先にある握りを掴み、鞘から刀身を抜く。
鞘から抜くと、鍔と刃先に赤い線が走っている、真っ黒な刀身が姿を現した。
<最適化、完了しました。
情報は記録されます。別世界でも類似の武装を入手すれば、再現は可能です。>
おお、マキーナも日々進化してるな。
刀を1度上下に振ると、非常に軽く感じた。
これなら、行けるかな。
『マキーナ、ブーストモード。』
<ブーストモード、セカンド。>
いつもと違い、防具が外れない。
その代わり、全身が黒から淡い赤に光りだしていた。
<移動のみを粒子化します。移動に関しては、空気の抵抗を無効化します。>
おお、俺もドンドン人間離れしていくな。
いや、マキーナのお陰か。
刀を肩に担ぎ、改めて化け物阿久徒と対峙する。
あ、別に田園流が刀を肩に担いでも、警戒はしなくていいぜ?
右目のフレームに行動予測線が出る。
「き゛さ゛ま゛ぁ!一体、何゛者゛なんだぁ!」
しわがれた、ひび割れた音のような声で阿久徒は叫ぶと、俺を叩き潰したいのか、右の握拳を振り上げる。
『俺か。……ただの人間、名前は田園 勢大だ。
別に覚えなくて良いぞ?オマエもう死ぬからな。』
加速し、一気に間合いを詰める。
刀を振り下ろすときに、また透明な粘土の中にいるような重さを味わったが、以前よりは遙かにマシだ。
一瞬の静寂の後、化け物阿久徒の左肩から右腰にかけて斜めの線が走り、体液を撒き散らしながらズルリと滑り落ちる。
『無銘一刀流剛の剣奥義、“オトタチ・モドキ”ってな。』
崩れ落ちる化け物阿久徒を背に、刀を一振りし奴の体液を飛ばすと、左手甲の鞘に叩き込むようにして刀をしまった。




