表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界殺し  作者: Tetsuさん
夜明けの光
148/831

147:未来への咆哮

案の定、感染者がパラパラとこの森エリアまでたどり着き始めていた。


「キャァァ!!止めて!誠!誠はどこ!!」


2階の奥からは女性の悲鳴も聞こえる。

あぁ、上位の妾、という奴か。

救助しても良いかと少しだけ思ったが、あの悲鳴でますます感染者がそちらに集まってきている。

むしろ音を殺しながら進む俺達に気付かない事すらある。

残念だが、あれではもう助けようが無い。

あの悲鳴を陽動と割り切り、俺達に気付いて近付こうとする感染者をなぎ倒しながら進む。

東所君がいつものように“助けられないか”と迷っているかと思いチラと横を見ると、東所君にもう迷っている表情は無かった。

ヤレヤレ、これじゃ俺の方が迷っているみたいだ。


追いかけてくる感染者を蹴り飛ばしながら、停止したエスカレーターを何とも言えない感覚と共に下りる。

何でこう、止まっているエスカレーターなのに、動いているような変な感覚になるのだろう。


そんなとりとめも無いことを考えながらエスカレーターを下りきり、レストランエリアに向かう。

レストランエリアの先に、自動車販売コーナーが見えてくる。

自動車販売コーナーでは阿笠氏がイヤにイキイキとして動き回っており、その逆に東所君の両親と松阪君が、心配そうにこちらを見ながら待っていた様だ。

そんな様子が見えた女性達は、改めて助かると解ったのか、我先にと駆け出す。

歩割爺さんも明智氏も毛利さんも、慌ててそんな皆をなだめながら纏めようと、女性達に合わせて駆け出す。


遅れた俺達は皆に追いつこうと、松阪君達に手を振りながら同じように駆け出そうとした。


味方と合流できた、という安心感があったのだと思う。

正直、この瞬間は油断していた。

しかも不運なことに、ヤツが飛び出してきたのは右側にある店であり、それは右目が見えず死角となっていた俺にとっては、最悪の相性だった。


「ぬぐぁっ!?」


飛び出してきた阿久徒が持っていた短刀、それが腹に突き立てられる。

突き立てられた場所を中心に、“痛い”が数百、数千と重なる様な、重なり合ったそれらが“熱い”という感覚を引き起こす。

何クソと思い右手で裏拳を放つが、既に威力も速度も無いそれは簡単に躱され、蹴り飛ばされる。


俺を刺し、蹴り飛ばした阿久徒は、素早い動きで東所君の手にある銃を奪い、そして東所君を殴り飛ばしていた。


「田園さん、最後に油断するのはいけませんね。」


「あ、あぁ……、次は気を付けるよ。」


床に倒れながら強がりを言ってみたものの、腹を刺された痛みからか、足が痺れて力が入らず、満足に動けない。

東所君も口から血を流しながら、怒りの表情で阿久徒を睨む。


「お前が……、小百合ちゃんを!」


阿久徒は余裕の表情で俺達を見下ろす。


「全く、あなた方のお陰でここはメチャクチャだ。

だが、まだ親衛隊も警備班も残っている。

少し大変ですが、また再建すれば良い。

まずは地還しのたま達を元の場所に戻すため、ここにいる皆さんにご協力頂きたい所ですな。

ねぇ、田園さん?」


“殺されたくなければ、皆を説得しろ”か、舐めてるな。


「……フ、フフ、面白い冗談だ。

俺は、ユーモアのセンスが無いらしいからな。

参考にさせて貰うよ。」


阿久徒は無表情のまま、俺の左太股を撃ち抜く。

強烈な痛みに体が仰け反る。


「止めろ!!」


東所君が、先程の親衛隊からくすねたのか、隠し持っていたもう1丁の銃を抜き、阿久徒に向ける。


「おや、私に銃を向けますか?

撃っても良いが、約束しましょう。

撃たれたその瞬間、私は絶対にこの男の頭を撃ち抜く。

君の行動1つで、この男の運命が決まります。

まぁ、余力が残っていたら、ついでに君も殺してあげようじゃないですか。

あぁ、これは約束とまではいきませんけどね。」


東所君は怒りの表情のままだが、動揺したのは解る。

いかんな、それじゃ相手の思うつぼだ。


「どうしました?撃たないのですか?

じゃあこの退屈な時間、面白い話をしてあげましょう。

君の思い人、良い声で鳴いていましたよ?

やはり初物は違いますね。」


「なっ……!!」


ダメだ東所君、耳を貸すな。

そう叫びたいが、口から漏れるのは呻き声だけだ。

体が、手足の先から温度が抜けていくのがわかる。



痛い。

寒い。

眠い。



痛みと寒さで、意識を保つのも辛い。

ただ、今ここで意識を失えば、全てが終わる。


「最初は嫌がっていましたからね、何度も殴り、遂には薬まで使わせて貰いましたよ。

効果は抜群でね、遂には抱きついて離れなくなり、私のが気持ちいいと、君のことなんかもう忘れたと、悦んでいましたよ。

残念ですね、君は、君の想いは、彼女に裏切られたんですよ!」


阿久徒の狂ったような高笑いが周囲に響く。

遠くで誰かが声を押し殺し泣き崩れる音が、僅かに聞こえる。


……てめぇこの野郎。


「それがどうした!

人を辛い目にあわせて、そう言わせただけじゃないか!

僕はそれを、裏切られたとは思わない!」


薄れつつある意識の中、まるで東所君の叫びに呼応するかのように、突如として世界のステータスを示すウインドウが現れた。

表示されている画面の文字はグレーアウトで、中心にロックマークが表示されているが、そのロックはヒビが入っている。


「僕は……、僕はそれでも、彼女を信じ、愛している!!」


ロックのマークは完全に割れ、世界のステータスがコントロール出来るようになっていた。

だがまだだ、今これを操作できる状況じゃない。

そう思った時、マキーナの声が頭に響く。


<制限が解除されました。システム、復旧を開始します。>


そうか、世界の強制力を解除させる為にも、このロック解除は必要だったのか。

理解と同時に全身を何かが駆け巡り、ダメージを回復させ始める。


(マキーナ、早くしてくれ!)


<ダメージが深刻すぎます。復旧とアナタが動けるようになるまでの回復と合わせ、3分ほどお待ちを。>


頭の中でマキーナに呼びかける。

何となくではあるが、無機質なマキーナの声にも焦りは感じていた。

だが駄目だ、それじゃ間に合わない。


「どうしました?口だけで、撃てないんですか?

結局、言葉だけでは何も変わらない。」


東所君が決心をし、引き金にかけた指が動く。


三尺(みさし)、止めなさい。」


東所君が引き金を引く前に、声がかけられる。


目線だけを動かしてそちらを見れば、東所君のお父さんがこちらに歩いてきていた。

その表情は諦観がにじみ出ている。

敗北を受け入れる気か?


止めろ、止めてくれ。

俺はまだ負けてない。


「おや、確かアナタはこの子の父親でしたね。

なら話は早い。

アナタがこの子と皆を説得なさい。

また我等の楽園を、ここに築きましょう。」


「お父さん、何で!」


東所君のお父さんは、ある程度まで近付くと、自然体でただ立っている。


おや?と、思った。

最初は降伏の為に来たと思った。

だがそれを告げるために来たとしたら、そんな状況で緊張しない人間の方が少ない。

緊張すれば体に力が入る。

自然体で立っていること自体が、不自然(・・・)だ。


「阿久徒さん、我々は、いや、私はもう貴方と共には歩めない。」


「ほう?では何故前に?貴方から殺されたいのですか?」


銃口が俺から東所君のお父さんに向かう。

イカン、これは確実に撃つ予感がする。

逃げろ、東所君のお父さん。

まだ声が出せない。


目だけで、東所君のお父さんを見る。


「息子が殺されかかっていて、黙って見ている親がいるものか!!」


雄叫びをあげながらも、彼は何処までも自然体だった。

自然体のまま、わずかに腰を落としつつ、背中側、腰のベルトに挟んでいた拳銃を抜き取り、構え、撃つ。

急いでまた目だけを動かし阿久徒を見ると、胸の中心から赤い染みが広がるのが見えた。

本人も胸を押さえた左手を見つめ、何が起きたか解っていない様だった。


クイックドロウ。


本当に一瞬の早業だった。

しかも、1発では終わらない。

右肩にもう1発、右手に持つ銃にもう1発。


銃の破片を撒き散らしながら、阿久徒はスローモーションの様に、仰向けに倒れていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ