146:月光
連絡通路に、右膝を砕かれた剣人の絶叫が響き渡る。
「おまっ、お前等!何してるんだ!
さっさと助けろ!!」
剣人が親衛隊に向かい怒鳴り散らす。
銃を取り出す親衛隊達だが、俺の後ろにある光景に目が行ったようだ。
「良いのか?このまま撃ち合えば、アイツらを刺激して全員お終いだぜ?」
少しの間、親衛隊達の動きが止まる。
このまま剣人を助ける為に撃ち合って感染者の波に押しつぶされるか、それともここから逃げて教祖を守るべきか。
だが、俺からすればその迷いこそが命取りだ。
苦痛に悶える剣人君には見えなかっただろうが、親衛隊達には俺の後ろの感染者が見えたように、俺にも親衛隊達の後ろから迫る3人が見えていた。
「無銘一刀流剛の剣、奥義“音断”。」
歩割爺さんが長ドスを抜き放つ。
非常灯が照らす薄い光を白刃が反射し、闇夜にキラリと半円が光る。
次の瞬間、白刃が閃く本当に刹那の瞬間、確かに音が消えた。
近寄る感染者達の呻き声も、俺の足下で悶え苦しむ剣人の悲鳴も、何もかもが斬り裂かれ、そして親衛隊の1人の上半身が、斜めに滑り落ちる。
この老人のどこにそんな力があったのか、そう感じさせるほどの剛剣、背骨ごと両断する綺麗な切り口。
音すら断ち斬る剛剣術、まさしくそれは奥義であった。
そのあまりの一撃に放心していた両隣にいた親衛隊達は、しかし思い出したように銃を構える。
だが、次の瞬間には1人は銃弾で、もう1人は毛利さんの捕縛術で無力化されていた。
俺達は剣人から離れ、急ぎ親衛隊達の武器を回収する。
「田園さん、怪我したんですか!」
暗闇から走り寄ってきたのは明智夫妻の旦那さんの方だ。
なるほど、親衛隊の1人を銃撃したのはこの人か。
「えぇ、大丈夫です。
それよりも、よくこの状況で当てられますね。」
明智氏は照れながら“少しだけ、RATSにいましたんで”と教えてくれた。
一瞬何の事だか解らなかったが、すぐに“埼玉県警の特殊部隊じゃねぇか”と気付き驚く。
温厚そうな人だが、人は見た目に寄らないとはまさにこう言う事なのだろう。
少しだけ呆然としてしまったが、感染者達の呻き声で現実に戻る。
「奴等が来ます。とりあえず移動しながらで。」
「腰が痛いのぅ、毛利さんおぶってやくれぬか?」
明智氏に目配せをし、エロ爺のセクハラ行為を阻止する。
毛利さんが捕縛した親衛隊を立ち上がらせようとしたが、隙を突いてソイツは逃げ出していた。
明智氏が目で“撃ちますか?”と聞いてきたので、首を振る。
それよりも今は、近付いてきている感染者達から離れないとだ。
「たっ、助けてくれぇ!」
両足を負傷し、這いながらこちらに近付こうと進む剣人君を、チラと見る。
「あれらはお前等の教義で言うところの、地に還る魂、なんだろう?
良かったな、お前も仲間になれるぞ。」
絶叫を背に受けながら、俺達は走り出す。
森エリア側にたどり着き、東所君が同じように隔壁を開ける。
「このまま進むと、さっき逃げた親衛隊か、亜久徒に出くわしたり待ち伏せされていたりする可能性がある。
抜け道使っていきましょう。」
森エリアの3階にあるゲームセンター、現在改装中のそこの天井裏から、2階の奥にあるエステサロンのバックヤードに繫がっている道があるらしい。
そのバックヤードこそが阿久徒の妾を監禁している場所であり、そこに小百合ちゃんがいる可能性が高いとのことだ。
俺と東所君だけでいこうとしたが、3人とも着いてくるらしい。
5人という大所帯になったが、それでも音を殺して天井裏を伝い、エステサロンのバックヤードまでたどり着く。
換気口の鉄格子から下を見ると、半裸の女性達が部屋の隅で震えている様子と、先程逃げた親衛隊の生き残りが見えた。
「お、お前等!静かにしてろよ!助けが来るなんて思っているんじゃねぇぞ!」
先程とは違う銃を手に取り、女性達を威嚇している。
多分ここは妾の下位“世話係”と呼ばれている女性達が押し込められている場所なのだろう。
怯える女性達の中に、小百合ちゃんもいるのがチラと見えた。
「何なんだよ……、阿久徒様もどこか行っちまうし、どうしたら良いんだよ、クソッ!」
いないことを教えてくれてありがとよ。
俺ははめ込まれている格子をそっと外すと、下でウロついている親衛隊に向けて落下する。
さぁ落下する俺という質量を乗せた肘打ちだ。
ダメージロールを振りやがれ。
全体重を乗せて肘打ちをかけると、“ゴキン!”と物凄い音がして、そのまま親衛隊の男は膝から崩れ落ちる。
変形した頭頂部と、顔の穴という穴から血を流し始めたのを見て、一撃で仕留めたことを確認する。
痕は天井から皆を呼び寄せ、女性達の様子を見る。
始めは怯えていたが、明智氏と毛利さんが制服姿だったことが幸いしたらしい。
毛利さんが“救助に来ました”と声をかけると、女性達の多くは泣き出しながら毛利さんに縋っていた。
泣き止むまで少しかかりそうだ。
一方、小百合ちゃんの様子が気になった俺は女性達を見渡すと、シーツを被った小百合ちゃんがいた。
東所君も、声をかけられずにオロオロしている。
「おい、大丈夫か?」
声をかけ、手を伸ばそうとすると、シーツを被った小百合ちゃんがビクリと体を震わせる。
「……すいません、見ないで、頂けますか。」
被ったシーツから見えた顔は、傷だらけだった。
目の近く、それと口元にハッキリとした青痣。
芯から怯えた目。
……彼女に何があったかを、理解してしまった。
「……すまない。」
伸ばしかけた手を引っ込める。
俺は皆に声をかけ、男は部屋から出て警戒にあたる。
ここは森エリアの丁度中間地点、足の速い感染者ならもう現れだしてもおかしくは無い。
東所君は、何か言いたげにこちらを見ている。
俺はその目を見返し、一言だけ告げる。
「お前が決めろ。」
東所君は俺を見るのを止め、何かの覚悟を決めたように、真っ直ぐに前を向く。
俺の想いは伝わってくれたようだ。
数分後、扉が開き、毛利さんが出てくる。
女性達の準備が出来たようだ。
先頭を明智氏と歩割爺さん、その後を女性達と毛利さん、後衛に俺と東所君という布陣で、水をモチーフにした広場にあるエスカレーターを目指す。
そこから下に下りてレストランエリアを抜けて、自動車販売のエリアに向かうルートだ。
出発する際に、毛利さんが俺に声をかけてきた。
「田園さんすいません、小百合ちゃんから、これをあなたに渡して欲しいと。
彼等が車に積んでいた荷物を持ち出すときに、田園さんのリュックからこれが落ちてきたらしく、“綺麗な模様が描かれていて、大事な物かも知れないから”と、見つからないように隠して持っていたらしいです。
……それと、“さっきはごめんなさい”、だそうです。」
金属板の中心には盾のモチーフのエンブレム。
そのエンブレムの中には、無数の歯車が噛み合う様に彫り込まれている。
受け取った金属板は、マキーナだった。




