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異世界殺し  作者: Tetsuさん
夜明けの光
146/832

145:パレード

農耕班と東所君のご両親には松阪君が同行し、先に行動を開始する。

文明の灯が消えた現状、月が出ていれば別だが、そうでない場合夜は本当に真っ暗となる。

そんな宵闇に乗じて、松阪君たち先行班が先に風と森の連結通路の上を忍び足で進む。

目指すは森エリアにある自動車販売エリア、そこのまだ生きている車を奪取しつつ、乗り切れない人間は例の護送車に乗り込ませて逃げる、というスピード勝負の作戦だ。


農耕班の中には元々そこの作業をしていた人もいるらしく、定期的にメンテナンスにも駆り出されていたとは、何とも至れり尽くせりだ。


東所君はご両親と共に先行班に行ってほしかったのだが、本人の希望で俺と一緒に陽動班として動きたいらしい。

俺の目が心配なのと、小百合ちゃんを助け出したいらしい。

“本音が逆だぜ”と皆でからかうと、顔を真っ赤にして怒っていたが、否定はしなかった。

東所君のお母さんからは“大きくなって”と驚かれていたし、お父さんは“しっかりやりなさい”と後押ししていた。

……中々、度量の大きな家族だな。


先行班が出発してから、近くの時計で30分くらいたっただろうか。

手に手榴弾を持ち、風エリアと森エリアを繋ぐ連結路に一番近いエレベーター前のバリケードでたたずむ。


「そういや、君との二人旅は久々だな。」


「フフ、そう言えばそうですね。」


2人とも、何となく笑う。

この1か月だったか、色々あった。

久々に、東所君が俺をまっすぐ見つめる。


「自分がどうしたいのか、まだ答えは出ません。

ただ、今は小百合ちゃんを助けたい。

迷惑なことを言っていると思いますが、助けて下さい。」


本当に、これくらいの子は急速に成長する。

少年から、男の面構えになってやがる。

なら、人生の先輩として言っておいてやるか。


「東所君、そいつは違う。」


東所君の頭に“?”マークが浮かんでいる。

俺はそれを見て笑う。


「惚れた女のために命を賭ける、男が事を成そうとする時に、これ以上の理由は無い。」


瞬間湯沸かし器のように真っ赤になる東所君を見ながら、手榴弾のピンに指をかける。


「連絡通路の隔壁、アレを開ける。

君のお父さんの情報によれば、夜の風エリア側の隔壁にいるのは親衛隊一人だ。

ソイツが様子を見に来たところを叩く。

……行くぜ。」


「僕は最初の相棒ですよ!任せて下さい。」


お互いに笑顔でサムズアップ。

東所君は風エリアを封じる防火壁の、扉が開いたときに死角になる位置で待機する。

俺も極力連絡通路に近寄るように位置し、ピンを抜くと手榴弾を“今朝方一部を破壊していた”バリケードがあるエスカレーターに向かって投げる。


「さぁ、亜久徒、お前の名の下に“恐怖のパレード”がやって来るぞ。」


キッチリ5秒後に爆発が起こり、バリケードを粉砕する。

元から俺の騒ぎで、特殊感染者がこちら側に仲間を呼び集めていた。

風エリア1階にいる殆どの感染者が連絡通路側に寄っている中で、道が開き音がした。

後はもう、想像通りだ。

音に釣られ、後ろに押され、後から後から感染者が2階の連絡通路側に向かってくる。

それを確認し、全力で連絡通路の境界、防火用の隔壁にある出入用扉に向かう。

鍵でもしてあったのか、ガチャガチャと喧しい音を立てながら扉を開けようとしている。


「労働者ども!一体何をしグッ……」


大声を上げながら、右手に拳銃を握りながら左手で扉を開け放ったところで、後ろから東所君が角材で頭を殴られる。


「クッソ……このガキ!」


東所君の背丈と腕力では、当たりが弱かったようだ。

ただ、東所君に銃を向ける前に俺が間に合う。

走ってきた勢いを乗せ、右肘でフックを打つように半円を描き、頭と首のつけ根、可動域の都合上骨が覆われておらず、脳へ直接打撃を与えられる位置に肘を叩き込み、一撃で沈黙させる。


「ふう、危ねぇ危ねぇ。頼むぜ相棒。」


軽口を叩きながら、男から銃と予備の弾を回収する。

東所君にお願いし、隔壁を上げて貰う。


「やれやれ、普通のゾンビモノなら隔壁を下ろして回るモンなんだがなぁ。」


スライドを軽く引き、薬室(チェンバー)に弾丸があることを確認する。


屈んで通れるくらいに隔壁が上がったところで、連絡通路に入る。

抜け道を通るにも、まずは森エリアまで行かなければ。

そう思って走り出し、丁度連絡通路の中央まで来たときに、奴が待っているのが見えた。


「よう、待ちくたびれたぜ。」


ミリタリーテイストのズボンに、筋肉を誇示するようなタンクトップのシャツ。

ギリギリ細マッチョの剣人君だ。

後ろには、残りの親衛隊2人も居る。


「そうやって口開けて待っているだけだと、状況は悪くなる一方だぜ?」


軽口を叩きながら、持っていたハンドガンを東所君に渡す。


「フフ、オマエ等も手を出すなよ。

格闘家なんざ雑魚だって事を教えてやるからよ。」


剣人は隣の親衛隊から木鞘に収まっている短刀を受け取り、俺に放り投げる。


「右目が大変なことになってるからな。

せめてものハンデだ、使えよ。」


言われるがまま、足下に転がってきた短刀を拾う。

握りも鞘も白木で出来た、映画などで見るいわゆるドスってヤツだ。


「フッ!」


四の五の言い合う時間が惜しい。

短く息を吐くと、ドスを腰だめに構えて走り出す。

剣人君は余裕の表情で迎え撃つ。


「格闘やってるヤツはな、刃物握ると素人に……痛てぇ!!」


至近距離で突撃を止め、突き出された右のテレフォンパンチを下からの凪払いで斬りつけながらいなす。

丁度右手首辺りを斬り裂いてやった。


「こなくそ!」


斬られた右手を庇いながら、左足で直蹴り。

動作が大きすぎだ、余裕で見えてる。


右手の短刀を順手持ちから逆手持ちに変え、刃を下腕部にそわせると、上から下への打ち落とし。

蹴ってきた左足の脛に、刃を食い込ませる。


「あぁぁ!!何故!!」


剣人君は転がりながら距離を離すと、膝立ちになりながら怒りをあらわにする。


「……いや、お前、見識が狭いな。」


まぁ確かに、コイツの前では殆ど蹴り技しか使ってない。

俺が意識を失っている間に東所君から“格闘の達人”と聞かされていたんだろうが、足技主体の格闘技をやっていると勘違いしたんだろうか?

ただ、それにしても対策がお粗末過ぎて呆れる。


「お前さ、大方“格闘技やってるヤツは刃物を握ったことが無いから、刃物を持たせるとそれに意識が集中して、素人同然の動きになる”とか、信じてるタイプか?」


そんなわけは無い。

どの武道、武術にも、“武器格闘”は実は存在する。

ただ、スポーツとして格闘技をやる人の場合、そう言った武器格闘は練習量が低いだけだ。

だから傍目には、素人に近く見えるのだ。


だが、武を目指した人間の場合、それは無い。

“相手が武器を持っていたらどう振るうか”は、必須条件だ。

銃は刃物より強い、刃物は素手より強い。

素手の格闘技術は、“一番最低の状況に追い込まれた弱者が、それでも強者に対抗する為の技術”なのだ。


「クソォォォ!!」


血だらけの右手で、それでも筋肉に物を言わせて殴りかかってくる。

コイツにしては良い判断だ。

刃物は所詮“斬る物”。

質量を押し返す力は無い。


「シッ!」


短く息を吐き、逆手に短刀を持った右手の甲をそわせ、重心を左に移動させながら剣人の拳を右側へ受け流す。


全力を受け流された剣人は、前のめりにつんのめる。

俺は右足を持ち上げると、剣人の右膝裏に足刀を突き落とす。

俺の足刀と地面に挟まれた剣人の右膝は、人体から鳴りようのない音を立てて砕けた。


「“膝砕き”ってな。

……オメェ、もう生き残れてもまともにゃ歩けねぇよ。」


痛みからくる剣人の絶叫が、連絡通路に響き渡る。

その声は、確実にヤツ等にも届いていた。

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