144:逆光
スーツ姿で砂浜に立っていた。
前を見れば青い空に青い海。
僅かに浮かぶ白い雲と、寄せては返す白波が美しいコントラストを描いていた。
足下を見れば砂浜にぽつぽつと植物が生えている。
振り返ればまばらに生えている草と木があるが、日本では見かけないタイプの種類だった。
(ここは一体……?また別世界に転移しちまったのかな?)
試しにマキーナを呼んでみるが、反応は無い。
やれやれ、また変身を封じられた世界か。
誰か居ないかと、海岸沿いを当てもなく歩く。
スーツ姿で砂浜を歩く姿は、きっと相当シュールだろう。
少し歩いた先に、ログハウスの様な小さな木製の建物が見えた。
(何か、見たことあるような風景なんだよなぁ。)
近付いてみると、小さな木製の建物の前に、同じく木製の東屋がある。
東屋の下には同じ色のテーブルと椅子が何脚か置いてあり、その内の1つに白いワンピースを着た女性が座って本を読んでいた。
顔を見たかったが、ワンピースと同じ色のツバ広の帽子、確かサングローブだったか、を目深に被っており、その顔を見ることは出来なかった。
「そちらの椅子に。飲み物はアイスコーヒーでいいですね?」
近付いて声をかけようとした瞬間、いきなりそう声をかけられる。
俺が誰かを聞くこと無く、まるでここに来ることが当然のような態度で、有無を言わせぬ迫力があった。
「貴方は、もう休みたいと思いませんか?」
椅子に座ると、気付けば目の前によく冷えてそうなアイスコーヒーが置かれている。
けっ、決して超スピードやトリックのようなまやかしのような、そんなチャチなものじゃねぇ!もっと恐ろし……いや、今はそんな時じゃない。
アイスコーヒーを1口飲み、問われた言葉を思案する。
「……死んだ親父はさ、酒を飲むと家族に暴力を振るう、あまり褒められた人間じゃなかったんだ。」
空を見る。
何処までも青く、澄んだ空だ。
「でも、酒を飲んでないときは、厳しいけれど優しい親父だった。
ある時さ、素面の親父が、きっと生活が苦しかったんだろうな。
俺を見て、こう言ったんだ。
“勢大、男ってのは、一生戦い続けるものなんだ”ってな。」
「それで?」
女性は、本から目を離さず、しかし全くページをめくらずに続きを促す。
「言葉通りさ。
きっと男ってのは、自分のため、誰かのため、家族のため。
……どんな理由であれ、何かのために死ぬまで戦い続けるモンなんだろう。
ならば俺も、そうであり続けるだろうさ。
……いや、今は男女平等の時代だからな。
もしかしたら人間は皆、死ぬまで戦い続けるモンなのかもな。」
「救われませんね。」
ため息にも似た言葉を吐き出しながら、女性は本を閉じる。
いつの間にか彼女の前に置かれていたティーポットを持ち上げると、ティーカップに紅茶を注ぐ。
「貴方は、そんな世界にいる人々を、救いたいと思いませんか?
……全知全能の神となり、人々を苦痛から救済する。
そう、夢見たことはありませんか?」
ティーカップに注がれる琥珀色の液体を見ながら、思わず苦笑する。
「夢見るだけならな。」
「なら、それを実現しようとは思わないのですか?」
女性は感情を込めず、こちらを見ること無く、そう告げる。
その言葉に、苦笑を通り越して笑ってしまう。
女性は、“何故笑っているのかわからない”という風に、首をかしげる。
「いやすまん。
……俺みたいないい歳こいたオッサンは、自分が出来る限界を知っちまってるからな。
どこまで行っても、所詮人は人さ。
人が神になんてなれる訳が無いだろう。
全知全能の力を持った人がいたとして、それは神では無く、過ぎた力を持った人間でしかないんだよ。」
「そう、ですか。それが貴方のあり方なんですね。」
俺はアイスコーヒーを飲み干すと、静かにグラスを置く。
気持ちが落ち着く。
最近色々あったからな。
こういう時間も、きっと必要だったんだろう。
でも、もう行かなければ。
「そうさ。だからマキーナ、俺がまだ生きているなら、悪いが俺を起こしちゃくれねぇか?」
女性はティーカップをソーサーの上に置くと、右手の人差し指を立てる。
その先端に、光が集まっていく。
<MACHINE SYSTEM FULLDRIVE>
「では、またあちらで、勢大。」
「あぁ、またあっちでな、相棒。」
光に飲まれ、目が眩む。
目がくらんだ拍子によろけ、倒れた衝撃で意識を取り戻す。
戻った意識の中、目を開けているはずなのだが、右目が見えない。
開かない右目の辺りから、何か生暖かい液体が出続けていて気持ち悪い。
改めて自分の状況を思い出す。
そうか、親衛隊とやらに撃たれたのか。
起き上がろうにも、脳が揺れて足に力が入らない。
弾丸が通り抜けた衝撃波かも知れん。
これは、少し休まないと動けそうに無い。
「殺してしまったかと思ったが、存外にしぶとい。
まぁ、剣人様に怒られずに済んだと思えば良いか。」
東所君が駆け寄ってくる。
松阪君は仇を討とうとして、何人かに羽交い締めにされてリンチにされていた。
「よし、そこまでだ。警備班の半数は私と来い。
今日の深夜にコイツらの仲間の拠点を襲撃するぞ。
半数は入れ違ったときのため、念のために風エリアの周りに出て警戒だ。」
親衛隊の男は、残った労働者層に銃口を向ける。
「いいか、おかしな事は考えないことだ。
そこの新入り達のようになりたくなかったらな。」
管理者も、警備班の人間も皆ゾロゾロと出ていく。
俺達だけが残されて、非常灯を除き電気が落とされる。
「オイ、そっちの兄ちゃん誰か手当てしてやれ。」
「アンタ、確か医者だったろう?この人見てもらえないか?」
「馬鹿言うな!俺は医者は医者でも、歯医者だっての!」
奴らが出ていくと、農耕班の人達が慌てて俺と松阪君の治療を始める。
「うわ、右目の前と眼孔の骨が削れてる……、けど、そこまでだな。
アンタ、上手いこと躱したんだなぁ。」
元歯医者さんが診察してくれているが、結局の所専門外過ぎるため、傷口を消毒し、ガーゼと包帯を巻くくらいしかやりようが無さそうだ。
「奴らからくすねた痛み止めと抗生物質があったわよ!これ飲みなさい。」
東所君のお母さんが薬を渡してくれる。
奴らが去った後くらいから、右目の辺りに加熱された火かき棒を押し当てられたかのように焼ける痛みがあった。
奴らがいなくなったことで、本能的に安心してしまったのだろう。
激痛で身動きが取れないほどだったから、これはありがたかった。
マキーナがあれば多少は回復機能が働いたと思うんだが、無いものを悔やんでも仕方が無い。
治療というか応急処置というか、そんな事が終わり、奴らもいないからと皆が俺の周りに集まる。
「田園さん、日中東所さんから聞いたが、本当にここを抜け出すつもりなのか?」
農耕班労働者の代表と思われる男が、俺にそう問いかけてきたので、“そのつもりです”と、何でも無いように返す。
「でもタゾッさん、その体じゃ今は無理ですって。
せめて1日2日休んで、それこそ歩割の爺さん達を待った方が良くないッスか?」
「あぁ、悪いな、あの通信は全て嘘だ。
出る直前に決めておいたんだ。
“始めに阿笠さんの名前を出したら、状況に関しては全て逆の意味”で、“始めに歩割さんの名前出したら全てそのままの意味”ってな。
だから、歩割の爺さん達が来るのは明後日でも無ければ明日の朝でも無い。
今日の深夜なんだよ。」
松阪君が唖然とする。
「え?じゃあピノキオは?俺猫好きだから楽しみにしてたんですけど!」
「悪いな、双子のピノキオは東所君と小百合ちゃんの事だ。
因みに君の事を指す場合は、アラジンと言う予定だった。」
あの時俺は、“ここは危険、こちらの状況も危険、そちらも襲われる可能性あり、すぐに動く必要あり、こちらは風エリアに囚われているが、合流は森エリアにて”と状況を伝えていた。
また、人員に関しては“小百合ちゃんが行方不明”と、連絡していた。
最悪、なにがしかの方法で場を荒らす予定だった。
今回、東所君のお父さんの情報がかなり役に立つ。
また、農耕班の面々の力を借りられたことも大きい。
状況、タイミング、それに俺達の体力。
囚われている時間が長ければ、体力も精神力も削られる。
やるなら、今しか無いのだ。




