143:深い森
東所君のお父さんが引き継ぎを兼ねて農耕班労働者のリーダーらしき男性に話しかけている間に、俺は肥料を決められた格納場所に置きに行く。
格納場所も悪臭が酷いが、やはり虫1つ寄ってきていない。
やはりマキーナの情報にあった、“隣の大陸で作られたウイルス農薬がベース”と言う話は本当なのだろう。
害虫を寄せ付けず、土壌を豊かにし、作物の成長を早める。
……人間が“生ける屍”化さえしなければ、理想的な農薬兼肥料だったのだろう。
何とも、上手く行かない話だ。
「臭いんだよ!肥料を置いたら早く戻れ!」
先のドタバタを見ていたのか、管理者は俺に警戒心を剥き出しにしており、持っていた竹の棒で俺を打ち付ける。
打ち付けられた竹に合わせて、両腕を交差させるように体の側面に突き出し、十字の受けを取る。
十字受けから巻き込むように竹を押さえ、ホールドする。
「この間合い、俺の足は届くぞ?」
試しに右足で猫足立ちになり、“ジリッ”という砂の音を立てると、管理者の男は“ヒッ”と悲鳴を漏らし、竹の棒から手を離す。
自由になった竹の棒を頭上で旋回させ、肥料の入った大型のバケツに突き立てる。
「た、田園さん、戻りますよ!」
東所君のお父さんが慌てたようにそう怒鳴ったので、管理者の男性に笑顔で別れを告げ、そちらに歩き出す。
背中で何やら怒りの声が上がったが、勢大ちゃんは鈍感系主人公よろしく、聞こえないふりをしてクールに去るぜ。
「め、目をひいて欲しいとお願いしましたが、や、やり過ぎですよ。」
上目遣いで静かに怒るその姿を見て、何だか東所君を思い出す。
“あぁ、親子なんだなぁ”と、妙なところで実感しながらも、それには答えず“首尾は?”と確認する。
「の、農耕班の皆からは承諾が取れました。
で、でも、かなり危険じゃないですかね?」
危険は承知の上だ。
それでも、今やらなきゃチャンスは失われる。
もっと最悪のやり方になるだろう。
「問題ないです。それよりも、戻ったらお願いしますね。」
東所君のお父さんは、それでも心配そうにこちらを見る。
その表情や仕草、そんなところも何となく東所君に似ていて、思わず笑顔になる。
「あ、あなたは、強い人なんですね。
私なんか、とてもとても……。」
そんな俺を見て、東所君のお父さんが俯きながらそうポツリと呟く。
「私は勝手なだけです。
家庭を守ろうと必死に戦うあなたの方が、私にはとても強く、大きな存在に見えます。」
それは俺の、掛け値無しの本心だった。
東所君のお父さんは驚いた表情を少しした後“そう……、ですかね。”と言い、また俯きながら俺の後を着いてくる。
夕日を受けて、影が音も無く俺達を動きを追随していた。
また風エリアの精肉場に戻りビニール合羽やゴーグル等を戻すと、2階の居住エリアに戻る。
途中、トイレに寄らせて貰うと、その隙に東所君のお父さんは警備班の管理者に呼ばれて連れられて行った。
トイレから出て、東所君のお父さんが居ないことを不思議に思いながら待つフリをする。
ついでに体を動かすフリをしながら、監視カメラの死角に移動し、すぐさま音を殺しながら東所君のお父さんの後を追う。
「では、アイツらはここからの脱出を目論んでやがると、そう言うことか?」
「は、はい、明後日の、ヤツらの仲間が来るときに騒ぎを起こして、その隙に煙を立てるらしいです。
その煙が上がれば緊急事態と解るらしいので、その合図を上らせなければ……。」
静かにその場を離れ、運動しているフリをしながら元の場所、監視カメラに映る位置まで戻る。
東所君のお父さんは、事前に打合せた通りに報告したようだ。
ここまでは想定通りに進んでいる。
東所君のお父さんが青い顔で戻り、事前に打ち合わせた通り“いやぁ、友人に声をかけられたもので”とゴニョゴニョ言い訳して貰う。
俺も気付かないフリをしながら“あ、そうなんですか”と適当に相づちを打ち、労働者層の食堂代わりになっている3階のレストランに移動する。
この辺りは、防犯カメラの死角を補うように盗聴器が仕掛けられているという話だ。
今、奴等に変に勘ぐられるわけにはいかない。
幸いな事に、松阪君や東所君は無事だった。
仕掛けてくるとしたら俺が離れた瞬間だと思っていたが、杞憂だったようだ。
俺がいない間の事を確認しても、2階にある大部屋の、俺達に割り当てられた寝床を案内された位らしい。
ただ、それを見てニヤニヤしている警備班の労働者達が何人かいたくらいで、後は気になることは特段何も無かったようだ。
一安心したところでまた食事が支給されるが、俺達は一番最後、また蒸かし芋しか残っていない状態だが、別に文句も言わずに受け取り、食事する。
後は大部屋に移動となり、自由時間が2~3時間あって、その後消灯となる。
この大型商業施設も巨大なソーラーパネルが設置されており、自前で電力を賄えるのがウリの1つだったが、やはり無尽蔵には使えないのだろう。
電気の使用は最小限に抑えられていた。
食事も終わり自由時間になり、風呂でも入っておこうかと考えた矢先、あのオッサンではない、別の管理者のリーダー格らしき男が親衛隊と共に俺達労働者層がいる大部屋に入ってきた。
「新入りも入ってきたことであるし、これより荷物検査を行う!」
東所君のお父さんから受け取った手榴弾がある以上、身体検査されたら不味いなど思っていたが、どうやらそうでは無いらしい。
俺達の寝床代わりのせんべい布団を調べ始めると、何やら騒ぎ出した。
「貴様、この発煙筒はどこから盗んできた物だ!」
俺に割り当てられた寝床を調べると、布団の下から発煙筒が出て来た。
おお、どこかで辻褄合わせのために探そうと思っていたが、わざわざ用意してくれたか。
「いや、知らんね。
俺は今初めてここに来たんだ。そこが俺の寝床だと言うことも、今聞いたところだが?」
発煙筒を俺に突きつけてきた男は、“ぐぬぬ”と、まさしく漫画のような歯がみをする。
いやいや、そんなあっさり論破されてどうするよ。
もっと何かこう、良い感じの屁理屈こねろよ。
「なるほど、では貴様はこれに見覚えが無いと。
そう言うことだな?」
手にハンドガンを持っている、周りより身なりの良い男がこちらに来る。
あぁ、確かコイツも無線機の時に銃構えていたな、と、思い出す。
「フム、教祖様からも貴様は何を考えているか解らんから、十分に警戒しろと厳命を受けている。」
手に持つ銃のスライドを引き、薬室に弾を装填する。
トカレフかと思ったが、ありゃ自衛隊が昔採用していた、ミネベア社のP9じゃねぇか。
何であんな物がここにあるんだ?
「教祖様も剣人様も、お前をどうにかしようとしているようだが、俺は違う。
朝の1件でも感じていたが、お前自身に何かしても効果は薄いと俺は思う。」
持ち上がった銃口は、しかし俺では無く東所君に向かう。
「お前自身の苦痛には耐えられても、仲間の死には耐えられるかな。」
“マズい!”と感じて体が動く。
あの目は確実に引き金を引く目だ。
俺の右側にいる東所君まで3歩。
加速しているわけでもないのに重くなった空気の中、左足で地を蹴り、右足を1歩踏み出す。
ヤツの歪む笑顔を見ながら、左足で2歩目。
3歩目の右足が地面に着くと同時に、右腕で東所君を突き飛ばす。
視線をヤツに動かすと、その歪んだ笑顔と銃口は、俺を向いていた。
「しまっ……。」
野郎、これが狙いか。
全神経、全筋肉を総動員し、東所君を突き飛ばした反動も利用して左へ動く。
銃口が僅かに追随し、マズルフラッシュが光る。
自分の右目に向かう弾丸がハッキリ見えた。
何とか顔を逸らそうとしたが、そこで俺の意識は途切れた。




