142:最後のSTARDUST
一騒動あったが、俺達も午後の作業に狩り出されていた。
どうやら作業は3班に分かれているらしく、湖近くの畑を耕す農耕班、エスカレーターを上ろうとする感染者を棒で突き落とす警備班、回収した感染者を解体し、肥料としてミンチにする解体班らしい。
俺達は解体作業に回されるらしい。
畑に向かうの労働者が俺の無事と暴れっぷりを褒め、そして解体作業に回される事を気の毒がっていた。
また、警備班の労働者は忌々しそうにこちらを眺め、会話すること無く警備に向かっていった。
「何だか、それぞれの班で違いがありますね。」
ビニール合羽を着込み、マスクとゴーグルを着用してはしごを伝い1階へ。
はしごを下りた先にあるのは、感染者が闊歩するフロアではなく、バリケード等でしっかり隔離された、元々バックヤードにあった精肉場らしい。
はしごを下りると休憩室らしき小部屋があり、窓ガラスから見えるその先が作業場だ。
多分ずっとここが作業場なのだろう。
入った瞬間からマスク越しでもわかるほどの悪臭漂うその場所で、感染者だったモノを解体していく。
首を落として活動を停止させ、その後は骨と肉に切り分けるのだ。
俺は過去の世界で、動物の解体もしていた。
ただ、人間の解体は流石に俺でもキツイ。
松阪君も青を通り越して白い顔をしていたし、東所君は既に何度か吐いていた。
ただ、東所夫妻は慣れているのか、青い顔をしてはいたが吐くまでではなかった。
目の前の物体に意識を集中させないためにも、俺は夫妻にそう質問を投げかけていた。
「まぁね、労働者の中でも、また階級があるのよ。」
奥さんがざっと説明してくれた話によるとこの新世界教、頂点に教祖がいて、下に幹部として大管理者が3人いる。
その内の1人は、先程贄に指名されたオッサンらしい。
そして大管理者の下に管理者がそれぞれ2~3人おり、その下に上級労働者、下級労働者と続くらしい。
上級労働者は感染者が居住エリアに上がってこないように警備と、生存者が近付いてきた場合の対応や、場合によっては襲撃も行うらしい。
農耕は下級労働者の仕事で、この解体作業は上に盾突いた人間への、ある意味で見せしめ的なモノらしい。
「じゃあ、あの剣人とかは?」
親衛隊と妾は教祖直属で、親衛隊は対応または襲撃の時に教祖の代理として指揮したり、この中での警察的な役割を果たしているらしい。
まぁ、妾に関しては詳しく聞くまでも無かったのだが、一応聞かせてくれたこととしては、妾にも上位下位があるらしく、下位は世話係とも言われ、親衛隊の相手をさせられるとか、だ、そうだ。
「う~ん、まぁ想像してたけど、ある意味で想像通りの最低さだなぁ。」
「そういや思い出したんスけど、亜久徒 誠って、あの亜久徒グループの御曹司か何かッスよね。」
まだ慣れてはいないのか、青い顔をしながら捌いた肉をミンチ機にかけている松阪君がふと思い出したように呟く。
こちらの世界の大企業だったのだろうか?
俺にはあまり馴染みのない企業名だったが、聞けば鉛筆から戦艦の主砲まで取り扱う、超巨大企業グループらしい。
やはり俺の世界には無い、この世界独自の企業なのだろう。
ただ、そこの御曹司はあまり良い噂を聞かないとのことだ。
学生時代に彼の友人が麻薬の所持で捕まり、発生源を警察が調べていたが彼に行き着いて捜査が中止されただの、彼所有のスポーツカーが若い夫婦を轢き殺したが出頭してきたのは父親の秘書だった等、聞けば聞くほど真っ黒に近い灰色、と言う人物だ。
流石東所君の奥さん、おばさん特有の井戸端会議で、こういったゴシップの収集には余念が無い。
「い、一応、関与を疑われてはいても、さ、最後まで関与していたかはわかっていないし、あの若さでNPO法人を立ち上げたりと慈善事業をやっていたりするから、一側面だけで人を語っちゃいけないよ……。」
東所君のお父さんが補足してくれる。
何でも無いことのように言うが、偏見の目を持たずフラットな見方が出来る人は稀だ。
こんな状態でなければ、きっと格好いいお父さんであり続けただろう。
いや、奥さんに尻に敷かれているから、やっぱりどこかで格好いいお父さんじゃなくなっているかな?
「オイお前等、ミンチが終わったらそれを畑に運べ!」
頃合いを見て管理者が精肉場の扉をあけ、それだけ言うとまた出ていく。
まぁ、この臭いだ。
ここには居たくないのだろう。
最初は俺と松阪君で運ぼうとしたが、俺達だけでは畑への道順を知らないため、東所君のお父さんと一緒に運ぶことにする。
最初は俺の疲労を心配した松阪君が運ぶと言っていたが、丁度良い機会なので俺がそのまま東所君のお父さんに着いていくことにした。
「タゾッさん、マジで大丈夫ッスか?起きてからずっとハードなことしてますけど……?」
「気にすんな。それよりも東所君を守ってくれよ。
この瞬間が1番危険だ。」
俺の暴力性は先程の1件で知れ渡っている。
だから俺に手を出そうと思う奴はいないが、俺が場を離れれば別だ。
ここの警備班の労働者も、実質的に奴等側だ。
何をされるか解ったもんじゃない。
「任せて下さいッスよ。三尺の野郎とお母さんくらい、俺でも守って見せますって!」
その笑顔に救われる。
“おう、任せたぞ”と拳を合わせ、悪臭漂うミンチの籠を背負うと、東所君のお父さんに案内に任せて後を追う。
はしごを登り2階へ、更に1度バックヤード側の階段を上り3階に移動し、1度外へ出て2階にある連結部分の屋根を歩き、森エリア側に移動する。
そこから一階にまで下り、ようやく畑にたどり着く道順らしい。
最初は連結通路を通っていたらしいが、悪臭が酷いので大回りだが外を歩かされるようになったとのことだ。
「……さ、さて、この運搬業は管理者も同行しないです。
……な、何か聞きたいことがあるんじゃ無いですか?」
“何故そう思ったか?”と試しに問うてみたが、彼は目線を合わせてはくれなかったが“あの若い人に任せず、あなたが無理をしてでもこれを引き受けたからです……。”と、尻すぼみになりながらも答えてくれた。
よく見ている。
コミュニケーションは苦手だが、親に、トモダチに、上司に怒られないように生きてきた、だから、あれこれ見ながら推測したり、周りの顔色を窺うのは得意なんです、と、彼は自嘲気味に呟いたが、今この瞬間においては、彼のような人が1番有用だろう。
俺は、急ぎ聞きたいことを話す。
そして、これからの計画も話した。
小百合ちゃんが監禁されて居るであろう場所、これから来る仲間のこと、1階にいた特殊感染者と騒動の方法、その際に移動して欲しい位置。
彼は聞きながら、俺の案の改良点を即座に考え出す。
ついでに、これから行く農耕班の皆も助けて欲しいという話や、かつていた仲間から教えて貰った、森エリア内の抜け道等も教えてくれた。
最後に、俺に緑色の握り拳位の塊を渡してくれた。
「三尺から預かりました。
……あ、あなたが渡してくれたモノだと。
あいつ、何かのためにと服に縫い付けてあったようです。話を聞けば、何度か服を取られて取り返してをやったらしいですが、子供の服と言うことでそんなに調べられなかったようですね。
取り返したときにはまだあったと言っていました。
お、お返しします。上手く使って下さい。
……私は、息子をこの環境には置けない。」
彼は、最後の言葉だけは、まっすぐこちらを見ていた。
願いを託されたなら、それは叶えなければ。
俺の手の中には、いつぞやのスナイパーから巻き上げた手榴弾が、その存在感を誇示するように夕日を浴びて鈍く光を反射していた。




