141:MONSTER
「くっちずっさむ、メッロディーが、っとぉ!」
目を見開き、口を尖らせながらニジウラでセブンな雰囲気を出しつつ鼻歌を歌い、感染者の頭を蹴りで砕く。
服は取られたが、靴は取られてなかったのは幸いだ。
この靴も爪先部分に金属板を仕込んである。
囲まれないように細心の注意を払いながら、感染者の人数が薄いところを突破し続ける。
「シッ!」
鋭く息を吐きながら、手を前に突き出して襲ってくる感染者の右腕を掴み、斜め下に引きながら落とし、体勢を崩す。
右手の親指と人差し指で丁の字を作り、喉元に人差し指のつけ根を叩きつけるように突き、そのまま後頭部を地面に叩き付ける。
頭を潰した感染者の上を踏み越え、前に飛んで受身を取ると、何とか包囲から脱出出来た。
「まずは危機を脱せたか……。」
外に通じる出入口は封鎖され、殆どのモノが回収されているため、ここが何処だかいまいち解らない。
周囲を見れば、電気が点かなくなって久しいのか、液晶画面が割れている巨大な電光掲示板が見える。
これがあると言うことは、多分ここが光の広場か。
後ろ側にはスーパーも見えるが、やはりここも物資は何も無さそうだ。
じゃあここは、2階が駅の通路になってるところの下らへんか。
てことは、左の方が森エリアに近い方だな。
森エリア方面に向かい駆け出す。
「あっ!コラ!そっちには行くな!」
俺にこの作業を命令した管理者のオッサンが焦り出すのが見えた。
なるほど、教祖様の方に感染者を向かわせたら、何されるかわからないものな。
「なんちゃってガエ・ブルク!!」
俺は振り返りながら、手に持っていた網モドキをそのオッサンに投げつける。
我ながら、投擲の技術も上がっているらしい。
網モドキの柄がオッサンの喉元にキッチリ命中し、苦しみながら倒れるのが見えた。
「備品、返しとくぜ。」
内心はヒヤヒヤしているが、それを表情に出してアイツらを喜ばせるのも癪だ。
余裕の表情でそう言いつつウインクすると、また森エリア方面にまた駆け出す。
真っ直ぐフードコートの中を抜けようと思ったが、フードコートに入るための少し狭くなった通路には感染者がひしめいている。
今は靴以外に防具が着いていないから、極力エンカウントは避けたい。
爪の引っかき、殴ったときに皮膚を歯や骨で傷つけるのも避けたい。
そうなると拳も肘も膝も使うのは躊躇われる。
自然、足技か投げ技位しか使えない。
ただ、投げ技も掴んだ手を掴み返されればやはり爪で傷がつく。
足技は威力があるがどうしても動きに制限が出る。
落ちているモノを使おうと見回しても、本当に全て綺麗に持ち去られていて、椅子の1つも見当たらない。
最早、逃げの一手しか打てない。
「クソッ!デッドでライジングなあのゲームでも、もっと武器になるモノはいっぱい落ちてたってのに!!」
焦り、愚痴りながらも移動していると、左手に蔦って屋が見えた。
確か中に喫茶店があり、森林の中をイメージしたような複雑な構造だったはずだ。
何でも良いから武器や防具代わりに使えるモノ、或いはもう本の1冊、CDの1枚でもいいから無いかと中に入ったが、日の光が届かない店内の薄暗がりの中で、逆に余計なモノを見つけてしまった。
「……変異体とか、マジかよ。」
頭からカタツムリの様な触覚が何本も生えているソイツを、俺は知っている。
松阪君を助けたあそこだ。
コイツの特性は確か……。
思い出した瞬間、回れ右をして全力で走る。
背後で大きな奇声が聞こえた。
その声を聞いた瞬間、全ての感染者がこちらを向く。
コイツの特性はそう、“なかまをよぶ”だ。
しかも、コイツ自身が少し小走り程度の速さで移動してくる。
案の定、俺の後を奇声を上げながら着いてきているのがわかる。
つまりはその後を、声を聞いた一般感染者がトレインして来ていると言うことだ。
感染者側は体力に限界が無い。
寝ることも食事や水分を取ることも無い。
そう言う存在が、ずっとこちらをマークしてノロノロ歩き以上のスピードで移動された場合、人間側は必ず詰む。
このショッピングモールも広いとは言え、1vs多数の鬼ごっこをするには狭い。
行く手を阻む感染者を跳び蹴り、回し蹴りでなぎ倒しつつ、2階に続くエスカレーターに向かって走る。
上はバリケードが張られているが、側面等を渡って行けば2階には戻れそうだ。
「電源を入れろ!上らせるな!」
全てのエレベーターが下り方向に動き出し、エレベーターにいた感染者達が急な重心変更に耐えられずバタバタと倒れて下で折り重なる。
ただまぁ、普通の人間には上れないことも無い速度だ。
エレベーター下で積み重なる感染者を飛び越え、上に向けて走る。
「こ、この!戻れ!」
あのオッサンとは別の管理者が、上ろうと駆ける俺を突き落とそうと、棒を突き出してくる。
「あ、それ助かるよ!」
突き出された棒を掴み、持ち上げる様にしてこちらに引っ張る。
棒で突いてきた男は、“あっ!?”と言いながら
宙を舞い、エレベーター下まで落ちていき、例の変異体にぶつかっていた。
そのすぐ後にどうなったかは、見るまでも無い。
断末魔の悲鳴を背後に聞きながら、エレベーターの手すりを上り、側面の壁を蹴って何とか2階に戻ることが出来た。
ただ、2階に戻る直前、エスカレーターを塞ぐバリケードの一部を、棒で突き破っておいた。
2階側から見ただけでは、壊れているようには見えないハズだ。
着地した瞬間に、複数の銃口がこちらを見ていた。
「オイオイ、必死の思いで逃げてきたのに、この仕打ちは無いんじゃない?」
「ぎ、貴゛様゛ぁ゛!!」
先程喉に一発食らった管理者のオッサンが、激昂して持っていた網モドキで俺を叩こうと振り上げる。
「何をしているんです!?」
“もう1人くらいならやっても大丈夫か?”と考えながら、振り下ろされるその網モドキを待っていたが、振り下ろされる前に森エリアと風エリアを繋ぐ連結通路から亜久徒が走り寄ってきていた。
これまでの状況を説明しているのか、剣人君が何かを耳打ちしている。
亜久徒は忌々しそうに俺を見た後、管理者のオッサンを怒鳴っていた。
地還しのたまをいくつも失ったこと、管理者の1人が犠牲になったことを、酷く怒っているようだった。
「アナタには次の“贄”になってもらいます。」
そう言い渡すと、管理者のオッサンは膝から崩れ落ち、土下座して許しを乞うていた。
去ろうとする亜久徒の足に縋ろうとしていたが、それは剣人君によって簡単に阻止されていた。
泣き崩れるオッサンを振り返ることも無く、亜久徒は俺に近付いてくる。
「やってくれましたね。」
「いやぁ、落っこちたから、必死に逃げてただけでね。」
さらりと言い返すと、俺に肩をぶつけながら亜久徒は森エリアに戻っていく。
安い挑発だ。
笑って受けてやろう。
剣人がニヤニヤしながら、俺に顔を近付けてくる。
「お前さんの動きは見せて貰った。
木偶の坊か素人じゃなければ、あの蹴りで倒されるヤツなんかいやしねぇぜ?」
「ウドの大木なら、簡単に折れるだろうな。」
同じ表情をしながら煽り返す。
ただ、心の余裕があるのか、“フン”と鼻で笑うと、亜久徒と同じように森エリアに戻っていった。
「お前等、いつまでサボってる!作業に戻れ!」
親衛隊らしき奴等が周囲に怒鳴る。
皆、慌てたように持ち場に戻っていった。




