140:中年ハート
「しかし、ふぉれからどうするんスふぁ。」
松阪君が蒸かしたジャガイモを頬張りながらそう訪ねてくる。
あの後、ギリギリ蒸かし芋を幾つか受け取ることが出来た。
感染者を肥料にした野菜だが、腹が減っては戦ができない。
全員、いや松阪君以外、無理にでも口に入れていた。
前にマキーナを使って情報を集めておいて良かった。
血液に混入しなければ、即座に何かが起きる心配は無い。
蒸かしてあると言うことは、多少は殺菌効果も見込めるだろう。
色々考えて判断した結果、加熱調理された物を食することにした。
まぁ、このジャガイモ以外に選択肢が無かったのも事実だが。
「深夜から明け方近くまでに、何としても全員で森エリアに行くぞ。
……東所君のご両親、本当にここは風エリアで間違いは無いんですね?」
念のために確認をする。
皆、“何故そんなに急ぐのだろう”という顔をしていたが、言えない理由があった。
「え、えぇ、ハイ。そうだと思います……。」
東所君のお父さんは、どことなく線が細く、会話しているときも下を向いていてこちらに目を合わせてくれない。
何だろう?怖がらせているのだろうか?
ただ、お母さんの方は若いがそれなりに横に太いが目に力がある。
昔は相当な美人さんだったかも知れんなと、馬鹿なことを考える。
「アナタ、しっかりしてよ。
間違いないですよ。
あたし達は風エリアに皆押し込められてます。
森エリアは、多分あの教祖と取り巻きがいるくらいですよ。……確か、10人以上はいると思うんですが。」
「……18人だよ。
親衛隊が6人、世話役の女性達が8人、それと教祖と妾3人で、合計18人。」
少し驚く。
東所君のお父さんはそのオドオドとした見た目とは違い、周囲をよく見ているようだ。
「仔細な人数まで、ありがとうございます。
因みになんですが、こちらにお二人のご友人はいらしたりしますか?」
「田園さん、それって……。」
その質問の意図がわかったのか、東所君が声を抑えながらも聞いてきたその言葉を、俺は人差し指を立てて止める。
「東所君、俺はスーパーヒーローじゃない。
ここにいる全ての人間を助けることは出来ない。」
「そ、そうだぞ三尺、お父さん達だって万能じゃないんだ。お、お前を探しに行きたかったが、ここでこうするしか生きていけなかったんだ。」
東所君のお父さんは相変わらずオドオドとしながら、多分これまでの自身にあった後悔だろうか?それに言い訳をするように呟く。
「それにしても困ったね、小百合ちゃんもアイツらに捕まっているんだろう?
今頃何をされているか……。」
東所君のお母さんから、これまでの経緯をざっと聞く。
パンデミックの始めは、皆で協力して感染者を撃退し、立て籠もったらしい。
だが、1ヶ月過ぎる頃には皆助けが来ないことを理解し、自暴自棄になって言ったらしい。
その時、あの亜久徒が教祖を名乗り、皆を救済すると言い出したらしい。
反発もあったが、反発した人間はあの親衛隊が次々と“処理”していったこともあり、皆その内に抵抗することを止めたらしい。
その内食糧問題が起きたが、あの感染者は肥料として使えると亜久徒が言い出し、物資を全て回収し、様々なバリケードを施した後で、風エリアの1階に感染者を集めた。
集め方は簡単で、反発していた人間を生きた餌として使ったらしい。
そして、2ヶ月が過ぎる頃には亜久徒と親衛隊、それと生き残りの中から若い美人の女性を集めて森エリア全体を彼等の住居にし、風エリアの管理者、労働者に別れた、現在の体勢に変わっていたとのことだ。
労働者になった人間と管理者の一部は、ここからの脱出を計画しており、中々チャンスが掴めないまま1ヶ月過ぎた時、俺達が現れたらしい。
時間的な感覚が殆ど無かったが、どうやら今は5月の末か6月始めのようだ。
このパンデミックが起きたのが2月の中頃、俺が東所君と会ったのが4月の終わり位みたいだ。
そこから1ヶ月くらいかけて、ここまでたどり着いたらしい。
こうなる前の世界なら3時間もあればたどり着いた道のりを、1ヶ月もかかった訳か。
ただ、やはりこれも運が良い。
内部の人間は崩壊寸前、脱出計画まで練られている最中に俺達の登場とは。
チラと東所君を見る。
表情を変えないようにしていたが、俺に見られたことで目の奥の怯えが見える。
その表情は喋るよりも雄弁だ。
“本当に自分が望んだのだろうか”
その怯えが見て取れる。
危険な状況、強大な敵、助け出すべきお姫様。
子供の頃に憧れた、ハリウッド映画の様な大冒険の要素。
それら全てが揃ってやがる。
「今晩深夜なら、皆にチャンスを作ることが出来ると思います。
ただ問題は、小百合ちゃんがどこにいるか解らないことですかね。」
「それなら……。」
「そうなんだよ、それがアタシも心配でね。」
東所君のお父さんが何か言いかけていたが、お母さんの言葉で遮られる。
お父さんはまた下を向いて黙ってしまった。
“何か知っているんですか”と聞こうとしたが、丁度休憩の終わりを告げる声が響き、その声で下の階の感染者達が呻き出す。
「よぉし、田園はいるか!?田園勢大!!
お前が今日の“たま拾い”だ!!」
名前を呼ばれたから立ち上がると、周りの労働者達がゲンナリとした表情に変わる。
管理者の何人かは同じ顔をしていたが、他の複数の管理者達は歓声を上げていた。
この建物は2階以降が吹き抜けになっており、中央に寄れば手すり越しに1階が見える様になっている。
それを利用し、至る所に滑車がつけられており、鎖が張り巡らされていた。
それらは1つの、人が一人立って入れるくらいの小さな鉄格子に繫がっている。
“たま拾い”とは、聞けばあの鉄格子の上に乗り、虫取り網から網を取ったような道具で感染者を1体捕まえ、足下の鉄格子に入れる作業をする役割のことを言うようだ。
こうして1体ずつ捕まえ、分解加工をするのだろう。
足場が不安定な鉄格子の上での作業であり、落ちれば感染者に囲まれて仲間入りする事もあるため、大抵は必死の作業になる。
その滑稽な姿は、ある意味で管理者達の娯楽になっているのだろう、だから歓声をあげたのだ。
(まぁ、感染者相手にするのは慣れてるからなぁ)
ギャラリーが望むようなシーンはあまり出来なさそうで、お楽しみ頂けず実に残念だ。
網抜きの虫取り網の様な道具を受け取ると、鉄格子に登り、“オッケー!”と軽い調子で合図を送る。
ガラガラと1階に下りていき、ワザとだろうが、感染者が多そうなエリアに下ろされる。
下におりた瞬間、丁度良い間合いに歩いていた感染者の首に輪を引っかけ、手早く鉄格子の中にいれると、蓋を閉める。
「オイ、終わったぞ。早く引き上げてくれ。」
管理者のリーダー格だろうか。
太めのオッサンがつまらなさそうに鼻を鳴らす。
「チッ……。オイ、上げろ。」
先程と同じ、2階と3階の間まで持ち上がると、横移動を始める。
「おっと、大変だぁ!手が滑ったぁ!!」
横移動をしていた時に、フッと宙に浮かぶ感覚を味わう。
4本の鎖で鉄格子の四方を支えているのだが、その内の2カ所、それぞれ支え役として鎖を掴んでいた労働者が、わざとらしい声と共に手を離していた。
彼等の後ろに控えている管理者達も、同じニヤケ面をしている。
なるほどな、“あっち側”の労働者もいるって事か。
音もなく着地する事は出来たが、周囲を感染者達に囲まれた危機的状況に、思わず冷や汗が伝う。
「こりゃあ、楽しい鬼ごっこになりそうだな……。」




