13:スタート地点
少しだけ問題が起きた。
色々な束縛から解放されたからか彼は気楽になっていた。
そして気楽に“どうせなら、痛くない方法で頼むよ”と言われてしまっていた。
最初は、“顔面を思いっきりぶっ飛ばして、粉砕するか吹き飛ばすかすればいいか”と考えていたが、それを伝えたところ、
「それ、アンタ自身がやられるところを想像してみてくれよ。」
と苦い顔で言われ、言葉に詰まってしまった。
確かに想像しただけでも、絶対怖いし痛い。
どうしたものかと悩んでいると、暇を持て余した彼が、気分転換代わりに何かの役に立てばと、アレコレとこの世界のことや、鎧のことを教えてくれた。
“方法”の事は考えつつも、次の世界でも必要そうな知識であったため、大事そうなことは鞄にあったノートに書き留めた。
この星は“リゲネ”と言われていたらしい。
生活文明レベルは現代日本と同様か、下手したらそれよりも高度。
ただ文化レベルは中~近世ヨーロッパの様な様式であり、貴族制で王国、帝国等の支配体制らしい。
民主主義思想などは欠片も存在しなかったとのことだ。
「まぁ、アレだよ、竜を探求するあのゲームみたいな世界観で、それに最後の幻想的なゲームの種族が入り交じってる感じかなぁ?」
とランスに言われて、しばらくゲーム談義をしていたのはここだけの話だ。
だが、かなりの収穫だった。
“魔法”という俺達の世界に無かった技術体系があるからだろうか?
その文化や文明レベルは、かなり歪なものに見えた。
実際の中~近世ヨーロッパ、特に中世ヨーロッパの文化・文明レベルなら、間違いなく村から出られない。
物流はほぼ無く、都市にいたとしても、不衛生で疫病が蔓延していてもおかしくはないだろう。
暗黒時代と後の歴史で言われていたのは伊達じゃ無い。
だが、聞く限りそのような世界観では無さそうだ。
水洗トイレにウォシュレットがついていたと聞いたときは、何の冗談かと思ったほどだ。
あんなもの、現代でも日本と一部の海外にしかありはしない。
謎文明だったが、先のゲーム談義で思うことはあった。
この世界は、“彼の知識に似通いすぎている”のだ。
彼の知識にロボットアニメがあれば、きっとそれも再現されていただろう。
そんな気がした。
……気がしただけだ。
ロボットアニメ好きとして、決して残念に思っているわけでは無い。
いつかはむせる様なスコープで犬なロボットがいる世界に行くことがあるかも知れない。
その希望を胸に、今はグッと涙をこらえた。
決して残念に思っているわけでは無い。
そんな微妙な表情を浮かべていた俺を見て、彼は「やべ、地雷踏んだか」と呟くと、もう使わないからと鎧を譲ってくれた。
その説明を聞いているとちょっと燃えてきて、彼の説明に耳を傾けていた。
決してロボットがいなかったことを残念に思っているわけでは無い。
俺は名刺ケースを右手に持つと、それをへその辺りに付けるように構える。
「“マキーナ”“起動”!」
<マキーナ、起動シマス>
体の周囲を赤い光の線が走り、強く光ると鎧が現、俺を覆う。
ランスの時は白銀の鎧だったが、俺は真っ黒な鎧になっていた。
マキーナには装着者にとっての最適な形状をとるらしく、鎧と言っても、ランスが来ていたようないわゆる全身鎧ではなくなっていた。
手甲、足甲、胸当てに防御板が存在するが、後はゴムのような素材で全身覆われていた。
頭も薄いフルフェイスのヘルメット状になっており、見せてもらった外見は髑髏のような外見になっていた。
息苦しさも締め付ける感じも無く、何も着ていないかのように動きも阻害されず、あのトレーニング中に香辛料君に出してもらったトレーニングウェアを思い出すような着心地だった。
「しかしあれだな、その髑髏面が惜しいな。
それがもうちょっと違う形なら、仮面着けてバイク乗ってるヒーロー的な存在に見えたのにな。」
『お前、絶対狙ってこの外見にしたろ?』
色々と俺に合うように調整も手伝ってもらっていたのだが、途中から妙にニヤニヤしてるなとは思っていた。
“やられた”とは思ったが、既に調整完了まで進んでいた。
見た目はともかく、この便利な鎧を今後も大事に使わせてもらうつもりだ。
鎧の蓄積エネルギーも、殆どを彼に移した。
この世界での報酬は、この鎧一つと決めていたからだ。
後は全て、この世界を再構築させることに使うためだ。
『“マキーナ”“スリープモード”』
<マキーナ、待機状態二移行シマス>
装備を解除し、名刺ケースをポケットにしまう。
その時が来たことを理解したのだろう。
ランスは穏やかな表情だった。
「勢大さん、何か思いついたのかい?」
「ああ、少し苦しい程度、が、俺の出来る最大限の痛みを伴わない方法だ。
ただ、当たり前だけど今まで成功なんかさせたこと無いから、もしかしたら更に苦しいかも知れないぞ。」
「もう何人か殺ってるのかと思ってたぜ。
……まぁかまわないよ、それでやってくれ。」
彼を座らせると、彼の全ての能力を停止させるか最低限まで抑えてもらう。
そうしてから、俺は後ろに回り左腕を彼の首に回す。
左手の四指で右手首を掴み、右手を握り首の後ろに当てる。
「アンタの流派の技かなんかかい?」
「いや、流派には無い。俺の師匠が考えた、禁忌の技術だ。」
ゆっくりと左腕に力を込め、柔らかく圧迫する。
「何か、……ぼんやりしてきたな。」
俺は無言で、その体勢を維持する。
「今度は……お互いの嫁さん紹介しあおう……。
ウチの……は……美人さんばかりなんだ……。」
心の中で、数字を数えていた。
「みんな……、待ってて……くれた……の……。」
30を数える頃には、彼は何も言わず、両腕にかかる体重もずしりと重くなった。
「ぬんっ!!」
その瞬間に、右拳に一気に力を込め、中のモノを折る。
教わったときと同じ、粘土の中の動物の骨が折れた時と同じ音がした。
あの時は技術を会得した達成感があったが、今は全身を駆け巡る悪寒と脂汗、そして吐き気だけだった。
ランス・プローの顔は、とても穏やかな表情だった。
そして彼が死んだ事により、この世界の権限が俺に一気に流れ込んできた。
彼が持っていた槍は、すぐにへし折った。
彼自身には壊せないように設定されていたのを見て、その悪辣さに怒りを覚えた。
世界の設定を言われるがままに終えた場合、あの自称神様にエネルギーの30%が流入することを発見し、すぐに取り消す。
世界の再設定、独立した一つの世界となり、魂の輪廻はこの世界で循環する。
“神の手を離れた独立した世界”となり、彼が転生される前までの世界を再現する。
世界が消費したエネルギーの代わりに魔獣を生み出し、それを倒すことによってまたエネルギーを補充する。
人にも被害が出るかも知れないが、生まれ変わる“彼”なら、もっと良い方法を見つけてくれるかも知れない。
彼と、その妻の4人は、また巡り会う運命をセットさせてもらった。
俺の前で奥さんのノロケを言ったことへの、ささやかな意趣返しだ。
悪いな、俺はハッピーエンド厨なんだ。
ドタバタラブコメディーでもなんでも繰り広げて、次はもっと長く、もっと皆で幸せになってくれ。
君なら出来る。
そう呟き、設定を全て終えた。
一息つき、玉座の前で両手を組んで寝かせた彼を見やる。
彼の体は、少しずつ光る粒子の様なモノに変わっていき、それらが天に昇り一本の巨大な光の柱となる。
光の柱から、まるで木の枝のように細い光が無数に伸びていき、遂には視界いっぱいに広がる巨大な光の樹となった。
光の樹は輝く葉を次々に広げて生い茂り、そしてそれらの葉は次々に散っていき、何もない真っ暗な空間をヒラヒラと飛んでいく。
飛んでいた葉のいくつかは虚空ではじけ飛び、徐々に青空を創っていく。
飛んでいた葉のいくつかは真っ黒な地面ではじけ飛び、青々とした葉の茂る大地を創っていく。
暗闇が次々に掻き消え、青空と緑の大地を創っていくその光景は、とても幻想的だった。
(これが、神話とかで言われる世界樹って奴なんだろうか。)
その幻想的な風景を見ていた自分も、気付けば光に包まれだした。
この世界での役目は終わったから、次の世界に行くのかもしれない。
もう一度光の大樹の根元、殺してしまった彼の体があった辺りを見ながらため息をつく。
「……後何回これを繰り返したら、終われるんだろうか。」
そして俺は、眩い光に包まれた。