137:brother’s noise
「さぁ、まずは長旅でお腹もすいたことでしょう。
私も丁度これから食事だったところです。
宜しければ、ご一緒に如何ですか?」
先程まで何も無かった部屋だったが、亜久徒氏の目の前にテーブルが運び込まれ、テーブルクロスが敷かれる。
これでもかと扇情感を煽る、透け透けの服だったり薄着だったりのお嬢さん達が、次々と暖かな湯気を立てる料理をテーブルに並べる。
東所君はおマセさんだからか恥ずかしそうに下を向き、松阪君は短く口笛を吹く。
俺はその料理の中身が気になっていた。
ピーマンを細切りにしたものと肉を炒めた青椒肉絲。
ハツカダイコンとルッコラ、スプラウトのサラダ。
肉にキャベツともやし、更に小松菜まで入っている野菜炒め。
米の代わりだろうか、蒸かした皮付きジャガイモが幾つか積み上がっている。
「どれもこれも、今朝農園で取れた野菜です。
さぁ、冷めない内にどうぞ。」
亜久徒氏はそう言うと、一つまみずつテーブルの料理を取り、口に運ぶ。
ご丁寧なことに、毒は入っていないアピールらしい。
松阪君は今にでも飛びつきそうな表情をしているし、俺自身、新鮮な野菜の存在は大きい。
この避難暮らしの毎日で、栄養バランスに気を使っているとは言え、基本は保存食や缶詰の類いだ。
栄養バランスが偏れば、それだけで健康は損なわれる。
だからこそ新鮮な野菜の生産は必須だと思っていたし、その為には人的、土壌的な負荷はかなり大きい。
それを、目の前の男はやってのけていた。
ただ、その方法が少し気になる。
確かにこの辺は元々が畑だった土地だが、このレイクのタウン周辺は再開発されている。
来るときに周囲を警戒していたが、元ある畑をテコ入れしていた感じは無かった。
ついでに言えば、ここにあるのはほぼ人工のレイクだ。
とても耕作に適した場所とは思いがたい。
「へぇ、スゴいもんですな。
私達も田舎に逃げて畑をやろうと思ってたんですが、どうやってこの野菜を?」
試しに、どんな魔法を使ったのか確認してみる。
薄々わかる物はあったが、念のための答え合わせだ。
亜久徒氏は野菜炒めを咀嚼していたが、飲み込んで口元をナプキンで拭うと、ニッコリと笑う。
「私のブレインに、優秀な化学者がいましてね。
その彼が、画期的な肥料を発見したんですよ。
それを畑に撒けばどんな痩せ細った土地も農業に適した土地になり、植物の成長も早い。
しかも、害虫が寄りつかないという、農薬いらずの肥料なのですよ。」
「……感染者、か。」
俺の言葉に、今にも食事に手を出そうとしていた松阪君と東所君がギョッとしたようになり、動きが止まる。
まぁ、そうだろうな。
この野菜、育てるために人間をミンチにして撒いた畑で取れたモノですと言われて、あまり良い気持ちにはならないだろう。
それと対峙し続けてきた俺達なら尚更だ。
「見解の相違、ですな。
我々は彼等のことを、“我等に恵をもたらす為に大地に還る魂”、即ち“地還しのたま”と呼んでます。」
「それがアンタ等の宗教か。」
タバコを取り出すために胸ポケットに手をやろうとして、今がTシャツと短パン姿だったことを思い出す。
諦めかけると、亜久徒氏のすぐそばで控えていたガタイのデカイ男が近寄り、胸元からタバコを差し出す。
1本貰い咥えると、火を差し出してくれた。
礼を言いながら煙を吐き出す。
“あ、俺も良いッスか”と松阪君がちゃっかりタバコを貰っている。
彼はこの空腹をタバコで紛らわすことにしたようだ。
見れば、亜久徒氏の食事は終わっている。
結局、俺達が手を付けなかったことには何も言わず、残った料理を下げさせていた。
お嬢さん達がいそいそと下げている様子を見るに、アレが彼女達の食事になるのだろう。
皿が下げられ、テーブルクロスが外されると、今度はそこに少し傷付いた無線機が置かれる。
俺達のランクルに備え付けていたものだろう。
「そうですね、これが我々の信仰です。
飽食の世界は神の力により破壊された。
だが、破壊と再生は表裏一体だった。
つまりは、神は我々に日頃の食に感謝し今の命を謳歌する事、そしてまた我々も大地に還る存在だと教え導いて頂いているのです。」
神、神ねぇ。
アレはそんな存在じゃ無かったよ。
危うく口からでかけたが、グッと堪える。
そんな事を言っても始まらない。
「さて、あなた方が乗ってきた車を調べさせて頂いたところ、このようなモノが積んであった。
私はあなた方に問いたい。
あなた方は善意の使者なのか、それとも悪意を持ってここに訪れた者なのか。」
“この無線機は直してある、仲間がいるなら呼びかけてほしい”と続く。
「俺達は、ここにいる東所君という少年の両親がここに逃げ込んでいるらしいと聞いて、ここまで来た。
この無線機は道中の情報集めで使っていただけで、他に仲間はいない。」
一応、カマをかけてみた。
亜久徒氏は先程俺達にタバコをくれたガタイの良い男に目配せする。
男が近付き、何気ない手慣れた動作で、俺を殴る。
見えていた俺は、殴られる方向に頭をずらして少しだけインパクトをずらしたが、それでも衝撃で後ろに吹き飛ばされた。
中々に良い1発だ。
脳が揺れて視界がグラグラと歪む。
「私は悲しい。
神の代行者を前に、悟りの道に至れぬ愚者はこうも容易く嘘をつく。
……無駄なことは止めましょう。
そこの純朴な少年から、既に色々と伺っていますよ。
あなた方の仲間が近くに潜んでいる事も、あなたの呼びかけで無ければ応答しないことも。」
なるほど、既に裏は取っていたか。
揺れる視線でチラと東所君を見ると、“ぼ、僕は、そんなつもりじゃ……”と、動揺している。
松阪君も、敵を見るような眼で東所君を睨んでいた。
2人に“大丈夫だ”と手で合図をする。
痛いは痛いが、正直この1発は想定通りだ。
フラつく手足で椅子を戻し、何とかまた座る。
「今の1発は、俺等のタバコの代金として我慢してやるよ。」
亜久徒氏ではなく、ガタイの良い青年に向けて話す。
どうやら苛立ってくれたらしい。
もう一度殴ろうと彼が左手で俺の胸倉を掴む瞬間を狙い、こちらも左手で彼の握り手を外に捻るように巻き込む。
彼の体が一瞬外にねじれた瞬間に立ち上がり、左足で彼の足を引っかけつつ、全体重をかけてお辞儀をするようにして、更に巻き込む。
予想通り、“ドゴン!”という音と共に、彼は俺の座っていた椅子をなぎ倒し悲鳴を上げながら倒れ込んでくれた。
ついでとばかりにそのまま勢いをつけて転がすと、うつ伏せにさせつつ手首の関節をキメ、腕も左足にそわせて固定する。
右足で彼の肩のつけ根を踏み、簡単には起き上がれないように押さえつける。
次の瞬間、亜久徒氏の周りにいる護衛達が拳銃を抜いてこちらに銃口を向けていた。
「……巻落からの裏固めってな。
お前、随分と“支配する側”に慣れちまってそうだなぁ。」
ガタイの良い青年が、痛みと悔しさで顔を歪ませる。
あぁ、またやっちまった。
ちょっと交渉が面倒なことになったなと思いながら亜久徒氏を見たが、彼は表情を変えていなかった。
むしろ、この一連の騒動を薄く笑いながら見ていた。
「止めないか、剣人。
私もお前に2発目を許した覚えは無いよ。
やぁ、申し訳ない、田園さん。
彼を離してやってはくれませんか。」
固めを緩める。
彼は乱暴に起き上がり埃を払うと、俺を睨みつける。
「この借りは返させてもらう。」
手をヒラヒラさせて、“邪魔だよ”と更に煽っておいた。
火種は仕込ませて貰おうか。
「さて、改めてお願いさせて頂きましょうか。
良ければ、私は後に控えてらっしゃる方々も保護させて頂きたいと考えています。
お仲間に、ご連絡して頂けますか。」
複数の銃口が睨む中でのお願いとは笑える。
ただ、現状俺に選択肢は無い。
コンビニの仲間に呼びかけるため、無線機のマイクを手に取るのだった。




