136:KING
ドルン!というけたたましい音と共に、ランクルのエンジンに火が点る。
「じゃあ、予定通りまずは俺達が先行して向こうの人間と接触します。
安全が確保されたと感じた場合、無線で合流を呼びかけますので、その後に合流をお願いします。」
「一応、安全の場合と危険だった場合の合言葉を決めておこうかの。」
歩割爺さんの提案で、両方の合言葉を決めておく。
また、危険だった場合、ここも狙われる可能性がある。
その際の別の合流地点や細かな確認をして、ランクルに乗り込む。
既に乗り込んでいた3人にも、細かなことはあえて省き、向こうのチームとやり取りするのは俺だけと伝えておく。
「こんなこと思い付くなんて、あの爺さんホントは何者なんスかね?
本人は唯の農家のジジイって言ってましたけど……。」
それは俺が聞きたいくらいだ。
ただ、人は色々と経験しているだろうからな。
年寄りになれば、その経験もひとしおってヤツなのだろう。
「さぁな、それよりも道中に感染者がいないか見ててくれよ。大集団がいたら、即撤退だからな。」
その言葉に東所君も頷く。
あくまでご両親を探すのが目的だが、危険がある場合は諦めてもらう、という約束だけはしておいた。
「他に、何か注意事項はありますか?」
小百合ちゃんに言われて、何を言うべきか一瞬悩む。
「そうだなぁ、生存者に犬を抱えているババアがいたら、サッサと撃ち殺すくらいか?」
「田園さんのユーモアセンスが、相変わらず最悪だと言うことは解りました。」
何を言う。
デッドでライジングなあのゲームの1作目なんか、そのババアインパクトでショッピングモールが大惨事になったんやぞ。
……とは言わず、ナイスツッコミに思わず笑顔でサムズアップを返す。
松阪君も東所君も、こういう返しが出来ないからなぁ。
「馬鹿なこと言ってないで、出発しますよ。」
松阪君がアクセルを踏み込む。
快晴の道路を、1台のランクルが爆走する。
不思議なことに、感染者の姿も無ければ路上に放置、または事故っている車も無かったが、その理由はすぐにわかった。
「建物周りを、廃車で囲ってますね。」
遠目から見た建物の周囲には、ビッシリと横倒しにされた車が敷き詰められていた。
車と車の間は木の板のようなモノで塞がれており、さながら城壁のようだ。
「これだけの作業が出来るとなると、中にはかなり人間が残っているのか?」
車の速度を落としてもらい、周囲を観察する。
1人2人では勿論無理だし、俺達のような小規模グループでも無理だろう。
となると、かなりの大規模グループが生存していることになる。
「アラ?何の光かしら?」
<警告、狙われています。>
小百合ちゃんとマキーナの声が同時に聞こえた。
「加速しろ!」
松阪君のハンドルを横から奪い、蛇行させる。
初弾は松阪君の頭を狙ったらしい。
急ハンドルにより、助手席側のガラスに蜘蛛の巣のようなヒビが入る。
俺の背中を何か素早いモノが掠める。
「バカ!殺すな!タイヤを狙え!」
外で声が聞こえた。
同時に、感染者ではない、武装した人間が飛び出してきて、手に持った鉄棒やらをこちらのタイヤに投げ込んでくる。
何発かは側面のガラスにぶつかり、一瞬で割れたガラスの破片が車内に飛び込んでくる。
「おわわわ!わわ!」
松阪君もアクセルを踏みながら、ハンドルを右に左に切り返す。
「襲われている、指示を待て!」
混乱の車内の中で、取り付けた無線機のマイクを外して怒鳴る。
次の瞬間、道路に鉄骨を組み合わせたマキビシが投げ込まれる。
普通の車なら乗り上げて停止するだろうが、ランクルだったのが不運か。
マキビシに乗り上げると、そのまま飛び上がり横転しながら地面に激突する。
飛び上がった瞬間、シートベルトを外すと後部座席に飛び、二人の頭を抱える。
何かが側頭部に当たり、意識が沈む。
気を失う直前、“俺にしては、中々に曲芸じみた動きが出来たモンだ”と、少しだけ誇らしかった。
「……うぁ。」
意識を取り戻すと、何かの事務室?休憩室?だろうか?
何もかもが取り払われていて元が何の部屋なのか想像しづらかったが、何も無い部屋にポツンと置いてある布団、その上で寝かされていた。
「よかった、気付いたんですね田園さん……。」
泣きじゃくる東所君と、同じく安心した表情の松阪君がそこにいた。
「ん……?ここは?レイクのタウンには入れたのか?」
「あー、まぁ、入れたっちゃあ入れたんスけど……。」
松阪君が微妙な表情で視線を動かす。
その視線の先を見ると、この部屋の出入口の扉だろうか、のぞき窓が着いていて、そこから覗いている目があった。
その目は俺と視線が合うと、フッといなくなる。
「歩割の爺さんが想像してた“最悪の方”って感じっぽいッスよ。」
そこで俺は小百合ちゃんがいなくなっていることにやっと気付いた。
まさかと思い2人に尋ねると、一応は無事らしい。
言葉に引っかかりを覚えながら状況を確認すると、あの車が派手に横転した後、東所君以外は気を失っていたらしい。
気を失わなかった東所君の話によると、俺達は捕らえられ、小百合ちゃんは“教祖様”とやらに貢ぐために別にされたらしい。
状況がサッパリ飲み込めなかったので、更に話を聞こうとした時に出入口の扉が開いた。
扉が開くと、筋骨隆々で如何にも武闘派な男がこちらをジロリと睨みながら入ってくる。
その後を銃を持った数人が続き、最後に真っ白な服を着た青年が入ってきた。
青年の服に違和感を感じる。
この世界、多少は清潔にするが、それでも使える水や施設は限られている。
なのでざっと洗う位しか出来ないので、そこまで綺麗には出来ない。
だが、この青年が着ている服はあからさまに新品、ないしは洗濯が行き届いている。
しわ1つ無く、糊もきいている服を着ているなど、今のこの世界に置いては実に異常だ。
青年は用意された椅子に座ると、興味深そうにこちらを見る。
「やぁ、手荒な真似をしてすいませんでしたね。
メンバーの皆さんにはいつも“危険なことはするな”とお願いしているのですが、中々行き届いていませんでして。
幾つか誤解があるかも知れませんので、予め危なさそうなモノはこちらでお預かりしております。」
目線を落とすと、メイスは元より防衛省でアレコレ鉄板を仕込んでいた服も脱がされていた。
今はシャツと短パン位しか身に付けていない。
スーツも通勤鞄も、マキーナも取り上げられているのはちょっと痛いかも知れん。
見れば松阪君も似たような姿だ。
東所君は意識があったから抵抗したのだろうか、服だけはそのままだ。
ただまぁ、こちとらいつぞやは全裸で尋問受けた身だ。
服を着ているだけでも安心感は違う。
「そいつはどうも。ご丁寧に。
出来れば先にお名前を聞いておきたい所ではありますがな。」
俺の軽口に、側近どもは一瞬殺意を見せる。
ただ、白服の男は動じる様子もなくそれを右手で制すると、穏やかな表情のままだった。
「はは、これは失礼を。
申し遅れました、私はここ、新世界教のリーダーを勤めております、亜久徒 誠と申します。」




