135:快晴の空の下
「……あ~、また事故とアイツらッスね。」
「またか……。」
もう何度目か解らないが、定期的に“作業”をするはめになっていた。
パンデミック発生当時は、やはり相当な混乱だったのだろう。
合流地点などの交通の要衝はもちろん、何でも無いまっすぐな道でも玉突き事故が発生しており、その度に感染者を退治し、車をどけていた。
「こちら田園、全車停止願います。また交通整備します。周辺を警戒して下さい。どーぞ。」
《2号車了解。》
《3号……了解。》
“よっこらせ”と、まさしくオッサンのかけ声をかけながら車から降りる。
今日はここら辺で終わらせて、どこかの民家を確保して休憩にした方が良さそうだな。
腰からメイスを抜き取り、感染者と対峙する。
長ドスは歩割爺さんが使いたいというので、彼に渡していた。
俺自身が昔習った武術の都合上、やはり刃物よりはメイスの方が使い慣れていたから、俺は快く長ドスを爺さんに渡したのだが、それが爺さんは気に入ったらしい。
暇が出来たら技を教えると言ってくれていた。
「どっせい!」
近付いてくる2体の感染者の内、1体の頭を叩き潰す。
頭を潰されたソイツを押しのけるように腕を伸ばしてきたヤツには、メイスを振り上げて肘辺りに粉砕し、追加の回し蹴りで蹴り飛ばす。
倒れた感染者は、松阪君が手槍で頭を突き刺していた。
刃物はあくまで点や線の攻撃だが、メイスは面で攻撃できる。
弱点だらけの人間とは違い、頭を潰さなきゃ死なない存在なんかには、やはりこちらの方が圧倒的に優位だ。
「よし、これで連中は片付いたかな。」
「お疲れさまッス。……タゾッさん、大丈夫ッスか?」
“問題ないよ”と、返し、東所君を見る。
目が合うと怯えた表情を一瞬見せ、目をそらされてしまった。
やれやれ、完全に怖がらせたらしい。
「ホラ、ミーシャ、この車動かせそうだから押すわよ!」
「う、うん。」
小百合ちゃんに来てもらったのは正解かも知れない。
微妙な空気感の中、俺達は事故車をどかす作業を始める。
人力で押せそうな車は押して退かし、そうで無い車はランクルで押しのけて退かす。
昔車でレイクのタウンに向かうときは1時間もあれば着いたが、この余計な作業によって俺達は数日をかけていた。
食糧や水は近隣の住宅から失敬しているとは言え、補充と消耗が辛うじて釣り合っている状態だ。
これ以上人数が増えれば消耗が増えるし、戦える奴が減れば補充が減る。
完全にギリギリ過ぎて心の余裕が減ってきている。
阿笠氏などは既に不満タラタラだ。
ただ、数日後にはそれでも外郭環状線を抜け、何とか4号線に出ることが出来た。
「いやぁ、ようやく目的地の家族マートにたどり着けそうですね。」
先が見えたことで元気を取り戻したのか、松阪君が上機嫌に加速する。
“そうだなぁ”と適当に相づちをうちながら、この世界に来てから何だか家族マートに縁があるなぁと思っていた。
いや、7と11的なコンビニにも世話になってたなぁ。
ともあれ、外郭環状線を抜けてから、こちら側にはそんなに感染者がいないのか快適な道を進む。
朝から雲1つ無い快晴の中、10分も走れば目的地である家族マートに到着する事が出来た。
到着した家族マート、駐車場に車は無く、代わりに従業員かは解らないが死体があったが、どれも既に白骨化していた。
ランクルを降り、メイスを抜く。
「どう見ます?」
「多分漁られた後だろうな。……とは言え、トラップ代わりに感染者が残ってるかもしれん。調べるぞ。」
結果として見れば、感染者は全て白骨化、ないしは既に誰かの手によって撃破されていた。
死臭渦巻く店内もバックヤードもこれといったモノは無かったが、屋上にソーラーシステムがある事を発見し、電気が使えお湯が沸かせるのを発見出来たのはありがたいことだった。
後続の護送車班、パトカー班も無事到着し、全員でここまでの無事を喜びつつ、休憩をとる。
「みんなー、バックヤード調べたら、缶ジュースとか缶コーヒーとか、少しあったよー。」
阿笠氏がノンビリとした口調で段ボールを抱えてくる。
これも、俺の中では彼の隠れた才能だと思っている。
俺達が見落としてるらしい物資を、しっかり最後まで探してくれるのだ。
彼のこの特技で、俺達はギリギリ貯蔵物資が赤にならずに済んでいると言っても良い。
戦うことはからきしダメだが、安全を確保すると後は阿笠氏の独壇場の様な世界になっていた。
「ハイ、奥さんには優先でこの野菜ジュース差し上げます。明知さんはコーヒーで良いですか?」
そんな阿笠氏は、いつも護衛として着いていたからか明知夫妻と仲良くなっていた。
まぁ、ありがたい傾向ではある。
阿笠氏は阿笠氏なりに、この面子を運命共同体と認識してくれているようだ。
微笑ましいモノを見て、少し心が暖かい気持ちになりつつも、顔を引き締め遙か向こうにある大型商業施設を見る。
「田園さんや、あの施設の中、どう見る?」
「難しいですね。私と東所君は、最初の防衛省以来立て籠もっている人達にあまり良い思い出はありませんからね。
ただ、少数が立て籠もってるのとは違い、ある程度の人数が立て籠もっているらしいですからね。
その中から人間を抜き取るとなれば、歓迎される場合もあるんじゃ無いですかねぇ?」
今も物資を消費して生き残ってるはずだ。
だとしたら、多少は人間が減ることを、内心では喜ぶのでは無いか、とは思っていた。
ただ、歩割爺さんは違う考えのようだ。
“どうかの?”というと、想定されるパターンを教えてくれた。
中にいる人間はそれなりに上手く役割を回しており、色々と満ち足りているパターンの場合、もしかすると東所君や小百合ちゃんを“逆に仲間に引き込もうとする”と考えられる。
ここは安全だ、危険な外にわざわざ出る必要が無い、という人間達を説得しなければならない。
その場合は、田園さんには悪いが儂等もその輪に組み込まれた方が安全かもしれん、との事だ。
次に今やギリギリで、いつ暴発してもおかしくない状態に陥っている場合。
この場合、我々が北上することを伝えると、俺も俺もと群衆がこぞって着いてきたがる。
その場合、移動手段や物資が行き渡れば良いが、そうで無い場合に争いが必ず起きる、と。
そして最悪なのは、内部で“新しい社会”が生まれていた場合だ。
階級制度や宗教的な何かが発生していた場合、我々は外敵として狙われることになる。
その場合、全員無事では済まないだろう、と言うことだ。
話を聞きながら、“この爺さんどんな修羅場潜ってきたんだ?”という気持ちになったが、その話は妙に現実感があり、納得できてしまった。
「え~、何かそう聞くと私行きたくなくなって来たんですが。
ここもそれなりに手入れすれば生活できそうですから、こっちで暮らしません?」
阿笠氏が缶コーヒーを飲みながらそう呟く。
ってか、その黄色に茶色の文字はマックス激甘で有名な缶コーヒーじゃねぇか。
「……?あ!あげませんよ!
これ私の大好物なんですから!」
いやいらんがな。
いかんいかん、現実逃避している場合じゃ無い。
全員が俺を見る。
「まぁ、なら、予定通りですかね。
俺等で先行偵察と行きましょうか。」
阿笠氏と明知さんにお願いし、ランクルの物資を護送車に移してもらう。
その間に俺達4人は休憩させて貰っていた。
少し休んだら突撃だ。
フェルディナン・フォッシュ将軍の真似をするなら、“撤退は不可能、天気は快晴、状況は最高。これより突撃する”って言うところかな。
そんな下らないことを思いながら、浅いまどろみの中に落ちていった。




