134:YOUR DEAREST
「……まだ、寝ないんですか?」
松阪君も寝床へと向かったことで、1人食堂でタバコを燻らせながらウイスキーを飲んでいると、1人の少女が顔を覗かせる。
「おや、宵っ張りさんだな。
良い子はもう寝てる時間だぞ。」
東所君の幼馴染み、確か、光ヶ丘小百合ちゃん、だったか。
向かいの席に座るのを見た俺は、取りあえずタバコを吸い殻入れ代わりに使っていた空き缶に突っ込み、揉み消す。
「気にしないですよ?」
優しげに笑う少女を見ながら、“そうもいかんさ”と俺も笑う。
ガキの頃は、学校から家に帰ると親父が吸っているタバコの煙で、居間は真っ白だった。
それで俺が慣れたからと言って、それを俺がしていい理由にはならない。
「眠れないのか?明日には出発だ。
……早く寝ておいた方が良い。」
「ミーシャの事で……。」
この子達は年齢がいくつだったか。
12か、14くらいだったか。
確かそれくらいだったと思う。
年齢の割には、随分落ち着いた子に見える。
俺が同じくらいの時にはどうだったか。
本ばかり読んでいた根暗なガキだった気がするな。
「君のボーイフレンドが、何か言っていたのか?」
「泣いていました。理由を聞いても教えてくれなくて。……田園さんなら何か知っているかと思いまして。」
まぁ、泣かした張本人だからな。
この子はそれも踏まえた上で、俺の所に来たのだろう。
「いやね、君のボーイフレンドは転生者で、ここは彼の望んだ世界なんだよ。
人を見れば人を襲う残酷で醜悪な感染者がいて、生き残った人間達もお互いがいがみ合って残酷に殺し合う、醜い人間の本性剥き出しの世界が君の望んだ世界なんだよ、と、教えただけさ。」
「……田園さんはユーモアのセンスが最悪ですね。」
“知ってるよ”と返し、ウイスキーをあおる。
結局の所、真実を話したところでこんなもんだろう。
静かな沈黙の時間。
こういう時間は嫌いじゃないが、ふと思い出したことを聞いてみる。
「言いづらかったら構わないんだが、君の両親は、その。」
どこかで聞いておかなければと思っていた。
救えるならば、救いに行かなければならないだろう。
「私の両親は、アメリカにいました。
お互いの無事の確認を電話でしているときに、“強い光が”と言っていました。
……それが、最後の言葉でした。」
確かマキーナで調べていた情報の中にあった。
かの国は、深刻な被害のあった都市に核ミサイルを落としていたはずだ。
「……そうか。いや、すまない、嫌なことを聞いた。」
「いえ、ずっと離れて暮らしていましたから。
不思議とそこまで悲しくも無いんですよ。
それよりも、今はミーシャが生きていたことの方がホッとしている位なんです。」
彼女の両親は、東所君の幸運の輪の中には入れなかった、と言うことだろうか。
「……君は、こんな世界で生きていくことに不満は無いのか?
昨日までの日常はもう無い。
この病が無くなっても、また人間は1から出直しだ。
平和でモノが溢れていた、事件や事故は多かったが、それでも人々が穏やかに暮らしていたかつての世界は遙か先、こんな世界に不安は無いのか?」
酒が入っていたからだろうか。
少し感情的になりすぎていると頭では解っていた。
大体、俺は何を言っているのだろうか。
こんな少女にこんな事を言って、一体何の答えを求めているのか。
この終わることの無い俺の旅と、この世界を重ねて見過ぎている。
こんな子供に、俺は何をすがろうとしてるのか。
「田園さんは、人間を信じているのですね。」
歳には見合わぬ穏やかで優しい表情で、目の前の少女は語る。
その神々しさとも呼べる表情に少しだけ気圧された俺は、“何故?”と返すのがやっとだった。
「だって、そうでしょう?
こんな世界になっても、人々が以前のように暮らせる世界を夢見ている。
貴方は貴方のことだけを考えて生きていけるはずなのに、こうして私達が皆生きていける道を、今も模索してる。」
これだから女は苦手なんだ。
こんなに幼くても、もう大人の淑女然としてやがる。
この淑女には、“俺は、ハッピーエンド厨なんだ”と返すのがやっとだ。
だが、それがこの子にとって満足いく回答だったのだろうか。
小さく笑うと、“お邪魔しました。おやすみなさい。”と言い、そのまま女子の寝室に戻っていく。
一人残された俺は、手元にあるウイスキーを見る。
ランタンの光を反射した琥珀色の液体には、疲れた中年の顔が浮かんでいた。
「んじゃまぁ、とりあえず最初の目標まで行くとしますか。」
翌朝、これ以上無い快晴の空の下、3台の車にガソリンが入れられる。
最終目標はあくまでレイクのタウンにある大型商業施設だが、既に立てこもっている人々がいると想定される。
どんな思想の人間がリーダーとなっているかわからない。
また、人間は1度状況が安定すると、変化を嫌う傾向もある。
そこで、最初は俺達ランクル班が向かい、状況を説明、東所君の両親を回収し、可能であれば有志を募りつつ越冬に必要そうな物資を融通してもらう。
募った有志と物資を回収するために護送車班と合流し、改めて歩割さんの故郷に向かう。
この、歩割さん考案の作戦で進めることにしていた。
その為、護送車班の待機地点を第一目標として、そこまでたどり着き、周囲の安全を確保するのが今日の目標だった。
「中々の距離ッスね、この3台で大丈夫ッスかね?」
「まぁ、その為の俺達でもあるからな。
安全な道を進めるように注意して行こう。」
ルートとしては122号を進んでから外環に移る。
それを千葉方面に進み、最後に左折してレイクのタウンに向かうルートだった。
多重の追突事故などで車が複数停車していない限りは、俺達が先導、車や感染者の除去を行い、後続の2台を通す算段だ。
「じゃあ、私達でしっかり見張りましょうね、ミーシャ!」
「う、うん。」
唯一の想定外と言えば、俺達の車に小百合ちゃんが乗りこんできた事だろうか。
当初の予定では、先頭ランクル班が俺、松阪君、東所君だった。
2台目の護送車班が毛利さんと歩割の爺さん、小百合ちゃんで、3台目のパトカー班が明知夫妻と阿笠氏の予定だった。
ただ、実際荷物を積むとパトカーは意外に狭く、阿笠氏もその体型から乗り降りが辛いと言う理由から、パトカー班が明知夫妻のみになり、阿笠氏が、“戦闘なんて出来ない”とランクルを拒否したために護送車に乗り込むことに。
中央の護送車が4人になった事で、小百合ちゃんがランクルに乗ることを希望。
良いところを見せたいのか東所君がそれを後押しし、俺達も“まぁ、先頭はやること多いからな”と言う理由でしぶしぶ同意していた。
本当なら阿笠氏辺りをこちらに乗せて運転手役にして、俺と松阪君の戦闘能力を充分に発揮できる様にしたかったが、まぁ仕方ない。
松阪君とは途中で交代しながら対応することで、何とかこの道のりに対応することにしよう。
「やれやれ、何はともあれ、やっと出発ッスね。」
全くだ。




