133:ミサシ トウジョのDay After Day
《あー、あー、こちらは松阪ッス。聞こえてますか?》
「オッケー、大体聞こえる。」
目的地である越谷市にあるレイクのタウンに向かうため、俺達は色々と準備をしていた。
今はランクルに無線機を取り付けて、テスト運用している。
護送車とパトカーには警察無線が備え付けてあるが、ランクルは一般車だ。
後付けする必要があったのだが、俺や松阪君にはそう言った改造をする技術が無かったのだが、ここで意外な才能を見せたのが阿笠氏だった。
「ウチは弱小だったもんで、車いじりが趣味の俺が、社用車のカーナビ取り付けとか色々やらされてたんですよ。」
俺達がベタ褒めしていると、阿笠氏は照れながらそう答えてくれた。
うーん、可愛い女の子の照れ顔は萌えるが、太ったオッサンの照れ顔は、やっぱりどうあがいてもオッサンだなぁ……。
「集めてきた食糧や水、消費物資等は均等に3等分してそれぞれに配備しとくれ。
最悪を考えて行動するんじゃ。」
歩割さんがメンバーに指示を飛ばす。
最初にあったときはしおしおのお爺さんという感じだったが、今は活気に満ちあふれている。
「火炎瓶は先頭の田園君の車とお巡りさん達のパトカーに配布じゃ。
銃器類は儂等じゃ上手く使えんからな。
お巡りさん方に持っといてもらう方が良かろう。」
「後はタイヤ周りの保護とか、窓ガラスに防御が必要かな?」
物資を積み込み終わり、車3台を見ながら何となくそう感じる。
護送車は窓枠に金網が張ってある。
それを見てしまうと、ランクルやパトカーの窓部分が何だか心許なく感じられる。
タイヤ周りも、感染者を巻き込んでしまうと走行不能になるかも知れないと、少し不安が残る。
「そこに関しては、溶接器具や穴開けの為のドリルが無いからのう。
無いものは言うても仕方なかろ。」
“これから行くレイクのタウンで出来たら良いんじゃがの”と、歩割さんは達観していた。
まぁ、それもそうだ。
無い物ねだりしても仕方ない。
今出来る最善を尽くそう。
いよいよ明日には出発という前夜、かき集めてきたお酒とジュースを用いて、久々に皆で小さな宴会を開いた。
移動が始まれば、こんな風にはしていられないだろう。
或いは、明日には誰かが命を落とすかも知れない。
「明日以降の幸運に。」
歩割さんが音頭を取ると、皆それぞれに酒をかざす。
死者が生者を喰らい、生者同士でもいがみ合い、奪い合い、殺し合う。
そんな世界の中にあっても、今この瞬間だけは、まるで崩壊する以前のような、人と人の間にある暖かさが存在していた。
夜も更け、宴もお開きとなりそれぞれが食堂から寝床へと姿を消す。
その場に残ったのは俺と松阪君、そして東所君だけだった。
「……何か、僕のせいで本当にすみません。」
松阪君が俺の代わりに、“良いって事よ”と答えていた。
いやお前が言うなと笑いそうになるが、同じ気持ちではあったので、そのままウイスキーの香りを愉しんでいた。
「変なことを言うようなんですが、何だかさっきの宴会も、いつか昔に似たような体験をした事があるような、不思議な感覚だったんですよ。」
“あ、俺知ってる、デジャブってヤツだろ?”と松阪君が反応していたが、俺としては違う回答が頭に浮かんでいた。
「多分、雪山かキャンプの風景だったんじゃないかな?」
視線はウイスキーに向けたまま、そう聞いてみる。
どうやら言い当てられたらしく、東所君は動揺していた。
「そ、そうです。……何で解ったんですか?」
今まで聞いてきた話から、1つの推論を東所君にぶつけてみる。
「君は、“前世”の記憶があるんじゃないか?
今でない時間、ここで無い場所、自分で無い自分。
そう言う記憶が、あるんじゃないか?
いや、記憶が戻った、と、言うべきかな?
恐らくは20歳台の男性、雪山登山中に命を落としたような。」
静かに東所君を見つめる。
「な、何でそこまで解るんですか……。」
ふとした瞬間に呟く“その年齢では存在しない”思い出、うなされているときの寝言、人の裏切りに過剰な臆病さを見せる態度。
大凡は見当が付いていた。
登山が趣味の若い成人男性、何かがあって山で命を落としたのだろう、と言うところまでは推測出来ていた。
その事を伝えてやると、観念したように東所君が口を開く。
「その……、変なヤツだと思われたくなくてずっと黙っていたんですが、最近ずっとその夢ばかり見ているんです。
段々、それが現実なのか夢なのか解らなくなってきてまして。」
東所君が語ってくれた内容をまとめるとこうだ。
夢の中の彼は登山が趣味の、そこそこの会社に勤めて5年目になる平凡なサラリーマン。
同じく山登りが趣味の彼女と、親友でもあり同僚の3人で、休みがあればハイキングや登山に向かう生活をしていたらしい。
そんな彼女と結婚を決意した矢先、仕事で大きなミスをする。
死の直前に知ることになるが、それは彼女と結婚したかった友人が仕組んだことだった。
出世街道から外れ落ち込む彼を、彼女と親友が雪山登山に誘う。
これも死の直前に知ることだが、彼女は出世街道から外れた東所君を捨てたかった。
彼女と親友、2人の思惑が一致した雪山登山。
休憩中に彼が飲むスープに睡眠薬を入れ、崖の脇を通る難所で、東所君の事を事故を装い突き落とした。
突き飛ばされた瞬間、東所君は運動神経は良かったようで、何とか崖の岩肌にしがみつく。
助けて貰うべく2人に声をかけたところ、真相を話されたらしい。
睡魔と疲労、真相を知ったショックで手を放してしまい、東所君はそのまま崖から転落した。
ただ、崖の下に新雪が降り積もっていたこともあり、東所君は一命を取り留める。
だが、それは死ぬまでの時間が少し長引いただけのこと。
寒さと餓えに苦しめられ、そして遂には彼等だけでなく、人間という存在全てを呪いながら、狂い死にしたと言うことだ。
「これが、最近ずっと見ていた夢の内容です。
最初は悪い夢だと思っていました。
でも、日が経てば経つほど、何度も見れば見るほど、崖から落ちた時の浮遊感と恐怖、悔しさ、寒さ。
そう言うモノが、鮮明に感じられるようになっていったんです。」
“何だよそれ、そいつらぶっ殺してやりてぇな”と、松阪君が怒りをあらわにしていた。
ただ、俺は静かに東所君の目を見ていた。
「東所君、なら、今のこの世界は満足か?」
いや、東所君の目の奥の光を見ていた。
光が僅かにブレる。
「な、何を言い出すんですか。
こんな酷い世界の、どこが満足……。」
「解るはずだ。……君なら。」
目をそらし、口早に取り繕おうとする東所君にたたみかけ、逃さない。
感染者も、生き残った人間も、やはりこれは彼の世界だ
感染者という自分を襲う有象無象、自分に明確な悪意を向ける生存者。
人間は醜く、汚い。
それを表現しているに過ぎない。
「ぼ、僕は……、そんな事……。」
東所君が怯え、狼狽える。
理解は出来ていなくても、心で感じている事もあるのだろう。
事情のわからない松阪君が、それでも俺を止めようと口を開きかける前に、俺の思いは伝えておく。
「確かに人間は汚いし、醜いかも知れない。
……それでも、君と歩む人も、確かにいたはずだ。
防衛省で君に脱出を進めた人は、ただ君の安全を心配していた。
スナイパーのオタクはろくでもなかったけど、小学校
の時はここにいる松阪君が力を貸してくれた。
ここでは、自身の家族の事を口に出さず、君を心配してくれた幼馴染みがいた。
……本当は君も、もう解っているんじゃないか?」
「わ、わか……、解りません!!」
東所君が駆け出して行くのを、俺は止めなかった。
「何か、突拍子もない話しすぎてついて行けなかったッスけど、いいんスか?また放っておいて。」
俺はそれに答えず、残り少ないタバコに火を付ける。
「好きな映画の台詞でさ、“『人生は素晴らしい、戦う価値がある』、後半だけは同意できる”って言葉があるんだ。」
松阪君が、何を言われているか解らない顔をしている。
「今まさに、そんな気分だ。」
松阪君は困惑した顔のまま、ウイスキーをグイとあおっていた。




