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異世界殺し  作者: Tetsuさん
夜明けの光
134/831

133:ミサシ トウジョのDay After Day

《あー、あー、こちらは松阪ッス。聞こえてますか?》


「オッケー、大体聞こえる。」


目的地である越谷市にあるレイクのタウンに向かうため、俺達は色々と準備をしていた。

今はランクルに無線機を取り付けて、テスト運用している。

護送車とパトカーには警察無線が備え付けてあるが、ランクルは一般車だ。

後付けする必要があったのだが、俺や松阪君にはそう言った改造をする技術が無かったのだが、ここで意外な才能を見せたのが阿笠氏だった。


「ウチは弱小だったもんで、車いじりが趣味の俺が、社用車のカーナビ取り付けとか色々やらされてたんですよ。」


俺達がベタ褒めしていると、阿笠氏は照れながらそう答えてくれた。

うーん、可愛い女の子の照れ顔は萌えるが、太ったオッサンの照れ顔は、やっぱりどうあがいてもオッサンだなぁ……。


「集めてきた食糧や水、消費物資等は均等に3等分してそれぞれに配備しとくれ。

最悪を考えて行動するんじゃ。」


歩割さんがメンバーに指示を飛ばす。

最初にあったときはしおしおのお爺さんという感じだったが、今は活気に満ちあふれている。


「火炎瓶は先頭の田園君の車とお巡りさん達のパトカーに配布じゃ。

銃器類は儂等じゃ上手く使えんからな。

お巡りさん方に持っといてもらう方が良かろう。」


「後はタイヤ周りの保護とか、窓ガラスに防御が必要かな?」


物資を積み込み終わり、車3台を見ながら何となくそう感じる。

護送車は窓枠に金網が張ってある。

それを見てしまうと、ランクルやパトカーの窓部分が何だか心許なく感じられる。

タイヤ周りも、感染者を巻き込んでしまうと走行不能になるかも知れないと、少し不安が残る。


「そこに関しては、溶接器具や穴開けの為のドリルが無いからのう。

無いものは言うても仕方なかろ。」


“これから行くレイクのタウンで出来たら良いんじゃがの”と、歩割さんは達観していた。


まぁ、それもそうだ。

無い物ねだりしても仕方ない。

今出来る最善を尽くそう。


いよいよ明日には出発という前夜、かき集めてきたお酒とジュースを用いて、久々に皆で小さな宴会を開いた。

移動が始まれば、こんな風にはしていられないだろう。

或いは、明日には誰かが命を落とすかも知れない。


「明日以降の幸運に。」


歩割さんが音頭を取ると、皆それぞれに酒をかざす。

死者が生者を喰らい、生者同士でもいがみ合い、奪い合い、殺し合う。

そんな世界の中にあっても、今この瞬間だけは、まるで崩壊する以前のような、人と人の間にある暖かさが存在していた。


夜も更け、宴もお開きとなりそれぞれが食堂から寝床へと姿を消す。

その場に残ったのは俺と松阪君、そして東所君だけだった。



「……何か、僕のせいで本当にすみません。」


松阪君が俺の代わりに、“良いって事よ”と答えていた。

いやお前が言うなと笑いそうになるが、同じ気持ちではあったので、そのままウイスキーの香りを愉しんでいた。


「変なことを言うようなんですが、何だかさっきの宴会も、いつか昔に似たような体験をした事があるような、不思議な感覚だったんですよ。」


“あ、俺知ってる、デジャブってヤツだろ?”と松阪君が反応していたが、俺としては違う回答が頭に浮かんでいた。


「多分、雪山かキャンプの風景だったんじゃないかな?」


視線はウイスキーに向けたまま、そう聞いてみる。

どうやら言い当てられたらしく、東所君は動揺していた。


「そ、そうです。……何で解ったんですか?」


今まで聞いてきた話から、1つの推論を東所君にぶつけてみる。


「君は、“前世”の記憶があるんじゃないか?

今でない時間、ここで無い場所、自分で無い自分。

そう言う記憶が、あるんじゃないか?

いや、記憶が戻った、と、言うべきかな?

恐らくは20歳台の男性、雪山登山中に命を落としたような。」


静かに東所君を見つめる。


「な、何でそこまで解るんですか……。」


ふとした瞬間に呟く“その年齢では存在しない”思い出、うなされているときの寝言、人の裏切りに過剰な臆病さを見せる態度。

大凡は見当が付いていた。

登山が趣味の若い成人男性、何かがあって山で命を落としたのだろう、と言うところまでは推測出来ていた。

その事を伝えてやると、観念したように東所君が口を開く。


「その……、変なヤツだと思われたくなくてずっと黙っていたんですが、最近ずっとその夢ばかり見ているんです。

段々、それが現実なのか夢なのか解らなくなってきてまして。」


東所君が語ってくれた内容をまとめるとこうだ。

夢の中の彼は登山が趣味の、そこそこの会社に勤めて5年目になる平凡なサラリーマン。

同じく山登りが趣味の彼女と、親友でもあり同僚の3人で、休みがあればハイキングや登山に向かう生活をしていたらしい。


そんな彼女と結婚を決意した矢先、仕事で大きなミスをする。

死の直前に知ることになるが、それは彼女と結婚したかった友人が仕組んだことだった。


出世街道から外れ落ち込む彼を、彼女と親友が雪山登山に誘う。

これも死の直前に知ることだが、彼女は出世街道から外れた東所君を捨てたかった。


彼女と親友、2人の思惑が一致した雪山登山。


休憩中に彼が飲むスープに睡眠薬を入れ、崖の脇を通る難所で、東所君の事を事故を装い突き落とした。

突き飛ばされた瞬間、東所君は運動神経は良かったようで、何とか崖の岩肌にしがみつく。

助けて貰うべく2人に声をかけたところ、真相を話されたらしい。

睡魔と疲労、真相を知ったショックで手を放してしまい、東所君はそのまま崖から転落した。

ただ、崖の下に新雪が降り積もっていたこともあり、東所君は一命を取り留める。

だが、それは死ぬまでの時間が少し長引いただけのこと。

寒さと餓えに苦しめられ、そして遂には彼等だけでなく、人間という存在全てを呪いながら、狂い死にしたと言うことだ。


「これが、最近ずっと見ていた夢の内容です。

最初は悪い夢だと思っていました。

でも、日が経てば経つほど、何度も見れば見るほど、崖から落ちた時の浮遊感と恐怖、悔しさ、寒さ。

そう言うモノが、鮮明に感じられるようになっていったんです。」


“何だよそれ、そいつらぶっ殺してやりてぇな”と、松阪君が怒りをあらわにしていた。

ただ、俺は静かに東所君の目を見ていた。


「東所君、なら、今のこの世界は満足か?」


いや、東所君の目の奥の光(・・・・・)を見ていた。


光が僅かにブレる。


「な、何を言い出すんですか。

こんな酷い世界の、どこが満足……。」


「解るはずだ。……君なら。」


目をそらし、口早に取り繕おうとする東所君にたたみかけ、逃さない。

感染者も、生き残った人間も、やはりこれは彼の世界だ(・・・・・)


感染者という自分を襲う有象無象、自分に明確な悪意を向ける生存者。

人間は醜く、汚い。

それを表現しているに過ぎない。


「ぼ、僕は……、そんな事……。」


東所君が怯え、狼狽える。

理解は出来ていなくても、心で感じている事もあるのだろう。


事情のわからない松阪君が、それでも俺を止めようと口を開きかける前に、俺の思いは伝えておく。


「確かに人間は汚いし、醜いかも知れない。

……それでも、君と歩む人も、確かにいたはずだ。

防衛省で君に脱出を進めた人は、ただ君の安全を心配していた。

スナイパーのオタクはろくでもなかったけど、小学校

の時はここにいる松阪君が力を貸してくれた。

ここでは、自身の家族の事を口に出さず、君を心配してくれた幼馴染みがいた。

……本当は君も、もう解っているんじゃないか?」


「わ、わか……、解りません!!」


東所君が駆け出して行くのを、俺は止めなかった。


「何か、突拍子もない話しすぎてついて行けなかったッスけど、いいんスか?また放っておいて。」


俺はそれに答えず、残り少ないタバコに火を付ける。


「好きな映画の台詞でさ、“『人生は素晴らしい、戦う価値がある』、後半だけは同意できる”って言葉があるんだ。」


松阪君が、何を言われているか解らない顔をしている。


「今まさに、そんな気分だ。」


松阪君は困惑した顔のまま、ウイスキーをグイとあおっていた。

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