132:サンセット・フロントライン
「しかしまぁ、なんじゃ。
聞いている限りだと、儂等はお前さん方に付いていくしか、道は無さそうじゃのう。」
重くなった空気の中、それでも明るい口調で歩割さんがポツリと呟く。
「でも、本当にその、東所さんのご両親は生きていらっしゃるんですかね?」
阿笠氏が、何とも答えづらい質問を投げかけてくる。
いやいや、今はそう言う質問したらアカンやろ。
案の定、東所君が俯いていく。
彼自身、幼馴染みとの再会がどれ程の奇跡か、感じてしまっているのだろう。
「それでも、俺等はその為に都内からここまでやって来てますからね。
幼馴染みと再会出来たんだ。
家族の居場所がわかった今、探してみる価値はあるでしょうよ。」
幼馴染みのサユリちゃんは、東所君と違い携帯を持っていたらしい。
異変が起きた当初はそれで連絡を取り合い、励まし合っていたそうだ。
東所君の自宅は東川口駅の近くらしいが、ご両親は丁度騒ぎが起きる前にレイクのタウンにある複合商業施設に行っていたらしい。
そこで緊急の非常事態宣言が発令され、避難所と言うこともあってそのままそこにいるらしい。
同じように避難してきた人達もいれば、感染者の集団に襲われて大変だった事もあるらしい。
ただ、施設に幾つかのバリケードエリアを作り、感染者退治に乗り出したところで電波が届かなくなり、向こうとの連絡が付かなくなったとのことだ。
連絡している最中、両親は東所君に携帯を持たせれば良かったと悔いつつ、もし会ったらレイクのタウンにいると伝えて欲しいとよく言っていたらしい。
コレを聞いていても、最初のパニックを乗り越えている時点で、生存確率は高いと感じる。
少なくとも、パニック発生から消息不明、と言うよりは大分違う。
「……なるほどねぇ。どうすっかなぁ。」
「え?そのままレイクのタウンに向かえば良いんじゃないッスか?」
やはり松阪君は根は素直な、優しい青年なんだなぁ、と密かに感心する。
最初のヤバい瞬間、を乗り切ってるのは良いことだが、それはつまり向こうでもコミュニティが形成されていると言うことだ。
良い方に行けば良いが、そうでないと危険な予感がする。
「そ、そんなのは困る!ここも物資は殆ど無いんだ!
君等がいなくなったら残った人間はどうすれば良い?
そも、あの商業施設だって、同じ様な状況じゃないのか!?
それに、人数が増えれば更に生き残るのが難しくなるだろう!?
どうやって安全な場所を見つけるつもりなんだ!」
阿笠氏が贅肉を震わせながら熱弁する。
俺はお前の部下でも親でもなんでもねぇぞ、とは思うが、微妙に正論も混じっているのが厄介だ。
そうだ、現状この9人、言ってしまえば“目的がない”。
いや、東所君には両親捜しが残っている。
それを手伝うと決めた俺と、まぁ松阪君も良しとしよう。
幼馴染みのサユリちゃんとやらも、言うて同意してくれるとは思う。
だが、残りの人間には関係が無い。
彼等が求めるのは安全であって、探検ではない。
どうしようか悩んでいると、歩割さんから助け船が出される。
「のぅ、田園さんとやら。アンタその子の親を見つけたら、その後のことは考えておるのか?」
「……そうですね、防衛省で聞いた話や今まで集めた情報から推測すると、多分どこかの田舎にいって、自給自足出来るようにならないといつかは詰むでしょうね。」
薄らとは考えていた。
東所君の言う人物達と合流が出来たなら、その時点で生き残りを集めて北上する。
福島は北上という意味ではまだちょっと厳しいだろうが、岩手か或いは青森までたどり着く。
そしてどこかの村か農地を確保、冬を越す準備をしつつ、来年以降の食糧を生産する準備をしなければならないだろうと考えていた。
その事を歩割さんに話すと、少し考えた後に面白いことを言い出した。
「そんなら、儂の実家に来るか?」
歩割さんは元々、青森の農家の出身だったそうだ。
漁港に近い畑もあったが、歳をとって体が若い頃のように動かなくなり、子供達に面倒を見て貰う段階になり、まぁ色々あって次男夫婦に世話になるため、長男夫婦に畑を任せて埼玉に移り住んでいたそうだ。
(介護問題は切実だからなぁ)
口には出せずにいたが、きっとそう言うことなのだろう。
しかし、やはり幸運と言えるかも知れない。
目的地に農耕が出来る土地の存在を知っていて、若い頃に農業を経験しているベテランの存在。
今後を生き残るには、このお爺さんは重要なファクターだ。
「首の皮一枚、と言った希望ですが、こう言うのはどうですかね?」
これからの目的をざっと説明する。
この人数で越谷にある大型商業施設に向かう。
そこで農耕に使えそうなものをかき集め、更に希望者を募り北上。
歩割さんの生まれ故郷に向かい、そこで開拓をする。
もし、大型商業施設で残留する人がいるなら、それはそれで別れる。
問題は大型商業施設にいる人間がどういう状況にあるかは解らないが、それはもう、行ったときに考えるしかない。
当然阿笠氏は嫌がり、他にも話し合ったが、他にはあまり良い意見は出なかったため、結局俺の意見が採用された。
阿笠氏は、レイクのタウンに残る気でいるらしい。
まぁ、今はそれでもいいとするしか無いだろう。
問題は移動手段だ。
俺達が乗ってきたランクルと、阿笠氏の乗っていた社用車は確認しているが、他にはパトカーの1台でも残っているだろうか?
「銃器などの武器は期待しないで下さい。
殆どが他の警察官が移動する際に持っていきましたから。」
毛利さんからそう言われるも、それは始めから気にしていなかった。
バイオがハザードするゲームでは無いのだから、拳銃は不便すぎる。
撃てば音で奴等を呼び寄せるし、ちゃんと練習をしなければ頭になんか当たらない。
整備しなければいずれ使い物にならなくなるのに、日本では部品が手に入らない。
ついでに言えば、人間に向けて撃つにしても、まともに怪我を治せない現状、一瞬で殺すか苦しませて殺すかの、結果の同じ2択にしかならない。
とにかく、この日本という社会において銃は不便なのだ。
「銃器よりも移動手段ですね。
俺達の乗ってきたランクルに阿笠氏の社用車だけだと、物資を詰んで9人が乗るには狭すぎる。」
「それなら、見てくれは良くないですが護送車両が1台、丁度ありますけど……。」
何故ここにあるのかはともかく、これも渡りに舟だ。
普通はこんな所には無い。
これも東所君の幸運がなせるワザだろうか?
「そりゃいい。んじゃあ全部そこに積み替えて、皆で一斉に移動できるッスね。」
「いや、お若いの、それは危険じゃ。」
薄暗くなり始め、作業をするには厳しい夕暮れが迫っていたが、善は急げと車に向かおうとする松阪君を歩割さんが止める。
「こういう時は何が起きるか解らんからの。
危険も安全も、分散するのが基本じゃぞ。」
歩割さんはそう言うと、闊達に笑う。
この爺さん、中々に状況を理解しているようだ。
俺達は、歩割さんに話の続きを促した。




