131:故意はスリル、ショック、サスペンス
2人は抱きつきあい喜ぶと、顔の近さに照れたのかそそくさと離れた。
ハハ、若い子はこれだから。
ハレンチ罪で死刑にしてやろうか。
まぁ、流石に大人げなくそんなことを出来るわけもない。
何となくピンとくる物はあったが、念のため聞いてみる。
「東所君、お知り合い?」
「あ、はい、彼女が以前お伝えしていた、僕の幼馴染みです。名前は光ヶ丘 小百合……さん、です。」
東所君は照れ隠しもあったのか、やや赤い顔をしながらも俺に紹介してくれる。
「ちなみに、“ミーシャ”って?」
「あ、僕の名前が“三尺”なので、いつからかそう呼ばれるようになりまして……。
僕としては恥ずかしいんですが、止めてくれなくて……。」
ハハハ、幼馴染みの可愛い女の子とか、あだ名で呼ばれる仲とか、このリア充め。
ちょっと爆発させてやろうか。
「でもミーシャ、どうしてここに?東京に行ってたんじゃないの?」
東所君がアレコレとサユリちゃんに説明をし始める。
まぁ、後は若い二人に任せて、おっさんはおっさんの勤めと行くか。
「直接では初めましてですね。
交信してました毛利と申します。」
「あ、田園です。んで、こっちが松阪君。」
婦警さんと握手を交わす。
松阪君が緊張しながら毛利さんと握手しているのが、微妙に微笑ましい。
「こちらが同僚の明知夫妻です。」
残りの警察官は夫婦だったようだ。
「あ、私は阿笠って言います。」
太ったサラリーマン姿の男性が手を上げる。
何だか雪だるまというか、おにぎりが2つ付いたような体型だ。
「ヒョヒョ、お前さん達も難儀じゃったのぅ。」
最後のお爺さんは歩割さんと言うらしい。
免許の返納手続きをしに来たときに、この事態に巻き込まれたそうだ。
うん、中々に厳しいメンツだ。
まぁ警官3人が戦力になりそうなのが救いだろうか。
「お前、あまり動き回らない方が……。」
「アナタ、平気よ。それに何かしてないと落ち着かないもの。」
あ、違う、夫婦は奥さんが身重だった。
いや、痺れるな。
子供2人、戦力になりそうな大人の男は4人、女性2人の内1人は妊婦さんで、最後に老人1人か。
改めて現状を把握すると、一瞬目の前が暗くなる。
しかも9人の大所帯となると、ランクルにも乗せきれない。
寄り道して食い物と水がまだ多少あるのは救いか。
「ところで、河口警察署の方はどうだったのですか?
電力がたまり次第無線で交信していたのですが、最近は反応が無くて……。」
黙っていても仕方が無い。
俺がある程度状況を話していると、東所君が車から何かを持ってこちらに近付く。
そうだ、彼があのパトカーの人と何かを話していたな。
「……これ、江戸川さんという方から、毛利さんへ、と言うことです。」
東所君が小さな箱を毛利さんへ渡す。
その箱を開けた毛利さんは、力が抜けるようにその場に座り込む。
声を殺して泣くのが見えた。
「……“迎えに行けずすまない、君は生き残って欲しい。愛している。”と。」
東所君も、それだけ言うと俯く。
あのパトカーの彼は、この毛利さんという方の思い人だったか。
その後、ポツリポツリと東所君がその人から聞いた話を語るには、河口警察署内で避難してきた人達の間で食糧不足とストレスから暴動が起き、感染者の群れを侵入させてしまったらしい。
彼は何とかパトカーに乗り込み、感染者の少ないところを通って車を走らせるも、最後に感染者の群れにぶつかり、俺達の目の前で事故ったようだ。
横転した際に車のパーツの一部が腹部を貫いており、東所君から見ても、到底助からない状態だったようだ。
それでも助け出そうとした東所君に、彼は最後の伝言を残したらしい。
この状況だ。
全てが救えるとは思ってない。
それでも、改めて聞かされたその状況は、東所君にとっても辛かったものだと言うことはわかった。
俺も、何も言えず東所君の頭に手を置く。
東所君が黙って俺にしがみついたが、そのままにして置いた。
この状況で、人のために涙を流せるなら、その方が良いに決まっていると思えたからだ。
「……そう、でしたか。
……ありがとう、ございました。」
落ち込む毛利さんを、明知夫妻の奥さんの方が署内に連れて行っていた。
こういう時、女性がいるのは助かった。
俺達では、ろくな慰めなど出来そうにない。
「あのぅ、これからどうしますか?」
申し訳なさそうに、太っちょのサラリーマン、阿笠氏がこちらに意見を求めてきた。
「まいりましたな。
俺等はこの子、東所君の愛しの幼馴染みとご両親を探すために、都内から東川口の方に向かっているところでして。
ここで偶然にも幼馴染みさんとは会えたようですが、まだご両親を見つけてないんで、また移動を考えてましてね。」
「わわ!田園さん!!」
突然東所君が騒ぐが、それはガン無視だ。
その歳でリア充とか、晒し者になれば良い。
「アラ?ミーシャのご両親なら、今はレイクのタウンにいるはずですわ。
最後にメールを貰った時には、そっちで避難していると書いてありましたもの。」
サユリちゃんだったか。
東所君の幼馴染みが、そうハッキリと答える。
長い黒髪でパッツンな髪型が似合う、日本人形みたいな可愛い見た目とは違い、芯のあるハッキリした受け答えだ。
臆病で優柔不断な東所君と、それなりに似合いのカップルかも知れない。
……まぁ、初恋は実らないことが多いと聞くが、この状況じゃそんな事も言ってられないか。
そんな事を考えていると、松阪君の腹が誰にでも聞こえるくらいに鳴る。
そうだな、色々話すべき事はあるが、今は補給と行こう。
「何にせよ、取りあえず腹ごしらえでもしませんか。
腹減って疲れていたら、良いアイデアも出ませんしね。」
皆釣られて、少しホッとしたような笑顔になる。
やれやれ、松阪君がいて良かった。
一旦、今日使う分の物資を車から降ろして食事にする。
普段は感染者を刺激しないため音を潜めて生きていたらしく、久々に非常用の発電機を使えたと彼等は喜んでいた。
「……結局、この後皆さんはどうするかって言う所なんですよね。」
食事を終え、皆でお茶を飲んでいるときに切り出す。
別に慌てる必要は感じないとは言え、急ぐ必要はある。
正直な本音を言えば、今までは東所君の発言をあまり重要視していなかった。
幼馴染みも家族も、“もうダメだろう”と思っていたからだ。
いくら運が良いとは言えその運は個人のモノであり、周囲にまで影響するとは考えにくかったからだ。
だが、こうして幼馴染みの少女とは再開する事が出来てしまった。
となると、両親とやらももしかしたら生きている可能性がある。
あまりノンビリ事を構えていても、生存率が下がるだけだろう。
切り出した俺の言葉に、何となく、皆が下を向く。
お茶の湯気だけが動くその空間は、微妙な沈黙が支配していた。




