130:HIASOBI『昼に駆ける』
「見えましたねぇ……。」
「なるほどねぇ……。」
俺と松阪君は言葉を失っていた。
東所君が言っていた武難警察署に、少し寄り道してからたどり着いていた。
大きな道路との交差点。
立体歩道橋の先に、その建物は見えた。
周囲を、元は背の低い金網の柵で覆われていたのだろうが、今は木材やらトタン板等で囲まれた、一種の要塞化していた。
「何となく、あの小学校を思い出しますね。」
東所君も同意見のようだ。
松阪君がいたグループが占拠していた小学校、それと外観は似ていた。
ただ、周りをフラついている感染者の数は段違いだ。
移動中、寄り道の最中もそれなりに感染者の群れは見なかったので安心していたが、まるで見なかった分の感染者が全てそこに居るかのように、周りを囲んでいた。
「どうします?これ。
排除するにしても、クソ面倒くさいッスよ?」
少しだけ悩んだが、やることは変えられないだろう。
「映画だとさ、何かしらで時間が無くて強行突入、って流れじゃんか。
でも俺等時間が無いわけでも無いしさ。
もう、しらみ潰しでやるしかないべ。」
松阪君が“うへぇ”という顔をしている。
東所君は“中にいる人は耐えられるんでしょうか?”と言っていたが、それは基本無視する。
実際、中で人が耐えているかも知れない。
ただ、“かも知れない”で俺達の命をかけるわけにはいかない。
「じゃあ、まぁ、行くッスかね。」
松阪君が覚悟を決めたようで、物干し竿の手槍を持って車を降りる。
東所君も観念したようで、同じように手槍を持って車を降りる。
「おぉ、行こうか。
……コイツのお披露目にも丁度良さそうだしな。」
俺も車から降り、物干し竿の先端に鉄アレイを付けた“戦鎚”を取り出す。
「……俺その内、“物干し竿万能説”とかいう本だそうかな。」
「馬鹿なこと言ってないで、始めますよ。」
松阪君と東所君にはペアで動いて貰い、松阪君が感染者を突き刺す間、東所君は周囲を警戒させる。
槍は一撃で突き倒さないと不利になる。
倒しきれなければ、東所君が頭を追加で突いて致命傷を与える。
倒せても、抜き取るまでに他の感染者が近付いてきたら東所君が牽制する。
そのフォーメーションで戦って貰う。
俺の方は自身の筋力を使い、手製の戦鎚で頭を潰して回り数を減らす。
上手いことパターンにハマり、休み休みでも半日もすれば、防壁の近くまでは近付く事が出来るようになっていた。
「投げ込めるようになるまで、あと一息って感じッスかね?」
松阪君が肩で息をしながら、トタン板を見上げている。
中からは何も反応が無く、こちらから向こうを見ることが出来ない以上、こちらから出来ることが限られている。
大声を上げれば中の人達は気付くだろうが、周りの感染者にもモロバレだ。
感染者に気付かれず、立てこもった中の人達と交信する。
コレがこんなにも大変だとは思っていなかった。
それでも、何とか中の人達とコンタクトを取るために考えついた作戦が“感染者の数を減らして壁に肉薄し、中に救援物資と手紙を入れて放り投げる”という単純な作戦だった。
「よし、もう少しで壁に肉薄できる。
東所君、準備は良いね?」
「ハイ、こちらです!」
緊急用袋を受け取る。
中には缶詰と固形食糧、それと3人で河口警察署方面から来た旨の手紙を入れてある。
「そぉい!」
袋を思い切り放り投げて、壁の内側に投げ込む。
後は水を壁向こうに入れるため、もう少し壁に近付く必要がある。
水が10リットル入ったポリタンクも用意していたが、流石にコレは投げ込めない。
投げ込んだらその衝撃で破裂するだけだろうからな。
「バックアップ頼む!」
ビニール紐を付けたポリタンクを抱え、壁まで走る。
通り道上の感染者は二人に任せる。
ポリタンクを何とか壁の上に滑らせると、ビニール紐を持って素早く丁寧に下まで下ろす。
ポリタンクが地面に付き、紐を送る感触が軽くなったところで残りの紐も全て壁向こうに押しやる。
これで、感染者が変に引っかけて持ち上げることはないだろう。
「よし、一旦撤退!」
呻き声を上げながら集まりだした感染者を倒しつつ、先ほどの歩道橋を上り、感染者を巻く。
1度歩道橋の上から警察署を見たとき、太ったサラリーマン姿の男性と、婦警さんだろうか?
女性警察官が荷物を落とした辺りに駆け出しているのが見えた。
2人に手を振ったが、気付いてはいないようだ。
残念に感じながらも、今は感染者を振り切るためにまた走り出す。
ともあれ、これであの中には無事な人達がいることが解ったわけだ。
どうやって中の人達とコンタクトを取るかだが、今は考えても仕方ない。
映画や漫画では決して描かれない、地道な削り作業を頑張りますか。
《おはようござ……す田園さん。今日はど……うな状況でしょうか?》
「こちら田園、あ~、多分今日くらいには殆ど片付くかなと。中の物資は大丈夫ですか?」
あれから、1週間が過ぎていた。
いやはや、まさか俺達もここまで時間がかかるとは思っていなかった。
《こちらは大丈夫で……。本当に、……ら何まで申し訳ありません。》
物資を放り込んだ翌日、その位置の壁にトランシーバーがぶら下がっていた。
やり取りしたところ、内部で生き残っているのは彼女を除けば警官2名、会社員1名、老人1名と女の子が1名の合計6名と、中々に壮絶な状況のようだった。
聞けば、少し前は100名前後の人間がここにはいたらしい。
しかし、いつまでも来ない救援と消費する食糧等の物資をめぐる騒動が起き、近隣の河口警察署に救援を要請しに行く者、離反して脱出する者とで、散り散りになったようだ。
その結果として、ついて行けなかった老人と子供、気の弱いサラリーマン、それらを守るため、彼女を含めた警官3名がここに残っていたらしい。
(……なんとも、やりきれん話だなぁ。)
ここを取り巻く感染者の内、あからさまに避難用袋を抱えている存在も見ていた。
なんなら、その避難用袋から水や食糧を回収もしていた。
ここを抜け出そうとして、結果感染者に襲われて仲間入りしていたわけだ。
結果、抜け出さない選択肢をした6人しか生き残っていないのを知ると、そう言う感情にもなるってもんだ。
「タゾッさん、中の人等、どうでした?」
「大丈夫だってさ。
さて、後はあの集団潰したら御対面だ。」
この1週間、チクチク突いて倒し続けていた成果もあり、感染者も大分数を減らしていた。
「楽しみッスね。」
“お前は毛利さんに会いたいだけだろ”と茶化すと、松阪君は“そそそそんな事無いッスよ?”と、どもりながらも返してくれる。
実に分かりやすくていい。
無線で交信していた婦警さん、名前を毛利蓮さんと言うらしいが、松阪君がかなり気にかけていた。
手が空くと毛利さんと交信しているので、作業を優先させるべく普段は俺が交信していた。
「よっしゃ、終わりましたね!」
もう2~3日はかかるかと思ったが、毛利さんに会いたい一心の松阪君の活躍により、1週間で周辺の感染者を殲滅できていた。
「よーし、んじゃあ、開けて貰うとするか。
……こちら田園、周辺状況、完全にクリアです。
開門して下さい、どうぞ。」
《了解。》
入口のトタン板が動き、中への道が開く。
いやぁ、時間がかかった。
火炎瓶使えれば早かったんだけど、下手に燃やすと防壁に燃え移りそうだったからな。
まぁ、地道な物理作戦が1番シンプルで手っ取り早いな。
中に入り車から降りると、話に聞いていた生き残りとおぼしき人達も、全員表に出てくる。
皆疲れた表情をしていたが、その中で少女はこちらを見ると、驚いた表情をした後に声を上げる。
「ミーシャ!!」
ん?小熊?
何のことだ?
「サユリちゃん!?」
その呼び名に東所君が反応すると、驚きと共に少女に向かい駆け出す。
東所君の後ろ姿、何も無い空間。
本当に一瞬だけ、ヒビが入ったように見えた。
瞬きをすればそれはもう見えなく、俺の気のせいだったかも知れないが。




