129:ずっと真昼でいいのに。『雑魚狩りしといてよ』
「でもそれって、田園さんの推測ですよね?」
東所君が珍しい反応をする。
話の続きを聞いてみると、東所君的にはこの冬以降もコレが続くのではないかと思っているらしい。
松阪君も同意見だった。
まぁ、マキーナを使って色々と電波に流れる情報を集めていないと、確かにそう感じるだろう。
「かもな。
でもさ、少しは明るく考えとかないと、それこそ全く希望が無くなっちまうぜ?」
「希望なんか、あるんですか?」
東所君にしては珍しく弱気な発言だ。
その目の光もやや陰りを帯びている。
あの小学校での一件以来、そう言えば口数も減っている。
「おいおい、人間はそうやって希望を持って生きてかねぇとだろう?
それこそお互い希望を持って助け合わないと、どうやったって生き延びることは出来……。」
「だって、人間は簡単に裏切るじゃないですか!!」
俺の言葉の何かが、彼の琴線に触れてしまったらしい。
今まで見たこともないくらいの、強い怒りの表情だった。
そして、彼自身、怒鳴った後でその自分自身に驚いているようだった。
「坊や、そりゃ俺のことを言ってるって事か?」
かつての仲間を見限り俺達と同行している、言ってみればそれこそ裏切っている松阪君が、静かに怒っていた。
「いや、あの、……そんなつもりじゃ。
ごめんなさいっ!」
東所君は怯えたように立ち上がると、そのまま2階に駆け上がっていった。
「タゾッさん、俺、ここにいない方がいいッスかね?」
ショックは受けているだろう。
ただそれでも、松阪君は表情を変えなかった。
それどころか、気を使いここから抜けることも考えたようだ。
「馬鹿言うな。君だってもう仲間だ。」
「そりゃありがたいッスけどね。
……まぁ俺はともかく、坊やを慰めに行かなくても良いんスか?」
道具の整備が一段落し、窓の外を見る。
雨がスコールのように激しくなっていた。
まるで東所君の感情に連動しているかのような激しさだ。
「男には、1人で泣きたい夜もあらぁな。」
松阪君は俺のその言葉に“ですかね”と笑うと、台所に向かい、どこからかくすねてきたらしいウイスキーのボトルと、コップを2つ持ってきた。
注がれる琥珀色の液体が、ランタンの光を反射して美しく揺れる。
「そういやタゾッさん、あの坊やの目的地まで行ったら、どうするんスか?」
差し出されたコップを受け取り、ウイスキーの薫りを楽しむ。
ピートのスモーク感が独特だ。
どこか海を思わせるその強烈さは、アイラ島辺りだろか。
口に含めば濃厚でパワーのある波が舌を襲い、飲み込めば喉から鼻の奥に吹き抜ける潮の風。
こんな荒れた夜に合う、良いウイスキーだった。
「そうだなぁ、ここじゃない、どこか別の世界にでも行くかもな。」
「あ、良いッスね、それ。じゃあ俺も連れてって下さいよ。
女の子にモテモテの世界とか、マジ行ってみたいっすわ!」
寝るまでの間、松阪君と談笑を交わす。
深夜にさしかかる頃には、外はすっかり静かになっていた。
「……驚いたッスね。」
快晴になった翌朝、寝起きの悪い松阪君を叩き起こし、朝から空のビール瓶にガソリンを詰めて布でキツく栓をする。
またビールケース1つ分の火炎瓶を作ると、車に乗り込み新荒川大橋まで来ていた。
到着するとそこは、昨日までの感染者の群れが嘘のように引いていた。
別の橋に来てしまったかと思ったが、周囲には無数の焼け焦げた感染者達が倒れている。
どう見ても昨日と同じ場所だ。
「ま、まぁ、いなくなったんならありがたい。
サッサと橋を抜けようぜ?」
周囲を調べていたが、橋の中腹、こちらから見える範囲には感染者の群れは無い。
急いで車に乗り込むと、橋を一気に渡る。
途中、焼いた感染者を踏みつける気持ち悪い感触がシート越しにも感じられるが、それは皆、意識しないようにしていた。
橋を越えた辺りを左折して、河口警察署方面に向かおうとすると、それが見えた。
「松阪君、ストップだ!」
感染者の群れが河口駅に見える。
その群れを突き抜けるようにしてパトカーが飛び出してきたが、普通車は車高が低い。
感染者を巻き込み乗り上げ、宙を舞ったかと思うと横転する。
「た、助け出しましょう!」
無茶言うぜ、と思いながらも、急いで車から降りて手槍を何本か抜き取る。
「松阪君は車で来い、いつでも逃げられるようにしておけよ!」
パトカーに近付こうとしている感染者に手槍を投げ、行動不能にする。
残りも数体近いのがいたため、頭を狙って一気に突き刺していく。
その間に、東所君が横転した車から生きている人間がいるか声をかける。
「東所君、生存者はいたか!?」
徐々に迫り来る感染者の群れが増える。
こちらは一撃でももらったらアウト、しかも頭の中心を正確に刺さないと行動不能にできない。
しかも時間制限で続々と増える。
保って1~2分か。
「東所、返事しろ!」
最早俺にも余裕が無い。
敬称すら付ける余裕がない。
「今!亡くなりました!」
涙声の東所君から返事がある。
「撤退!」
手槍を1番近くの感染者に投げつけそう叫ぶと、そのまま車まで走り出す。
松阪君はランクルをUターンさせ、いつでも発進できる状態で待っている。
東所君の背中を見ると、両手で何かを持っているような走り方をしていた。
何とかランクルに滑り込み、松阪君が車を急発進させる。
走っていた位置関係から、助手席に東所君が、後部座席に俺が座る形になった。
「危ねぇ、映画でよくある走るタイプじゃなくて助かった……。」
後ろを見れば、ノロノロと近付いていた感染者が物凄い勢いで遠ざかっていく。
「もう少し行くと、武難って言う警察署があるらしいんです。」
「あぁ、あのパチ屋の近くの。」
安心して前をむき直すと、東所君が松阪君と何かを話している。
「えぇ、そこに行きたいんです。」
「あれ?東所君は東川口駅の方に行きたかったんだよな?」
東所君の手の中には、血に濡れた警察手帳と、銃と弾の箱だろうか?それらを持っていた。
「そうなんですが、その前に、あのお巡りさんの意志を叶えたくて……。」
またか。
そうは思ったが話を最後まで聞くと、先ほど横転したパトカーは河口警察署の最後の生き残りのようだ。
どうやら息絶える前に、何かを東所君に託したらしく、その対象が武難警察署にいるらしい。
「タゾッさん、どうしますか?」
松阪君はあくまでリーダーを俺と認識しており、決定を聞いてくる。
こういう時、上下関係が厳しい組織にいた人は変に暴走しないのがありがたいな。
ただまぁ、行かざるを得ないだろう。
ここからは恐らくの推測だが、多分これから行く予定の武難警察署は、先の河口警察署の代わりなのだろう。
世界の強制力か、そこに何かあるのか。
ともあれ、回避は出来なさそうだ。
「わかった。行こう。」
「タゾッさんがそれでいいなら、俺も良いですがね。」
後部座席で横向きになり、足を伸ばす。
斜め後ろから見る東所君は、いやに思い詰めた顔をしていた。




