128:風に負けない炎のかたち
「フィーリンハート!」
投げられた瓶が地面に叩きつけられ、中の液体がぶちまけられる。
瓶の口に詰まった燃えた布からその液体に燃え移り、周辺を一気に燃え上がらせる。
「ハートはいつも!絶~っ対、ソイヤッ!」
適当に歌いながら再度瓶を投げる。
燃え上がる感染者を尻目に、松阪君から瓶を受け取る。
「あったり前だぁ~い!」
うむ、この歌は原曲が酷いからな。
音程を外すことがむしろ正しい。
いやいや、そうじゃない。
とりあえず新荒川大橋に向かうには、相当数の感染者を燃やしきる必要がある。
ランクルの車高は高い。
倒れた感染者位なら、問題なく踏み越えられる。
「……あの、田園さん、その歌は?」
やりきった笑顔で東所君に振り返り、笑顔でサムズアップする。
松阪君は考えるのを止めたようだ。
何も言わず次の瓶を渡してくれる。
「よーし次はどうしようかな?
ケモノでフレンドなお友達の第二期の歌とかで行こうかな?」
俺も明るい口調で言ってはいるが、目に映る光景は地獄そのものだ。
燃やされながら揺らめく感染者や、丸焦げになってバタバタと倒れていく感染者を見つめ続けるのだ。
しかも人が焼ける臭いやガソリンの臭いを充満させている。
正直、こんなバカな事でもやってないと、それこそ作業的に淡々とこなしていると気が変になりそうだ。
「数体、田園さんの歌に反応したようですよ。
こちらに近付いてくる個体があります。
それと、後ろからも近付いてきてます。
そろそろ囲まれますよ。」
東所君が警告してくれる。
よし、それじゃそろそろもう一つの秘密兵器も使うとしよう。
紐を通して背負えるようにした大型バッテリーを背負う。
手にはガソリンが入った高圧洗浄機。
ノズルの先端に備え付けた松明に、火を付けて貰う。
「だ、大丈夫なんスか、これ?」
「松阪君は心配性だなぁ。
なぁに、ちょっと漏れれば全身火だるまになるだけだよ。」
2人がドン引きしながら俺を見る。
まぁこんな専門器具でも無い、あり合わせの道具で作った武器だ。
いつ壊れても、どころか、いつ不具合が出てもおかしくはない。
俺だって、こっそりマキーナ先生に監修してもらってなかったら使いたくは無いな。
「オイオイ、ここは引くところじゃないぞ。
もっと!熱くなれよぉぉぉ!!」
元テニス選手のノリと勢いでトリガーを引く。
ノズルから勢いよくガソリンが噴き出し、辺り一面を火の海に変える。
手を突き出しながら歩み寄ってきた感染者が、筋繊維を焼かれてバタバタと倒れ出す。
焼けた感染者を踏み越え、今の俺の叫びでこちらに近付こうと動き出す感染者に火を放ちながら、俺達は撤退する。
まぁ、多少は近隣の家も焼いてしまうだろうが、東所君が望んだ道だ。
彼が“もうこの道は諦めましょう”と言い出すまで、コレを続けるつもりだった。
嫌がらせ、と言うわけではない。
“主人公が最初の方針を諦めた際、何が起きるのか”を観測するのが目的だ。
既に東所君は青い顔をしている。
火炎放射器代わりの高圧洗浄機で炎をバラマキながら、近くのビルを回り込むようにしてまた元の道路に戻る。
今日は橋のたもとまでは行きたい。
丁度タンクのガソリンが切れたようだ。
勢いがみるみる落ちていく。
追加のガソリンを入れたいところだが、ノズルの先端が焼け焦げてしまっている。
もう入れたところで火炎放射器のようには使えないだろうし、むしろガソリンを入れると爆発しそうだ。
背負っていたバッテリーごとその場に捨てると、また松阪君から火炎瓶を受け取る。
「これ、いつまで続ける予定ですか?」
東所君の問いに、“最低でも橋のたもとまで、行ければ橋の中間くらいまで”と伝える。
大分状況は進んでいる。
今は橋の近くの交差点、そのすぐ脇にある駐車場までは来ることが出来た。
それでも、橋の上にはうじゃうじゃと感染者が蠢いている。
橋の中央から向こうがどうなっているのか、こちらからではあまり見えないが、多分状況は変わらないだろう。
ましてや河口警察署とやらは駅向こうだ。
地図で見ると簡単に行けそうに見えるが、駅前のことを考えるととてもじゃないが進めるわけはない。
リアルに物理的に不可能な道を行こうとする場合、天命はどう動くのかな?
そんな事を考えていると、徐々に曇天となる。
天気予報が見えないのが辛いが、恐らくはもうじき雨になるだろう。
「潮時だな。……ここにある瓶を投げきったら、一旦戻ろう。」
2人とも、あからさまに“助かった”という表情を浮かべている。
まぁ、それもそうか。
こんだけガソリンと人が焼ける臭いに包まれていたら、気も滅入るわな。
とりあえず手分けしてケースに入った火炎瓶を投げきり、俺達はサッサと撤退する。
拠点代わりに使っている民家にたどり着く頃には、ポツリポツリと雨が落ちてきており、夕食を取る頃にはスコールのような激しい大雨に変わっていた。
雨のノイズを聞きながら、LEDランタンのスイッチを入れる。
そういやこれもスナイパーに狙われた時に、逃げ込んだビルで見つけたモノだったか。
何で普通の会社にLEDランタンが置いてあったのか、今だとそれさえも偶然を装った必然に感じられるほどだ。
「あの……雨、激しくなってきましたね。」
寝るのを待つだけで、特にやることのない俺達の沈黙に耐えかねたのか、東所君が口を開く。
ただ、それも松阪君の“そうだなぁ”という、何気ない呟きを残し、また沈黙の空間が訪れる。
俺は手持ちの荷物の在庫を確認し、物干し竿を改良した手槍の整備をしていた。
手持ちのメイスの整備も忘れない。
コレはある意味長く使う為の近接武器だ。
よく使えばやはり壊れてしまう。
なので、極力自作武器を優先で使いたい。
松阪君は民家を漁って見つけたのか、漫画本を読みふけっている。古い少女漫画の様だが、ぱっと見チャラくて厳つい松阪君が少女漫画を読む姿は、何となく微笑ましい。
東所君も最初は読んでいたが、読むのが早いのか既に飽きたらしく、やることも無くなってしまったのか、膝を抱えながらランタンの光を見つめていた。
「この雨で、今日の火炎瓶で焼いた感染者の一部は、下手したら耐えられちまうだろうなぁ。
雨が上がったら、また焼き直しだろうな。」
松阪君が“うへぇ”と愚痴を漏らす。
真っ当な反応だろうな。
好きこのんで人を焼きたいヤツはいないだろう。
いや、もう“人だった存在”か。
「これ、いつまで続くんでしょうねぇ。」
東所君もポツリと漏らす。
彼が言うのは、この炎上案件のことじゃないだろう。
この世界で起きている、ゾンビパニックの事だろう。
「そうだなぁ、俺としてはこの冬を越えた辺りまでだと思うな。」
2人が俺を見る。
2人とも、終わりなき地獄のように感じていたようだ。
俺に続きを促してくる。
「思うに、あの感染者は結局、人間の領域を出ていない。
動力はどうであれ、人の骨を使って地面に立ち、筋肉を使って動いている。」
“それは解りますけど”と、松阪君が茶々を入れる。
いや、意外に大事なところだと思うで。
「もうじき秋になって冬になる。
冬になれば水も凍る。
それは人間だって同じだ。
人間の体温が無く、血液を媒体にして動くあの感染者は、多分冬を越えられない。
筋肉が凍り付き、そして春になる頃には溶けたとしても、筋繊維は崩壊しているだろう。
だとすると、そこら中動けない感染者だらけになるだろうな。
なら、感染者を安全に退治することが出来るだろう。」
“へぇ~”と感心する松阪君、“そんなに上手く行くでしょうか?”と懐疑的な東所君。
2人の性格が良く出ている。




