126:あの橋を越える
あの小学校を脱出した俺達はかなり離れたと安心できるところまで移動すると、日も暮れかかって来ていたことから感染者達が少なそうな辺りで車を止め、安全そうな民家の2階にお邪魔していた。
途中、更なる安全確保のためにも、目についた限りの感染者は全て倒しておいた。
丁度良い機会だからと、長ドスを使い刀の振り方を研究も出来たのは幸運だった。
色々な世界を渡り歩き武器を振るい、この世界で刀を振ったことで、ようやく“刃の立て方”が解った気がしたのだ。
両腕を絞るように構え、刃を意識して真っ直ぐに振り下ろす。
刀はそこから、手前に引くようにして切れ味を上げるのだとわかり、まるで包丁の様だと思いつつ、“そういや、刀のことを人斬り包丁なんて表現してる漫画もあったな”と思い至る。
慣れてくると、更に切っ先が一番力が入り、尚且つ切れ味が増すのだと理解する。
血脂を拭い、一心不乱に感染者の首を切り落とす。
後で二人から“怖くて近づけませんでした”等と言われた程だったが、その時の俺はただ無心に刀を振っていた。
大分感染者の姿も見えなくなった頃、これは会心の一撃では?と思える振りが出来た。
感染者の首を狙い、側面から上段大振りで振り抜いた時に、まるで洗濯物を強く振ったときのような、“スパン”という音と共に、感染者の首が真っ直ぐ上に飛んだのだ。
“本当にスパンって音って鳴るんだなぁ”等と妙な感想を持ちながら、落ちてきた感染者の首を見下ろす。
胴体は、その後ゆっくりと崩れ落ちた。
改めて血脂を拭い、鞘に戻す。
人だったモノを散々斬ったのに、何も感じないどころか、心地よい疲れに包まれていた。
“あまり、この世界に順応し過ぎないようにしないとな”
少しだけ荒涼感を感じながら、斬り倒した感染者全てに手を合わせる。
何故こんな世界を東所君が望んだかが解らない。
いつかは解ることなのだろうか?
その夜は疲れていたこともあり、食事を済ませると俺は早々に寝入っていた。
「……ってなって準備してよ、丁度オマエが感染者に囲まれてるのが見えてさ、ヤバそうだからあの子助けましょうよってタゾッさんに言ったら突然、“東所君め、出来ておる喃”とか言い出したんよ。」
話し声に、ふと目を覚ます。
今が何時なのかわからないが、東所君と松阪君はまだ起きていたようだ。
起きるのも面倒だと、微睡みながら会話を聞く。
「んでよ、“何してるんですか”って聞いたら、“馬鹿野郎、俺達世代の宴会芸の基本は、全裸に決まってるだろう”とかいって、突然脱ぎ出すんだぜ?マジ笑うしか無かったわ。」
「いや、普通に助けて下さいよ……。」
松阪君が大笑いする。
彼はどこからか見つけてきたウイスキーを持っていた。
大分酔いが回っているらしい。
「だよなぁ、普通そうだよなぁ。アレはタゾッさんからすれば、ピンチの内にも入らねぇって事なんかなぁ?
だとしたらお前等、どんなヤベぇ体験してきたんだよ?」
東所君が今までの旅を説明していた。
夢現に聞いていれば、何やら大冒険の物語だ。
松阪君も時々“マジかよ……”と相槌を打ちながら、東所君の話に夢中になっている。
“まぁ、若者は冒険譚が好きだからな”
そんな事を考えながら話を聞いている内に、意識は沈んでいった。
久々に、よく眠れそうだ。
「タゾッさん、おはようございますッス!
あ、お荷物持ちます!」
翌朝、何故か松阪君が折り目正しくなっていた。
“お、おう”と戸惑った返事をしていると、松阪君がテキパキと働き、あっという間にランクルに荷物を積み込む。
「……何があったの?彼?」
こっそり東所君に聞いてみる。
東所君からは、“いや、昨日今までの道のりを聞かれたから答えたら、何故かあぁなりまして”と回答が返ってきていた。
うぅむ、解らん。
しかし、悩んでいても仕方が無い。
松阪君が運転するというので助手席に座ると、東所君の地元に向かい車を走らせる。
しかしやはり陸の巡航船の名前は伊達では無い。
イグニッションこそ馬力のある音が出るが、駆動中のエンジンは静かで、車内もしっかりと防音だけで無くクッションも効いている。
道路の凹凸すら凪の波間をたゆたう船が如くで、自然とうたた寝出来るほどだ。
「あ、タゾッさん、コレヤバいかもッス。」
東所君がウトウトし、俺も眠くなってきた頃に、松阪君が何かを見つける。
「この先に、確か荒川に面した橋があったはずだよな。」
「えぇ、新荒川大橋ッスね。」
松阪君と話しながら、多分その橋もこうなっているのだろうな、と感じていた。
道路を埋め尽くすかの勢いで、感染者がフラついている。
何人かはこちらを見つけ、フラフラと近付き始める。
「ヤバいな、一旦下がろう。」
「ウイッス。」
後進からハンドルを切り、180度ターンで元来た道を引き返す。
松阪君が何かを思い付いたように、元来た道から離れ、車を川沿いへ向ける。
「こんなご時世じゃないと出来ないこと、ちょっとやってみたかったんスよねぇ。」
ランクルの勢いに任せて土手から中州に車での侵入を防止するためのポールをなぎ倒す。
バンパーは車の前に出ている鋼鉄製だ。
この程度では凹みもしないが、俺達には結構な衝撃だった。
「ちょっ、ちょっ、ちょっ、松阪君!?」
車内でシェイクされながらも、抗議を口にする。
松阪君はノリノリで、そんな事はお構いなしだ。
「フゥ~~!!たーのしー!!」
新荒川大橋の下まで広がる中州は、かなりの広さがある。
そこを蛇行しながら爆走するランクルは、相当に派手なエンジン音を響かせているのだろう。
土手や橋から、次々に感染者の姿が現れる。
「ん?不思議なモンだな……。」
土手の上に溜まった感染者が、何故か中々斜面を下りようとしない。
橋の上から落ちてくる感染者は、まぁ何となく解る。
感染者は欲望に忠実だ。
食欲のためか仲間を増やすためかは解らないが、噛みつくために最短距離を突き進んでくる。
だが、土手の上の感染者は、前へ踏み出してこない。
いや、何体かは踏み出していた。
また、溜まりすぎて人数が増えすぎ、押し出されるようにして下りてくる感染者もいた。
だが、土手を下る全ての感染者が“転げ落ちて”いた。
足を踏み出そうとして、まるであるはずの地面を踏めなかったかのようにバランスを崩し、そのまま転がり落ちる。
何体かはそのまま動かなくなっていた。
ふと、昔何かの本で読んだ事を思い出す。
“上り坂はエネルギーを消費するが、下り坂は骨や関節にダメージを与える”だったか。
平坦な道を歩くのも、エネルギーを消費して登るのは得意でも、体にダメージを負って上手く歩けない状態だから、本能的に下り斜面を警戒しているわけか。
なるほど、勾配のキツい下り斜面、これがコイツらの弱点か。
弱点の理解と共に、やはり感染者は本質的に、人間の構造を越えられないと理解する。
ウイルスの力で死んでいる体を無理矢理動かしているだけで、人の限界は越えられない、と言うことか。
松阪君のバカを怒ろうと思ったが、これはこれで貴重な情報だ。
だとすると、この騒動の終わりも見えるし、どうすれば良いかも見える。
確かに、“北上するのは良いアイデアだ”とも理解できる。
色々なアイデアが頭に浮かぶが、それは東所君の幼馴染みと家族に会ってからだな。
「おい、いい加減ここから離脱するぞ。」
「ウイッス!」
松阪君も暴れてスッキリしたのか、感染者が増え出した中州を爆走し、元来た道を引き返す。
ともかく、あの橋を越えなければ。
頭の中で、考えを纏め始める。




