125:タゾちゃんトージョちゃん
「……ってのが、俺が聞いてる内容だ、です。」
彼に“別に敬語じゃ無くていいよ”と言いながらも、俺は思わず唸る。
案の定、彼は“もしも相手が強いとか良い武器を持っているとわかった場合やヤバいと思った場合は、仲間に引き込むフリをして拠点で襲え”という指示が出ていたらしい。
その為の通信用として小さな通信機を全員持たされているとのことだ。
「でも、コレを教えちゃうと君も危ないんじゃねぇか?」
ふと思いつき聞く。
コレを俺に教えた以上、彼はもう仲間の元には帰れない。
この手の組織で裏切ればどうなるか、彼の方がよく知っているだろう。
「いや、遅いかも知れないんスけど、さっき殺されかけてわかったッス。
俺、やっぱアイツらと一緒にいるのはもう無理ッス。」
何でも松阪君は、こうなる直前位に彼等の仲間になったらしく、以前からの付き合いと言うほど濃い付き合いは無かったらしい。
他の奴等はこうしてよそ者を捕まえて殺し合わせることに愉悦を感じていたが、結局彼はずっと馴染めなかったらしい。
貴重な生き残り同士で助け合わないと、後は破滅が待ってるだけなのでは?と、常日頃感じていたとの事だ。
「……なるほどねぇ。
んじゃあ、えーと、松阪君だったか。
ちょっとあの子、東所君って言うんだが、彼を助けて埼玉のさ、彼の地元に行こうと思ってるのよ。
……一緒に来ない?」
ダメ元で誘ってみると、彼はアッサリと“あ、良いッスよ”と承諾してくれた。
お互い、改めましてとばかりに笑いながら握手を交わす。
新しい仲間との旅立ちだ。
なら、“後顧の憂い”は、取り除かなくちゃなぁ。
「タゾっさん、メッチャ悪い顔してますよ。」
俺はニヤリと笑うと、彼と打ち合わせを始めた。
「……すいません、その回想シーンだと、何で田園さんとそちらの方が裸なのかが解らないんですが。」
むぅ、東所君め、中々良いツッコミをするようになった。
「キミ全裸、そのネタ羨ましい、俺達、負けられない。オーケィ?」
「いや全然オーケィじゃないです。」
東所君が射殺すような眼差しでこちらを見ているが、お構いなしに手槍を投げて別の感染者の頭部に突き刺す。
「次っ!」
「どうぞッス!」
松阪君から手槍を受け取り、股間を強調したフォームでまた投げる。
程なくして、全ての感染者は頭から物干し竿を生やしてその場に倒れることになった。
「グググ……テメェ松阪!裏切ったのか!」
「但馬のオヤジ!こんなのは間違ってますよ!
俺が惚れ込んだオヤジは、こんな下らねぇ事をするような奴じゃ無かった!」
「クソッ!おい神戸、米沢、誰かいねぇか!
もうどうでも良い、感染者全部解放しちまえ!
アイツら、ぶっ殺せ!!」
俺は最後の手槍を松阪君から受け取ると、リズムを取るように石突きで廃車の屋根を叩く。
「来たりて取れ!!」
「うるせぇ!全裸で格好つけてんじゃねぇ!!
……オイ、誰かいねぇのか!!」
いやぁ、1度やってみたかったんだよね、これ。
全裸で槍持ってるって言ったら、やっぱコレだよな。
スリーハンドレッドとか名作だけどなぁ。
まぁ、このオッサンにはウケは悪かったようだ。
ついでに案の定、東所君からは“何です、それ?”と言われてジェネレーションギャップ的なダメージを受けるが、今はそれどころではない。
そろそろ、舞台の幕開けかな?
「キャアアァ!!何でいるのよコイツら!!」
「おい、誰だこっちに解放した奴!!
よせっ!止めろ!俺は但馬の……。」
校舎内が騒然とし出す。
若い衆だろうか、噛みつかれまいと窓から身を投げ、地面に激突してピクリともに動かなくなる。
「止めて!キャアアァ!!」
「……あ、東所君、服回収しといたから、取りあえず着替えようか。」
絶叫を尻目に、改めて戦闘服に着替える。
うーむ、ネタの消化不良だなぁ。
もうちょい感染者が遅れてくれれば、向こうの反応も確かめられたんだがなぁ。
まぁ、言っても仕方ない。
こういうネタは数撃たないとな。
次回似たようなことがあったら、今度はブリーフとかで登場してみよう。
「田園さん、何かアホなこと考えてません?」
「いや?全然。
それよりもホラ、こんだけ騒いでいるとまた集団が聞きつけて来そうだからさ、早く脱出しよう。」
着替え終わり、入ってきた門から出ようとしたところ、松阪君が手招きをしていた。
「こっちッス。
こっちに鍵付けっぱのランクルがあるッス。」
おぉ、ナイス松阪君。
松阪君に案内して貰い、先ほど感染者が出て来たゲートを抜ける。
ゲートの反対側の金網を開けて駐車場に向かうと、中々に大型のランドクルーザーが鎮座していた。
「おぉ、いいねコレ。
んじゃあ、さっきのコンビニに行ってバイクから物資回収したら、さっさとおさらばしようぜ。」
感染者が増えつつあったが、迂回路を松阪君が知っていたので大きく迂回して物資を回収、無事に脱出することが出来た。
遠目にチラとあの小学校の辺りを見たが、山のような感染者の人だかりが出来ていた。
アレではどうあがいても中の人間は全滅だろう。
「でも松阪君、コレで良かったのかい?」
我ながら酷な事を聞いているな、とは思ったが、何となく口から出てしまった。
言ってしまった後で、少し後悔する。
それでも、松阪君は明るかった。
「まぁ、オヤジが俺を拾ってくれたことには、今でも感謝はしてるんスけどね。
でも奥さん死んで、あの変な娘の言いなりになって狂っていくオヤジを見るのも、もう辛かったんスよ。
正直、いつオヤジが俺達を殺すんだろうと、ずっとビクビクしてたッスから。」
松阪君にタバコを渡し、火を付ける。
一息吸い込むと、窓の外へ向かい煙を吐き出す。
「だから、俺はコレで良かったと思ってますよ。
きっとオヤジとお嬢さんは、奥さんが死んだときに、一緒に死んでたんスよ。
いや、そう言う意味ではアイツらもそうッスかね。
俺はこの数ヶ月間、亡者と一緒に過ごしてたのかも知れないッス。」
死人が歩き、生きている人を襲う。
生きている人間同士でも、殺し合う。
確かに、そこにそんなに違いは無いのかも知れない。
あるのは無差別に襲うか、選んで襲うかの違いくらいか。
俺もタバコの煙を窓から外に吐き出す。
そう言えば東所君が大人しい。
“どこか怪我してるのか?”と聞いても、生返事だ。
よくあるのは噛まれたことを黙ってるパターンだが、そんな様子はない。
俺達のそんな様子を見た松阪君が、何かを思い付いたように目を開く。
「坊や、そんなに落ち込まなくても良いぞ!
ちんちんは直ぐに大きくなる!
今は小さくても、悩むようなことじゃないぞ!」
「そんなんじゃないです!!」
その後もそんな調子で、東所君が膨れながら何かを言い返せば、松阪君が大笑いしながらそれに答え、俺が茶々を入れる。
先程まで車内に纏わり付いていた暗い空気は、いつの間にか吹き飛んでいた。




