123:感染魔境2 田園MARU
「……なるほどねぇ。」
近くに落ちていた小枝をナイフで削りながら、捕縛した男から話を聞いていた。
小枝は丁寧に節を削り、先端を削り、竹串のような形状を目指しながら削る。
取りあえず5本程作り上げる事が出来た。
この男から聞いた話では、あそこの学校エリアは逃げ延びてきたヤクザモノ達が立てこもっているそうだ。
隣の中学校には太陽光発電システムがあるらしく、彼等が生活に使う電気を賄うくらいは出来ているらしい。
そこで根城を中学校側にし、俺達の様なよそ者が紛れ込んできた時に使う“イベント”用に、小学校側を改造しているとの事。
どうやら、東所君は彼等に捕まったようだ。
小学校近くの公園で様子を伺っていた彼を、俺にしたのと同じように騙して捕まえたらしい。
彼の口から“コンビニにもう1人の仲間がいる”と聞いていたことから、付近を探していたところ俺を見つけ、同じように騙して捕まえようとしたらしい。
「な、なぁ、頼むよ!
俺ももうアイツらにはついて行けねぇと感じてたんだ!
もうアイツらとも関わらないしアンタ等にも手を出さないと誓うからさ!助けてくれよ!」
俺がニッコリと笑うと、コイツも釣られたように愛想笑いを浮かべる。
「そうだなぁ、君が“本当のこと”を言ってくれてるならそれでもいいんだけど、今の話が本当かどうかわからないしなぁ。」
作った竹串を一本持ち上げ、彼に見えるように揺らす。
「子供の頃さ。」
竹串の尖った先を指先で確認しつつ、話題を振る。
何を言われているのか解らなかったようで、愛想笑いのまま、頭の上に“?”マークが出ているのがわかる。
「子供の頃さ、和室で遊んでいたりすると、畳の井草がさ、爪と肉の間に刺さった事とかあるかい?」
何を言われているのかわからない、いや、解りたくないと言う本能が働いているのだろうか。
“は?”と言ったきり、彼の表情が止まる。
「このまま君を放しても、君が逃げようがお仲間の元に帰ろうが、それはそれでどっちでも良いと思うんだ。
ただ、これから僕は君から伝えられた情報で動かざるを得ない。
でも君から伝えられた情報が正しいのかどうか、今のままじゃ僕は判らない訳だ。
ならさ、それが本当かどうか、ちゃんと君の体にも聞いてみないといけないよね。」
削った串を握りながら、彼に近付く。
“嘘は言ってねぇって!”“待って!”と、喚いている彼の、後ろ手に縛り上げた腕を掴む。
彼の爪辺りに串をコンコンと叩くように当てると、必死に手を握って爪を出さないようにしながら、“マジで知ってること話してるって!”と身をよじりながら抵抗される。
う~ん……。
この反応と焦り方、割と迫真だなぁ。
別に訓練されているわけでもない、この間まで一般人で仲間に引いてるとしたらこんな反応かなぁ?
そう悩んでいると、近くに何かが投げ込まれる。
爆弾かと思い、即座に捕まえていた彼を盾にして伏せたが、投げ込まれたソレは爆発物は爆発物でも、束ねられた爆竹の塊だった。
一瞬の静寂の後、無数の爆竹が激しく爆発しだし、騒音を立てる。
「う、嘘だろ……。アイツら、やりやがった。」
縛り上げられた彼が、何かを察して絶望する。
“今すぐコレをほどいてくれ!”と騒ぎ出す。
少し離れた所から、感染者とおぼしき奇声が聞こえる。
「何だ?逃がした奴等か?
アイツらは何をしたんだ?」
「このままじゃヤバいんだって!
アンタの手伝いでも何でもするからさ!助けてくれよ!まだ死にたくねぇ!」
ん?今何でもするって以下略。
そのあまりの迫真の表情に、仕方なしに手足の拘束を外してやる。
あまり時間は無さそうだ。
起き上がった彼は、“とにかく上へ!見付からない位置に!”と言いながら、急いでアパートの壁を上る。
俺も合わせてベランダを伝い配水管を伝って、先ほど物資を纏めていた会社員さんの部屋のベランダに転がり込む。
その直後に、ベランダの格子から下を見ると、感染者の1人が爆竹がなっていた辺りにたどり着いていた。
その感染者の頭をよく見ると、カタツムリの触覚のようなモノが無数に突き出ていてかなりグロい。
鳴っている爆竹の辺りで手を振り回しながら奇声を上げており、その声に釣られて他の感染者もゾロゾロと集まっていた。
「……あれが、この辺の感染者を束ねているリーダー格っぽいんだよ。
普段は決まった順路を周回しているんだが、ああやって音で誘導してやると集団で着いてくるんだ。」
多分アンタには勝てないと踏んで、さっき逃げた二人が誘導して連れてきたんだろうな、と付け加えていた。
なるほど、アレが異常進化した個体って奴の1つか。
ここの個体は集団を引き連れるリーダー的な進化をしたって事か。
ウイルスは環境に合わせて変化する。
多分、この騒ぎが長引けば長引くほど、こういう変化をする個体が増えてくる訳か。
マジでクソ面倒くさい世界だな。
感染者の群れが引くまでの間、他の情報も聞き出す。
あの異常個体を見つけたのも彼等のリーダー的な存在の娘、彼は“オヤジのお嬢さん”と呼んでいたが、その少女が見つけたらしい。
そのお嬢さんとやらは残酷なゲームが大好きらしく、こうして寄ってきたよそ者を捕まえては、お互いを殺し合わせるゲームをやらせているらしい。
少し前には夫婦を捕まえて、生き残った方を助けると言い互いに殺し合わせ、生き残った奥さんを感染者の群れに放り込んで、楽しんでいたそうだ。
その前は3人家族だったらしく、“防衛戦”と称して子供を縛り付け、押し寄せる感染者から子供を守らせる遊びをしていたそうだ。
両親が必死で守るも力尽き、最後は噛みつかれながら泣き叫ぶ子供の声が耳にこびりついて離れない、と、彼は言っていた。
「なるほどねぇ。
まぁ、大体わかった。」
俺は部屋に隠していた荷物から、何食か分の食料と水の入ったペットボトルを纏め、見つけていた小型のリュックに詰める。
ついでに缶切りと片手鍋、箸も付けてやるか。
「ほらよ、色々見つけてたからな。
お前にはコレやるよ。
まぁ、この感染者の群れに襲われて死んだと思われただろうし、後は好きに生きろよ。」
リュックを放り投げると、驚いた表情で彼は受け取る。
「な、……アンタ、俺を見逃してくれるのか?」
“まぁ、色々教えて貰ったからな。”と返すと、下を向いて何かを考えている。
まぁ、もう会うことも無いだろうし、ソレよりもこれから襲撃の準備をしないとだ。
ベランダに出て、2本の物干し竿を回収する。
先端に包丁をあてがい、ビニールテープでガッチリと固定する。
これで即席の手槍2本だ。
「なぁ、俺、松阪って言うんだ。アンタ、何て名前なんだ?」
彼が不意に名を聞いてくる。
まぁ、恩人の名前を覚えておく、みたいな感じか。
「あ、あぁ、俺は田園だ。
松阪君、異常進化してる感染者も増えてくるだろうから、充分気を付けるんだぞ。」
そのまま、隣の餓死していた女性の部屋からも、物干し竿を2本回収してくる。
同じように先に包丁をくくり付ければ、また手槍の完成だ。
「田園さん、俺、アイツらやっぱおかしいと思うんだ。
アンタがあの子助けるっつうなら、何か俺にも手伝わせてくれねぇか?
いきなりで俺のこと信じられねぇってんなら、囮でも何でも好きに使ってくれよ。」
“それに、このまま逃げても楽しくねぇしな”と、照れたように付け足す。
松阪君のこの反応は予想外だった。
本音を言えば、“信じられない”という気持ちもある。
これも奴等の仕込みで、土壇場で裏切られるかも知れない。
目を閉じ、深呼吸をして考える。
俺はどうするべきか。




