121:THE 田園
東所君と別れると、すぐに近くのアパートを物色する。
入口側を確認し、外側を確認する。
(まるっきり泥棒の手口だな。)
そんな考えが頭をよぎり、つい自嘲気味に笑うと、柵に上りベランダ側の外壁に手をかける。
2階の端から侵入し、手当たり次第に物色予定だ。
ゴミだらけのベランダに侵入し、チラと窓から中を覗くと、薄暗がりの中フラフラと揺れ立っている人影が見える。
深夜に出会ったら失禁出来る自信があるくらいのホラーだ。
窓ガラスに手をかけると、鍵はしていなかったようだ。
カラカラと窓が開く音に反応し、呻き声と共にこちらに歩き出す。
「ちょっと遅かったね。」
感想と共に頭を叩き潰す。
頭だけで無く、ポキリと言う音と共に足の骨も折れた。
全身を見ると、殆ど骨と皮だけのように痩せ細っている女性だ。
(この事態が発生して、恐ろしくて外に出られずにそのまま餓死、って感じだろうか?)
だとすると物資は期待出来ない。
案の定、そっとダイニングや寝室を調べたが、食料系の物資は殆ど無い。
しまっていて忘れてしまったのかキャンディバーが1本あるだけだった。
“1本満足!”みたいな売り文句で元アイドルが宣伝していたようなヤツだ。
“まぁ、これも戦利品には変わりないか”と思いながら頂戴すると、女性感染者をベッドに運び、彼女の両手を胸前で組ませる。
手を合わせて“ナンマンダブ”と拝むと、次の部屋に移るべくベランダ越しに隣の部屋に移動する。
こちらはパッと見、留守にしていたようだ。
遮光カーテンの先からでも、整頓された室内が見える。
メイスの先端部分で、鍵穴近くのガラスに半円を描く様に何度か引っかく。
引っかいた線を中心に、コンコンと軽く叩いていく。
2周した辺りで、ガラスがコトンと室内に落ちる。
空いた穴から手を伸ばし鍵を開けると、静かに侵入する。
ここの住人は戻ってこなかったようだ。
室内をくまなく探したが、ベッドが多少乱れているくらいで他におかしな形跡や感染者がいる事は無かった。
ホコリっぽくなっている以外は、完全に当時のままなのだろう。
ベッドが乱れていて、脱ぎ散らかされた寝間着。
ゴミ袋に入っている冷凍食品の袋に、流しの中のステンレスボウルには乾いた汚れた箸と茶碗。
色々と想像を巡らせながら、少しだけホッコリする。
置いてあるモノや部屋の雰囲気から、若めの男性会社員、という感じだろうか。
慌てて起きて着替えて、冷凍食品で朝食を済まして、帰ってきたら洗い物をしようと水につけ置いてから家を飛び出した、そんなところだろうか。
……そうしてこの騒ぎに巻き込まれて、遂には帰ってこれなかったんだろうか。
そう思うと急に寂しさがこみ上げてくるが、今は哀悼の意を示しているときじゃない。
戻ってきていなく、荒らされていないなら買い置きがあるはずだ。
アレコレ漁ると、それなりに出て来た。
この部屋の住人、ハードな職場なのか買い置きが結構あった。
まだ賞味期限内のパックご飯なども見つかり、かなりホクホクだ。
ついでに、趣味なのかナイフの類いも結構見付かった。
……投げナイフの的、だろうか?
大きめのダーツボードに、彼の上司?と思える男性の顔写真が貼ってあり、至る所にナイフの刺し傷とダーツが刺さっていた。
「……ま、まぁ、仕事って大変だもんね。」
色んな意味で、彼が今安らかであることを祈るばかりだった。
その後も、時に感染者がいて、時に感染者がいなかったが、このマンションではそれなりの物資を回収できた。
かき集めた物資を束ねつつ、先程の男性会社員の部屋に全てを置く。
ここが1番、部屋の状態や物が少なくて、集めた物資を収納するのに丁度良かった。
集めた物資の一部をリュックに詰め、残りの物資からまた一部をバイクに纏める。
後の物資は先ほどの部屋に隠してある。
他の生存者がいる以上、何処か一カ所に集めっぱなしは危険だろう。
気を取り直して次のアパートに侵入する。
先ほどと殆ど同じ手順で、今度は最上階から攻めてみようと上りきってベランダに着地したときに、下で何かが動いたように見えた。
(ん?感染者か?)
折角の移動手段であるバイクを壊されたらたまらない。
即座に屋上からの配水管をつたい、下に下りる。
バイクの近くに、腹部のシャツを真っ赤に染めた男性が、ヨロヨロとこちらに近付いてきていた。
「た、助けて下さい……。」
それを見て、無言で腰のベルトに挿していたリボルバーを取り出す。
「動くな。……それ以上近付けば撃つ。」
尚も“助けて”と言いながら近付こうとしていたので、撃鉄を起こし、狙いを定める。
「立ち去るなら見逃す。5秒待ってやる。
5……4……3……。」
カウントダウンをしだすと、尚も近付こうとしたのでそのまま腹に1発撃つ。
火薬の乾いた音と共に、目の前の男性から、“今度は本当に”腹部が弾け飛び、出血しながらその場に崩れ落ちてうめき出す。
「な?実際腹に傷が付いてると、そんなに元気にしてられないだろ?」
「野郎っ!」
すぐ近くの物陰から、コイツの仲間らしき奴等が飛び出してくる。
すぐさま銃を腹のベルトに差し込みつつ、呻いている奴の方にステップで飛ぶ。
足をそのままに180度旋回、右前の構えを取る。
(障害3、銃無し。)
一番前の奴は日本刀らしきモノを振りかぶり、走ってくる。
その後ろを遅れて二人、ナイフらしきモノを手に後に続いてくる。
「大振りだな。」
ステップで前に詰めつつ、右拳の直突きで刀持ちの顔面に一撃。
“おぷぇ!”とよくわからない悲鳴を上げながら、後ろに仰け反る。
殴った反動を利用して後ろにステップすると、すぐさま右前足に体重を乗せ、旋回からの後ろ回し蹴りで刀持ちの腹を蹴り抜く。
“ぐひょ!”という、またよくわからない悲鳴を上げながら後ろに吹き飛ばされ、後続の二人にぶつかりコントのように、全員その場でもつれて倒れてくれた。
また腹のベルトから銃を抜き、構える。
「次は誰が怪我人の真似事をしたい?」
無事だったナイフの二人組が、悲鳴を上げながら逃げ出す。
一瞬だけ“撃った方が面倒が無くていい”と思えたが、そこまで無情にもなりきれなかった。
顔面を殴った、伸びてる奴から日本刀を回収する。
見れば鍔のない、いわゆる長ドスと呼ばれているモノだ。
近くに放り捨てた木の鞘を拾い上げてしまう。
他に持っていないか調べたが、もう武器の類いは無さそうだ。
用が済んだのでベルトやシャツを使って手足を縛り、もう1人の腹を撃った方に向かう。
こちらは虫の息だ。
荒い呼吸はしているが、既に意識も無い。
介錯してやっても良いのだろうが、そこまでの義理も無い。
放置し、改めて縛った方に向かい、顔面を何度か叩く。
「オイ、いい加減起きろよ。」
ビクリと体を震わせると、意識を取り戻す。
「あ、あ、スンマセンスンマセン!助けて下さい!!」
コイツは例の学校に立てこもってる一員だろうか?
あまり気は進まないが、尋問ロールといこうか。




