120:感染者ハンター田園 遠き呼び声
快適なバイクの旅だった。
あの後、恐らく国道17号線に出ることが出来たらしい。
点々と事故車があったりはしたが、完全に道を塞ぐようなことにはなっておらず、道中の感染者達もそこまでの数はいなかったため、サクサクと先に進むことが出来た。
道路上の案内標識で、進行方向がさいたま・巣鴨方面と把握する。
どうやら今俺達が走っている17号線と、本駒込に向かう301号線の合流地点のようだ。
“このままもう少し行けば、荒川辺りに出る感じかなぁ~。”とボンヤリ考えながら静かにバイクを走らせていると、右手にまた家族マートが見えた。
幸い、通りを歩く感染者の姿は見えない。
“そろそろ休憩にするか”と思い、スピードを緩める。
「どうしたんですか?」
「慌てて出て来たからさ、ちょっと一旦そこのコンビニで止まろう。
荷物の積み直しや物資漁りとかしようか。」
道路に面した駐車場にバイクを乗り入れ、停車させる。
バイクの二人乗りは意外に疲れる。
東所君も後部座席から下りると、大きくのびをしていた。
“しかしあのオタク君はデカかったなぁ”等と適当な雑談をしながら、バイクにくくり付けた荷物をほどき、整理をする。
コロンビ……いや正解時に両手を上げたポーズをしたくなるようなメーカーのリュックサックを見ると、アチコチ焦げたりほつれたりとダメージはあるが、まだまだ大丈夫そうだ。
中にある元の世界の通勤鞄もスーツも無事だ。
その他替えの衣類にワイヤーカッター、防災用品も兼ねたアウトドアグッズと小型テント一式も無事だ。
いや改めてみても、バイクにくくり付ける量じゃ無いな、これ。
そして肝心の、食料が心許ない。
見立てで後1~2食分位しか残ってない。
「ちょっと食料をこの辺で探そうか。
このコンビニに無ければ、近くの民家にお邪魔しようか。」
正直、民家の中はあまり入りたいと思わない。
超至近距離の接近戦をやらされる事になるだろうし、何処に潜んでいるか想像が付かない。
かなりの緊張を強いられるだろう。
「そうですね……。
このコンビニで揃うと良いんですが。」
東所君も同じ気持ちらしい。
ただまぁ、外から見ても解るくらい店内は荒らされている。
望みは薄いだろうなぁ、とは思いながらも、荷物をもう一度バイクにくくり付けながら潜入の準備をする。
「いよし、そんじゃまぁいつも通り内部の安全確保と行こう。
俺先行するから、2メートル後ろな。」
東所君がスリングライフルを構えながら頷く。
俺もメイスを手に持つと、静かにガラスが割れた入口から侵入する。
中に入って、既視感を覚える。
街ヶ谷だったか。
あの店に入ったときと同じように、商品棚からは“綺麗に”商品が無くなっていた。
慌てて掴んでいった感じでは無い。
もっと言うなら、ある程度のゴミは通行の邪魔にならないように端に避けてある。
確実に、災害発生後に人の手が入っている。
棚には食品はおろか電池の1つに至るまで全て無くなっている。
俺は手信号でバックヤードに進むことを伝える。
東所君も頷き、そのまま静かに後を付いてくる。
「結局、何もありませんでしたね。」
東所君が残念そうにそう呟く。
バックヤードの倉庫も何も無ければ、従業員の控え室にも何も無い。
いや、テーブルの上にこの辺の地図帳が1冊あったが、めぼしいモノはそれくらいだ。
本当にハサミの1本すらない。
まるでこれから荷物が搬入されて、新規開店前の様な有り様だ。
これは流石に参った。
ただ同時に、この近所に誰かがいる事も認識できた。
出来ればもめ事になる前にここから離脱したい所ではある。
「東所君、取りあえず近所の何件かを覗いて、何も無さそうなら日が落ちる前にここから移動しようか。」
東所君は意味がわかってないようだが、“まぁ、田園さんが言うなら”と言う感じで、特に異論は無いようだ。
「あ、そう言えばさっきトイレにこんなのがありましたよ?」
東所君がトイレに行きたいというので、まぁここは全部見たし安全だったので行かせていたが、その際に貯水タンクの中に封をしたボトルが入っていたのを見つけたらしい。
貯水タンクに水が溜まっていれば飲み水としても使えるし、溜まっている分だけなら水も流せると話しておいたから、用を足す前にチェックしていたらしい。
軽い気持ちで伝えていたが、やはり子供は素直に知識を吸収するんだなぁ、確かに変なこと言えないよなぁ、と、何となく教育の難しさを肌で感じながら、受け取ったボトルを開ける。
プラスチック素材のボトルで飲み口が広いストレートタイプ、容量がそんなに入らないけど“バックの中にスマートに入るマイボトル”みたいな売り文句が付きそうなボトルだな、と思いつつキャップを開く。
“この手紙をひろわれた方へ
わたしたちは、かごまち小学校につかまっています
たすけて”
恐らくは子供が書いたモノだろう。
字が不揃いで、不格好だ。
東所君と二人、顔を見合わせる。
「厄介だな。」
「何がですか!?
あのスナイパーの人みたいに、悪い人が何かしてるじゃないですか。
助けないんですか!?」
“真っ直ぐだなぁ”と思う。
こんな純真な心は、俺は失ってしまったなぁ。
そんな年寄り臭い事を考えながら、見た手紙を元通り折りたたみ、ボトルに詰める。
「いや、助けない。」
ボトルを東所君に放り、元の場所に隠しておくように伝える。
受け取った東所君は、不満を顔に出していた。
「何でですか!
困ってる人がいるんですよ!
僕らなら助けられるかも知れないのに!」
俺は何も言わず、タバコに火を付ける。
このタバコも、もうすぐ無くなりそうだ。
「下らんことかも知れんがね。
どうも引っかかる。
その手紙、文字は確かに汚いが、走り書きの様では無さそうだ。
手紙の折り目もしっかりしてる。」
「それが何だって言うんで……。」
人差し指を立て、東所君の言葉を遮る。
「トイレの貯水タンクに入れるのは人目を隠すためだろう。
小学生位の子供が、大人の監視の目を盗み、たまたまあった紙と書くものとボトルを使って、トイレで慌てて書き、ボトルに詰めて貯水タンクに入れた、そう言う流れに見える。
だが、だとしたら走り書きで無いのが気になるし、丁寧に四つ折りされているのも気になる。」
この手紙の主は筆圧が強そうだ。
それでも、慌てている状況で急いで書けば、何かしらのかすれや誤字、破れなど、焦りの状況が見える痕跡があるはずだ。
だがこの手紙にはソレが無い。
予め準備しておいて、狙ってここに入れたように感じる。
ソレがどうにも引っかかっていた。
まぁ、よしんば予め準備しておいて、隙を見て貯水タンクに入れたとしても、ちょっと監視がザル過ぎやしないか?とも思える。
貯水タンクは陶器で出来てるんだ。
動かせば硬質の音が立つ。
カチャカチャゴソゴソしてたら、普通は気付くだろう。
第一、こんな何もかも持って行ってるのに、何でその時は書き置きを残せる物資があったんだ?
それとも、物資を持っていくかなり最初の方で、書き置きを残していたのか?
「それに、誰かを助けたとして、俺達にその人達を運ぶ手段が無いぞ?
助けておいて、この感染者パラダイスに放置して“じゃ、僕ら先急ぎますんで!”って言って後は放置するのか?」
人が増えれば物資がかさむ。
移動手段も必要になる。
ここがゴールなら改めて考えても良いが、まだ目的の途中だ。
危険な要素は極力排除したかった。
「……!!
もういいです!!
なら、僕が助け出します!!」
“待て、落ち着け”と言いながら、走り出しかけた東所君の腕を掴む。
仮に助け出すにしても、感情のままに動くのはあまりにも無謀だ。
そう伝えたが、彼の決意は変わらなかった。
「僕は、僕は助けてくれたのに!」
泣きながらそう叫ぶ彼の顔を見て、俺は思わず手を緩めてしまった。
その隙に駆け出す彼の後ろ姿を見ながら、タバコを揉み消し、歩いて彼の後を追う。
店を出ると、東所君は止めたくバイクからベアリング弾の予備を取り出していた。
「オイ、東所君。」
「止めても無駄ですよ。
田園さんが助けてくれなくても、僕が助け出して見せます。」
俺はため息と共に、背中に隠していたサバイバルナイフを鞘ごと取り外し、彼に放る。
「やってみろ。
俺は近隣の物資を漁ってから、後で追いつく。
助けた人達が腹減らしてたら、それはそれで可哀想だろ。」
少し驚いた顔をしていた彼だが、すぐにサバイバルナイフを太股にくくり付けると、“先に行ってます”と言い駆け出す。
「何でぇ、いっちょ前に男の顔しやがって。」
苦笑しながら、先程控え室で拾った地図帳をめくる。
効率上げるために、アパートかマンションを狙うか。
彼の背中を見ながら、もう1本タバコに火を付けた。




