116:冷静と情熱の間で揺れ動く
マキーナから告げられた内容は、中々にショッキングなモノだった。
しかし同時に、“なるほど”とも思う。
俺の体が感染しないようにフル活動中だから、変身能力が発揮できないわけだ。
では尚のこと、この世界での俺は“年齢よりはちょっと健康な40代のおっさん”と変わらないだろう。
「だからつまりは、ウイルスには既に全員感染してるけど、体内に入った程度では発病はしない。
生ける屍化させるキーは、“血中にウイルスが侵入すること”って事で間違いないのかね?」
<恐らくは。それと“感染者が死亡すること”も含まれるようです。>
詳しく聞くと、今回の騒ぎの最中、外傷のない、心不全で亡くなった人を搬送中に、突然起き上がって看護師が噛まれたという事例もあるらしい。
ここまでの情報を総合すると、既に皆ウイルスが体内に存在している状態である。
ただ、宿主が生きている間は悪さをしないが、死ぬ事がトリガーとなって発病する。
また、噛まれるなどして血液に直接侵入された場合は、生死を問わず発病する。
こういう所だろうか。
マキーナも、それ以上の情報は拾えなかったらしい。
まぁ、全世界がこういう状況だ。
細かく研究している機関がどれだけ残っているかも不明な事を考えれば、これでもかなり情報を拾えた方だろう。
「そういや、コイツらがどうやって俺達を認識しているかはわかったか?」
<勢大も気付いていると思いますが、やはり大部分は“音”のようです。
ただ、これは鼓膜等では無く、全身で感知しているようです。
また、まだ不確定ではありますが、ある程度近付くと“目”に該当する器官も備えているようで、人体の両眼以外の所でも見ている節があります。>
なるほどなるほど。
これを知っておけば、かなりのアドバンテージになるはずだ。
少なくとも、“音”だけに注意するだけでなく、知覚されてしまったら顔で見られていなくても“見られている”という注意が必要なことがわかった。
これは大きな情報だ。
<これも不確定で確証の持てない情報ではありますが、ウイルスが変異しだしたのか“特殊個体”の様な存在がいるようです。
筋肉が壊れるまで走る個体であったり、異常な膂力でバリケードを破壊する固体など、他とは少し違う個体も現れ始めている様です。>
でたよでたよ、最初ゾンビ物かと思っていたら、途中から何かよくわからない生体兵器みたいなのが敵に出てくるパターンか。
あるいは何体かの感染者を束ねる“ぶれいん”的な頭脳何たら人かな。
幸いにもまだそれに出会ってはいないけど、そう言うのが現れた時に超常の力が使えないのは厳しいなぁ。
まぁ、無いものを考えても仕方ない。
それにあの時のメッセージ、“心に従え”とはどういう事かもまだわからない。
今は取りあえず、東所君のやりたい事を優先してやらせるしかないだろう。
今いるのが東京ドーム辺りだから、元の世界なら車で1~2時間位あれば東川口の辺りには着くんだが。
やれやれ、中々すんなりとは進まないモンだ。
そこまで考えて、“そう言えば東所君の事を詳しく聞いてなかったな”と思い出す。
彼はおぼろげながら前世の記憶があるようだが、何故こういう世界を創造しているのかがわからない。
今までのやり取りからも、少しマセている少年、という感じしかしない。
何がトリガーとなってこういう世界にしているのか、何処かで聞き出さなければだな。
ここに転生してきている彼はまだ圧倒的に若い。
確か今、中学生位だったか?
……あれ?小学生だったっけ?
いかんな、年取るとあんまり重要じゃなさそうなことって、覚えなくなるんだよなぁ。
ため息をつきながら死体から離れ、立ち上がる。
そろそろ交代してもらうか、と考えながら東所君の寝ている所に向かったときに、銃声が聞こえた。
東所君も浅い眠りだったのだろう。
飛び起きると、俺と目が合う。
「田園さん、今のは。」
「わからん。音を出すなよ。」
足音を忍ばせながら、窓際に貼り付く。
恐らく2つ下、4階の割れた窓から銃口が突き出しており、マズルフラッシュの光と共に銃声が響く。
街から灯りが消えた事により、月明かりでもある程度は見える。
しかも強力なフラッシュライトを使っているのか、俺達にも逃げる生存者がハッキリと見えていた。
親子だろうか?
今の俺達と同じ、中年の男性と子供が逃げている。
ただ、中年の男性は腹から下を黒く濡らし、緩慢な動きになっている。
それを、子供が必死に引っ張りながら逃げているようだ。
恐らくはあの中年男性、1発貰っているのだろう。
「イェ~!!
ん~50ポインツッ!!」
ここまで聞こえる程の大声で、例のスナイパー氏が叫んでいる。
「ハッハァ~!!どうだ悪党めっ!!
散々俺様を驚かせた罰だっ!!」
どうやら、俺達でない生き残りがまだいたようだ。
そして運悪く、俺達の代わりに狙われてしまっているのだろう。
また1つ銃声が響き、中年男性の右ふくらはぎが弾ける。
少年が泣きながら何かを叫び手を引くが、それは返って感染者を呼び寄せる逆効果だ。
「助けないと!」
「ダメだ。」
飛び出そうとする東所君の腕をガッチリと掴む。
東所君は怒りに満ちていた。
「ダメだ。
今あの親子を助けに行っても、俺達も同じ事になる。
下のスナイパー氏を止めに行っても、運が良ければ無傷で倒せるが、運が悪けりゃ俺達も死ぬ。
ついでに、あの親子はそれでは絶対に間に合わない。」
「ッ!!それでも!!」
少しの間睨み合い、そして東所君から力が抜ける。
彼も解っていたのだろう、俺達には今見ることしか出来ないことを。
「俺達はスーパーマンでもなければチート主人公でもない。
出来ることしか出来ない、人間なんだよ。」
「わかってます……!!わかって……ますけど。」
東所君がしがみついてきて、声を押し殺して泣いていた。
ジャケットの下にはアルミ板を仕込んであるから、固いだろうな、等と余計なことを思いながら、抱擁してやる。
子供は体温が高い。
冷えた俺の心も、その熱で温められているようだった。
やがてもう一度銃声が響き、中年男性の頭が弾けた。
それを間近で見ていた子供は、膝から崩れ落ちながらも、飛び散ったそれらを必死にかき集めている。
やがて両手にそれらを抱えながら、遂には感染者に囲まれ奇声を上げていた。
……精神が耐えられなかったのだろう。
「フゥ~~!!100ポインツッ!!
オマケにショタリョナで1,000ポインツッ!!
フゥッ!!」
耳障りな罵声、大笑いする声が聞こえる。
腕の中で東所君は震えていた。
これは恐怖では無く、怒りか。
俺はただ冷静に、食われていく少年を見ながら、襲撃策を考えていた。




