115:未知との遭遇
「ブフゥ、ブフゥ……、クソッ!クソッ!
奴等侵入して来やがったか!?」
非常階段の扉から出て来たその男を見て、危うく笑いそうになってしまった。
ゆで卵に手足が生えているような、見るからに太っちょの男が、下の階から急いで上がってきたのだろう。
汗だくで湯気を立てながら、非常階段の扉から出て来た。
服装もバンダナに釣り用ベスト、指ぬきグローブと、中々に役満だ。
後はエロゲーの紙袋を持ってリュックを片方だけで背負って、ついでにリュックからビームサーベルが飛び出ていたら三倍満って所だな。
ただ、そんな彼の手にあるのは黒光りするライフルだ。
あの形状は“後ろに立つと男女問わずぶん殴られる”事で有名な男爵も愛用している、アメリカ軍の正式採用銃、M-16だろう。
セレクターで単発から連射まで可能、しかも彼は引き金に指をかけっぱなしだ。
飛び出せば即座に蜂の巣になる。
ライフルを構えながら周囲を警戒している姿は中々様になっているが、警戒の仕方がザルだ。
あまり動かずにキョロキョロと周囲を見回るだけで、こうして展示物の物陰にいる俺等には気付いていない。
「い、いるんだろう!?
今大人しく出てくれば撃たないでやる!
は、早く出てこい!!」
恐慌しながら銃を構え、引き金に指をかけているその状態で言っても、1ミリも説得力が無い。
「ひ、ヒィ!」
案の定、彼の声に釣られて出て来た感染者に対し、彼は何の確認もせず、微塵の躊躇も無く引き金を引いた。
3発の発射音が響き、感染者が体のアチコチを吹き飛ばしながら倒れる。
あの銃、3点バースト付か。
面倒だな。
アメリカ軍でも、引き金を引きっぱなしにしてしまう新兵が多く、無駄弾を使わないようにと3発連射すると引き金を引き直さないと撃てない“3点バースト”という機構が採用されている銃がある。
このデ……青年、自分が無駄弾撃たないように、セレクターをそれに合わせていたらしい。
フルオートだったら全弾撃ち尽くした隙を狙って拘束しようと考えていたが、どうやらその手は使えないらしい。
「ブフゥ、クソッ、もう上に行かれたのか?
“ネスト”に潜り込まれたら厄介だな。」
そう呟くと、ドスドスと物音を立てて非常階段に戻っていく。
扉が閉まり、また駆け上がる音が聞こえなくなってから、隠れるのを止める。
東所君も俺の姿を見て、物陰から姿を現す。
「……何か、凄い人でしたね。」
東所君が呆れたような声でそう呟く。
この優しい少年に、ちょっと意地悪なことを言いたくなった。
「良かったな、未知との遭遇だぞ。」
案の定、ポコッと叩かれた。
「しかし巣ねぇ。
格好良く表現しているつもりだろうけど、アレ見ちゃうと“ゴキの巣”って感じだわな。」
東所君も同じ気持ちだったらしく、若干青い顔をしながら“そうですね”と呟いていた。
まぁあの4階非常階段辺りの惨状を見ると、中もどうなっているのか想像が付く。
とはいえこれから侵入しなければならない場所だ。
東所君は早く行った方が、と言っていたが、今日はここで一夜を明かすことにした。
タワーディフェンスなら普通は防衛側が有利だが、ここまで忍び込まれ、尚且つ心理的余裕の差を考えれば、現状は俺達の方が圧倒的に有利だ。
まずは6階の安全確保をする。
先程俺達が倒した1体と、例のオタク氏が倒した1体の他に、もう2体ほどいた。
彼も食料が探せない様なフロアは、サッと見てそのままにしていたのだろう。
ただまぁ、また探しに来たときに発見されても面倒なので、オタク氏が倒した1体以外は展示物の裏等に隠した。
その後、すぐには見付からなさそうな場所を確保すると、簡単な食事をしながら明日の侵入方法を打ち合わせ、すぐに交替で休むことにした。
俺が見張り、東所君を先に休憩にしたところ、色々と疲れていたのであろう。
彼はすぐに静かな寝息を立てていた。
その隙に、オタク氏が倒した感染者を観察する。
ここに遊びに来ていたらしき若い男性、左の首筋から顔にかけて噛み千切られた跡あり、銃弾は胴体に2発、右腕に1発、当たった衝撃か、右腕は二の腕から下が千切れ飛んでいた。
(ただ、出血が殆どないんだよなぁ。)
生きている人間であれば、もう少し大きな血溜まりが出来ていてもおかしくない。
確かに血液は水よりかは粘度があるが、それでも液体と言えないレベルで殆どこぼれ落ちていない。
まるでジェルやスライムのように、ゆったりと滴っている。
傷口に関しても、首と顔は皮膚が千切られ中の筋繊維や骨が見えているが、こちらも出血は殆ど見られない。
むしろ乾いた血が黒く固まっている。
(そう言えば、虫がいないんだなぁ。)
古い戦争の記録等を見ると、怪我をするとそこに蠅が集まり、気付くと蛆を産み付けているらしい。
あまり想像したくないが、傷口の膿等を食べてくれる効果もあるらしいので、不衛生な環境では一概に悪い事でも無いらしい。
人間が生きているときから隙を見つけて卵を産み付ける蠅が、感染者には卵を産み付けないのは不思議だ。
4階の非常階段周りのゴミ捨て場は、蠅に蚊に黒光りするGと、色々な害虫のオンパレードだった。
「マキーナ、そう言えば何か解析できたことはあるか?」
久々に一人の時間が出来たので、思い出してマキーナを呼ぶ。
<1,937通りのパターンしか推測できません。>
ははは、こやつめ。
銃ヘッドとは随分懐かしい映画が出て来たな。
んじゃぁまぁ、乗ってやるか。
「オススメのを1つ頼む。」
<カイロンは……いえ、感染者へと至る原因は、近隣大国で研究されていた生物農薬の一種が変異、人体を別種の存在に書き換えるウイルスへと進化した結果のようです。>
生物農薬、という物がある。
農作物を食い荒らす害虫だけをピンポイントで処分する、その害虫を捕食する対抗生物や寄生虫、そしてウイルスなどだ。
かの大国は広大な土地で農業生産を行う。
より効率よく、より安全な生産を行うためにも、そう言った農薬の開発は盛んだろう。
<ウイルスは人体の体液に留まり、ソレを栄養としながら爆発的に増殖します。
体内に浸透しきると、それらが1つの生物のように動き始めるようです。
多少の肉体の破損はモノともせず、元からある骨や筋肉を活用して動き、脳の食欲中枢を刺激することで増殖行動を繰り返す様です。>
あのスライムのようにドロリとした血液が本体だけど、本体では増殖以外何も出来ないから、宿主を使って移動したり攻撃したりする訳か。
あ、だから頭を破壊すると、こうして機能を停止する訳か。
「なるほどなぁ。
じゃあ、本来ならあの血液に触れるのもアウトなのか?」
<いいえ、感染経路としては血管にウイルスが侵入した場合に限られるようです。
極論をいえば、感染した物体を飲み込んでも影響はありません。
ただ、口内に傷等がある場合、そこから感染しますので推奨は致しません。>
そりゃそうだ。
推奨されても食いたかないよ。
<もう1点、この世界は既に感染ウイルスで蔓延しています。
現在生きている方々も、ある程度の抵抗力を持っていたために生ける屍に“まだ”なっていないだけのようです。
その為、命を落とした場合100%の確率で生ける屍化します。
更に、現在もこのウイルスから守るべく、私の機能が全て防御に回っていました。
その為、この世界に置いては変身機能は基本的に使えないと考えて下さい。>
マキーナの最後の言葉で、思わず絶句する。
なんつぅ酷え世界だ。




