114:20XX年宇宙の旅
煙が晴れないように祈りながら走る。
ここはビルとビルの間だ。
ビル風でも吹けば1発で晴れてしまう。
冷や汗をかきながら遅く感じる時間の中を走る。
東所君は体が小さく素早いからか、もう対面のクリーム色のビルの裏手にたどり着いていた。
「田園さん!危ない!」
振り返った東所君が声を上げる。
ガツリ、と、俺の足に何かが当たる。
煙幕で気付かなかったが、近くの軽トラックに積んであった物なのか、壊れた台車が落ちていたらしい。
「やべっ!」
躓いて転倒する。
運悪く、元々は作業員だったのだろうか?
運送会社の制服を着た感染者が襲いかかってくる。
「くっそ、このっ!」
転がり、即座に右足で首元を押さえるように蹴る。
このままだと他のが近寄ってきてジ・エンドになる。
何とか腰のメイスを抜こうと足掻いているときに、火薬の破裂音が響き、直後にビクリと感染者が痙攣し、グッタリと動かなくなった。
すぐに蹴り飛ばし起き上がり、東所君のところまで転がるようにして駆け込む。
数発地面に着弾したが、幸い俺には当たらなかった。
「だ、大丈夫ですか!?
僕、僕、もうダメかと……。」
「お、おう、この通り無事だ。
悪いな、心配かけた。」
泣いている東所君の頭を軽く叩く。
「感動のご対面はもう少し後だ、そこの扉から中に入るから、気を付けてくれよ。」
変わらず地面に着弾が続いている。
近くの扉から入る前に発砲音が続くビルをチラと見る。
随分と感染者が集まっている。
このままだと、あまり良いことにはならなそうだ。
見つけた扉は明るい緑色の鉄格子扉であり、ご丁寧に「非常時以外締め切り」の貼り紙までしてあったが、鍵は開いていた。
この事態が発生した時は、まさしく“非常時”だったのだろう。
今は開いている事に感謝しつつ、音を立てないように二人で滑り込む。
念のために、扉は閉めるが鍵はそのまま開けておく。
いつ同じ様な人が来るとも限らないし、奴等であれば扉を開けるという作業は出来ないだろうからな。
少し進むと、フロアの全貌が見える。
ついでに目に付いた、近くの非常階段にある案内図を見る。
「何か、アチコチメチャクチャですね……。」
「シッ……ここはヤバい。
そこの非常階段から上に行くぞ。」
東所君がそう感想をもらすが、フロアの至る所に感染者が見え隠れしていたために静かにするように口前に指を立てる。
この建物の1~2階はホテルとレストランらしい。
遊びに来ていた宿泊客、食料を漁りに来た生き残り、その辺の人間が散々争った後だろう。
こんな所にスナイパーは潜めないし、無理して見るべき所では無さそうだ。
案内図を見れば3階はバッティングセンター、4階はバーとスケート場、5階がボーリング場で、6階は何か宇宙に関する展示物が置いてあるらしい。
そっと非常階段に向かい、静かに扉を開閉する。
「東所君、あのスナイパーが何階から撃っていたかなんて、覚えているわけないよなぁ……?」
「そうですね……。
さっき田園さんが撃たれてるとき、最上階じゃないところだな、とは思いましたけど。」
おぉ、それだけでも充分ヒントになる!
詳しく聞けば、どうやらあの狙撃されているときに上を見上げ、いつ撃ってくるのか見ようとしたのだという。
まぁそんな達人技が出来るわけもないのですぐに視線を俺に戻したらしいが、その時ビルから突き出ていた銃らしき物と腕が見え、その上にも窓ガラス、つまりフロアがあったので直感的に“あ、最上階ではないんだな”と、思ったらしい。
“お役に立てましたか?”と不安な顔で聞いてくる東所君の頭をクシャクシャとなで回す。
「なったなった!超グッジョブだよ東所君!
なら方針は決まった!
とにかく最上階に行って、まずは頭を抑えるぞ!」
“止めて下さいよ!”と抗議の声を上げながらも、やはり役に立ったという言葉が嬉しかったのだろう。
そっぽを向いて髪をなおしているが、その頬は緩んでいた。
音を立てぬように静かに、しかし小走りに非常階段を登る。
この非常階段は何となく悪臭が漂っていたが、4階にたどり着いたときにその悪臭が強くなる。
「何か、凄いゴミだらけですね。」
辛うじて歩くスペースが確保されているが、そこにはゴミが積み上げられていた。
弁当の容器、食べカス、果ては排泄物の様な物までが、ビニール袋に入れられてアチコチに積み上げられている。
蠅や蚊のような小さい虫も大量に飛んでいる。
確か4階にはバーがあるって書いてあった。
恐らくはここだろう。
だが、今は放置して上の階を目指す。
取りあえず一息つきたい。
悪臭にゲンナリしながらも、階段を静かに上がる。
非常階段の一番上につき、鍵がかかってないことを祈りながらノブを回したところ、どうやら開いていたらしい。
これも恐らくは、あのスナイパー氏が開けていたのだろう。
「わぁ、凄いですね!」
少し進むと東所君が驚きの声を上げる。
このフロアは宇宙に関する展示が主力の、アミューズメント施設のようだ。
一瞬感染者かと警戒したが、全身銀色の宇宙人の模型があちこちにある。
確か、リトルグレイだったか。
こんな状況で無ければ、それなりに楽しい施設なのだろう。
未知との遭遇、希望の宇宙。
この状況下では、酷く虚しい展示物だ。
ただ、東所君には良い気分転換だったようだ。
興味深そうに、宇宙に関する展示物を見て回っている。
そこでやっと気付く。
このビル、電気が生きている。
展示品の都合からか全体的に薄暗いが、照明は着いているし、足下の非常灯はしっかり光を放っている。
これも狙撃手が直したのだろうか?
「田園さん、この銀色の変な人みたいな物体は何なんですか?」
考え事をしているときに、東所君がリトルグレイを指さしながら尋ねてくる。
端から見たら、俺達はどう見えるのだろうか?
父と子か、それとも親戚の子を預かった叔父さん辺りだろうか。
「地球に俺達みたいな知的生命体がいるなら、この広い宇宙の何処かには同じ知的生命体がいるだろうと、大昔の人達が妄想した空想さ。」
墜落したUFOから発見された生物だとか、アメリカのエリア51にはこの生物がいるとか、よくあるお伽話だと教えてやると、ちょっと怒った顔をされた。
「田園さん、夢がないです!
きっと宇宙人はいますよ!」
この世界の人類が、また宇宙開発出来るようになるのは、はたしていつになるのか。
それを言いかけて、言葉を飲む。
「そうだな。何時かどこかで、この星に降り立つかもな。」
今この瞬間、ささやかな少年の夢を壊すには歳をとりすぎた。
いつか彼が、夢見た未来にたどり着けるように戦うのが、俺達大人の役目だろう。
ひとときの穏やかな時間は、結局感染者の呻き声で終了を告げる。
俺が腰のメイスを引き抜くと、東所君はライフルを構える。
この施設の職員だろうか。
近未来的な制服を身につけた女性の感染者がフラフラとこちらに歩いてくる。
すぐさま飛び出し、感染者が叫び声を上げる前に頭を潰す。
「嫌な世界だ。」
小さく呟くと、近くの非常階段から物音が聞こえる。
東所君とアイコンタクトをし、すぐさま展示物の物陰に隠れる。
感染者かとも思ったが、奴等は扉を開けられない。
俺達は息を殺し、来訪者との遭遇に備える。




