113:山猫には眠っていてほしい
「ここまでは順調ですね。」
東所君と二人、早朝に待機していたオフィスタワーを抜けて最初に逃げ込んだ金融関連のビル裏手、地下駐車場の入り口上まで来ていた。
入り組んだ建物を抜けなければいけないと思っていたが、隣が大石川後楽園という公園だったようで、日本建築のような壁に囲まれた小道を通ると、意外と簡単に地下駐車場入り口の近くまで到達することができていた。
地下駐車場上から下に向けてロープを垂らす。
丁度地下駐車場の真上はしゃがめば隠れられるくらいの高さの壁と手すりが付いている。
途中からビル壁に沿うようにして歩いてきたからか、まだ狙撃されていない。
ビル壁ギリギリなら射線は通らないと考えていたが、想定通りだったようだ。
まずは荷物をくくり付け、ロープで下に下ろす。
音を立てないようにそっと下ろしていたら、乾いた火薬の音と、地下駐車場入口のコンクリに金属が反射する音が響く。
「やれやれ、お早いお目覚めのようだ。」
恐らくは見えた荷物を狙ったのだろうが、角度の問題でギリギリ壁に当たったようだ。
ただ、荷物が見えたと言うことは俺は絶対にはみ出ているし、東所君も厳しいかも知れない。
「東所君、俺が今から飛び降りて下の安全を確保する。
君は例のアレに全部火を付けて、道路側に投げたら急いで降りてきてくれ。」
「わ、わかりました。」
ワタワタとアルミホイルの玉を準備する東所君を見て安心すると、手すりに上り、ビル壁に背を付けながら下を確認する。
こちらも早起きな感染者さんがお一人、地面のリュックを見ながらうろうろしていた。
腰のクラウンメイスを抜くと、呼吸を整える。
「早起きというか、コイツら寝なさそうだもんなっと。」
呟きと共に降下し、同時に感染者の頭を潰す。
リュックに覆い被さるように倒れそうだったので、慌てて首根っこの衣服を掴む。
丁度東所君がアルミホイル煙幕を投げていたようで、煙幕が立ち上り始めていた。
何だっけか?
細かく切ったピンポン球に火が付くが不完全燃焼を起こして煙が出て、ストローを刺したことにより煙突効果でそこから激しく噴き上げるんだったか?
まぁ、細かな科学事象はどうでも良い。
今はこの割と強い煙が立ち上っていることが重要だった。
ついでに、掴んでいた感染者の残骸を道路側に投げつける。
複数発の発砲音が聞こえ、残骸の辺りに着弾する。
お、焦ってくれたか。
ふと、頭の中に言葉がよぎる。
“想像しろ、先を読め”
死んだ親父から教わったことで、今でも俺が覚えていること。
親父のことは嫌いだった。
死んだ今でもそれは変わらない。
それでも、親父から教わったソレが、今の俺の武器だった。
(狙いは良いが、些細なことで行動に乱れがある。
同じ位置にこだわりここが狙える場所に移動しない。
……ガンマニアの素人で、確保した安全地帯はそれほど広くない、って所か?)
人物像を推測する。
先の防衛省での一件を体験しているからだろうか?
ああいう訓練を受けた人達が、この程度で心乱されるとは思えない。
まぁ個人差はあるだろうが、こうやって生きている人を無差別に狙うのも疑問が出る。
そしてあそこの立てこもりが複数人なら、すぐに増援が襲ってこないのも疑問が出る。
あそこにいるのは少数または1人で、臆病な人格のようだ。
狙いがそれなりに正確なことから、銃器に精通しているが訓練は受けていない、そう言う手合いに感じられる。
「んしょ、よいしょ。」
そこまで推測しているときに、東所君が降りてきた。
イカンイカン、考察は後だ。
まずは地下駐車場内の安全を確保しないと。
こちらに寄ってきている感染者は2体。
1体の頭を叩き潰すと、隣の感染者の頭が弾け飛ぶ。
振り返ると、立て膝立ちの東所君が、支援してくれていた。
「やるじゃねぇか。」
「僕だって、やるときはやりますよ。」
互いにニヤリと笑い合う。
「オーケイ相棒、そのライフル貸してくれ。
ここから地下駐車場の奴等を狙う。
その間は周囲を警戒してくれ。」
東所君からライフルを借りると、先程の東所君と同じように立て膝立ちになりフラついている感染者を落ち着いて狙い撃つ。
「こういう時は“狙い撃つぜ!”とか言った方が良いのかなぁ?」
「……?
何か言いましたか?」
“いや、何でも”と言いながら感染者の頭を狙う。
“パシュッ”という僅かな音を立てながらパチンコ玉が飛ぶ。
放たれた銀の玉は頭に吸い込まれ、そして骨と肉片を撒き散らして貫通する。
この地下駐車場の中には十数体いたが、概ね頭を吹き飛ばした。
「全部倒しましたかね……?」
「油断するなよ。
突然影から飛び出してくるかも知れないからな。」
“暗闇は敵だ”
そうだ、あのパラノイアめいたゴブリンを退治することに命をかける冒険者も言っていた。
上から持ってきた懐中電灯を隅に置き、極力死角を無くすようにする。
念のため、この地下駐車場にいた感染者の持ち物を調べ、車の鍵が無いかを確認する。
何人かは持っていて、駐車場内をカチカチとキーのボタンを押しながら調べ、空いた車の助手席から発煙筒を回収する。
何台かはトランクの中に予備の発煙筒もあり、そうして気付けば十数本もの発煙筒を集めることが出来た。
「どうします?結構集まったと思いますが?
……このまま車で移動できたら楽なんでしょうけどねぇ。」
東所君に言われて一瞬だけ、車の鍵が開くならこの車に乗って脱出できないかな?と考えた。
が、すぐに無駄だと思い出した。
そうだ、この辺の道路にはあのスナイパーの知恵なのか、車がバリケードのように道路を塞いでいたのだった。
「そ、そうだな。
道路がすいてりゃソレで良かったんだがな。」
危うく“あれ?何で車で行けないんだっけ?”とアホなことを言うところだった。
危ない危ない。
「さて、最終確認だ。
地下駐車場入口から発煙筒を手当たり次第投げて、目の前の商業ビル奥の駐車場入口方面に道路を突っ切る。
結構な数の発煙筒を炊くとはいえ、広い地面に置く以上、すぐに煙もどっか行っちまう。
恐らくは一瞬の勝負だ。
足もつれさせて転ぶなよ。」
「もう!また子供扱いして!」
笑いと共に状況を確認する。
昨晩も話し合った結果だ。
あの狙撃手を無視して移動手段を確保したとしても、背後から狙われてはたまらない。
ましてや生きている人間を襲うのだ。
それはもう、感染者と同レベルにまで堕ちてしまっている。
それに、ここで放置すれば別の生存者が危険な目にあうかも知れない。
安全確保を優先する以上、俺の中では“排除する”という結論に至っていた。
だが東所君は最後まで“話し合い、一緒に脱出しないか促したい”と言っていた。
妥協点として、狙撃手を見つけ出し、話が出来るようであれば話し合いを、そうで無ければ俺に任せる、という結論になった。
そう、見つけ出すためにも、接近する必要がある。
「いいな?行くぞ。」
発煙筒に火を付けて道路に投げ込む。
発砲音がまたするが、でたらめに撃っているのが解る。
「よし!」
「行きます!」
東所君が飛び出し、荷物を背負った俺が後に続く。
数メートルの道路幅が、まるで広大な河に見えた。




