109:炎のさだめ
照明台に下り立ち、持ってきた金網をはしごの上にワイヤーで縛り付け、簡単なネズミ返しを付ける。
これで多少は上り辛くなるだろう。
とはいえ、焦って付けたからグラついている。
1回止められればマシな方だろうな。
足場の安全を確保したら、無線機にイヤホンを取り付け片耳に付ける。
「さぁ、前座が客席を暖めないとな!」
持ってきた防犯用ブザーの紐を引くと、大音量で警告音がなり、感染者が一斉にこちらを向く。
一斉にこちらを向く濁った目にゾッとしながらも、防犯用ブザーを遠くへ投げ込む。
感染者が、投げた方へゾロゾロと動き出す。
「んじゃあまぁ、こういう時はお約束だろうな。
“モーロトーフ!”」
防犯用ブザーが落ちた辺り、感染者がひしめくそこに、火の付いた火炎瓶を投げ込む。
瓶が割れ、一気に火の手が上がり燃え広がる。
生きている人間なら、熱さで暴れ回り、悲鳴を上げるだろうが、そこにあるのはただただ静かに燃える感染者達のみ。
ユラユラと左右に揺れながら、或いは防犯用ブザーに群がりながら燃えるその姿は、地獄の炎で焼かれながら進む亡者そのものだ。
1つ目の防犯用ブザーが壊れたらしい。
音が鳴り止むと、感染者達はまた燃えながらユラユラと揺れるだけになる。
「熱いとか痛いとか無いもんなぁ……。」
それでも、多少は効果があるようだ。
最初に燃えだした感染者達が、バタバタと倒れ出す。
「さぁ勢大選手、注目の第2投です。」
同じように防犯用ブザーの紐を引き、先程と同じ位置に投げ込む。
焦げた感染者達を踏みしめ、また他の感染者達が群がる。
「“熱くなれよ!”。」
元テニスプレイヤーの様な事を言いながら投げ込む。
今のところ順調だ。
《田園さん、1体上りかけてます。》
振り返りつつ棒手裏剣を引き抜く。
1体の感染者が、はしごに手をかけて、腕の力だけで上ろうとしていた。
「ハイ、残念賞だ。」
上のスペースの端により、金網を避けるように斜めから棒手裏剣を上ろうとする感染者の頭に投げる。
左こめかみの辺りから突き刺さり、感染者は下に落ちていく。
どういう原理か知らないが、やはり頭にダメージが入ると動きを止めるらしい。
しかも、今の上り方は手と足で上ろうとしていなかった。
知能を使う行為は難しいのだろうか?
「っとぉ、今は検証している場合じゃねぇな。
マキーナ、コイツらの行動パターンを把握しておいてくれ。」
<承知しました。>
今は細かいことを考えていられない。
ソレよりも足止めだ。
《田園さん、ヘリの人達から連絡があったそうです。あと少しですよ!》
ソイツはどうにも、嬉しい限りだね。
確かに、空を見上げれば黒い点がいくつか見える。
アレが輸送ヘリの集団だろう。
俺は導火線を少し伸ばした爆竹に火を付け、また先程の防犯用ブザーの辺りに投げ込む。
パンパンと激しくなる爆竹は、更に感染者達を呼び込み、投げ込まれた火炎瓶でバタバタと倒れていく。
もう、照明台の上でも嫌というくらいわかるほど腐敗臭と肉の燃える悪臭が解る。
「いや、これはむせるわ。」
このまま居続けたら、炎の匂いどころかそれ以外の臭いも染み付いちまいそうだ。
「あっ!?しまった!!」
次に大音量に設定した音楽プレーヤーを投げ込むが、これがうまくいかなかった。
地面に落ちた衝撃で、スピーカーがプレーヤーから抜けてしまった。
その瞬間、ヘリの大音量が頭上を通過する。
誘導しきれなかった感染者達が、ゾロゾロと防衛省ビルを目指して進行を始める。
「待て待て待て!こっちに戻ってこい!」
焦りながら別の防犯用ブザーの紐を引くが、ここでも失敗した。
強く引きすぎて、紐を千切ってしまった。
しかも千切れたときの反動で、ブザー本体を手から落としてしまう。
足場は完全な板では無く、鉄骨組みだ。
足下では無く、鉄骨をすり抜けて地面に落ちてしまっていた。
「ヤベぇ!」
《田園さん!下に感染者達が寄ってきてます!危険です!》
感染者達の何体かは、どうやら俺を見つけたらしい。
鉄骨やはしごから上に上がろうと、至る所を掴んでくる。
それが衝撃となり、立っている足下がギシギシと音を立てながらぐらつき始めていた。
しかも、腕力だけで上ってきた奴もいて、ネズミ返しを千切ろうとギシギシやっている。
「ステージのアイドルには手を出さないで下さい!」
金網を引き千切り、更に上ろうとした感染者の頭をメイスで叩き潰し、蹴り落とす。
後ろにいた別の感染者も一緒に落ちていったが、ここはもう持たないだろう。
「クソッ!しくじった!
脱出する!」
最後に、持ってきた音の出るモノを全て鳴らし、周囲に落とす。
感染者達の群れは、それこそ鉄骨付近の感染者を圧殺しながら、この照明台に殺到していた。
音の出る周囲に火炎瓶を投げつけ、最後の1本だけをポケットに突っ込んでワイヤーを上り始める。
ある程度上ったところで、火の付いたライターを咥え、片手で瓶の先端に火を付ける。
「あふぁよ(あばよ)!」
さっきまで俺がいた照明台に向けて火炎瓶を投げる。
丁度上り終わり、ワイヤーに手をかけようとしていた感染者に当たり、周囲に炎が飛び散る。
ソレを見届け、ライターの火を消すと、ビルに向けて上り始める。
ギリギリだった。
何とかワイヤーを上り切り、東所君に助けて貰いながらビルの手すりを越えたとき、ワイヤーが切れた。
俺の後ろを、火だるまの感染者数名がワイヤーを伝っていたのだ。
だがその重みと、ぐしゃぐしゃになった照明台が倒れたことによりワイヤーが切れ、感染者数名はそのまま地面に叩きつけられ、下にいた別の感染者と共に燃え広がった。
「田園さん!大丈夫ですか!?」
「……あ、あぁ、何とかね。それよりあっちはどうなった?」
防衛省ビルの方向を見て、その光景にまたゾッとする。
このビルから防衛省ビルに向かう方面は、感染者で埋め尽くされていた。
「こちら前座、本部どうぞ。
感染者多数、そちらに向かってます。
すいません、足止めしきれませんでした!
以上。」
東所君から防衛省の人達向けの無線機を受け取り、通信を送る。
《こちら本部。田園さん、ありがとう。
お陰で避難された方々は無事ヘリに乗せられそうです。》
そう通信から返され、少しだけホッとする。
そして聞こえる無数の銃声。
何故銃声がしているかが一瞬解らなかったが、先程の体験から、何となく想像が付く。
この集団では、あんな簡素なバリケードは役に立たない。
恐らく簡単に突破されただろう。
続いて下のフロアだが、ここも簡単に埋め尽くされたのだろう。
となれば、溢れた感染者達が、“壁伝いに上り始めた”のだろう。
先程ので解った。
感染者達は知能はほぼ無いが、個体差がある。
手足を使ってはしごは上れないが、その馬鹿力を使い、手掛かりがあると腕だけで昇り出す。
壁の突起、或いは昇る感染者の衣服や肉体、そう言ったモノを使い、アリのように群がりながら壁を上りだしたのだろう。
それでも、着実に輸送ヘリは2台ずつ降りている。
また、降りていないヘリは機関銃だろうか?旋回しながら射撃しているのが解る。
それでも、道路を歩く感染者達の数が減る様子はない。
その内に、輸送ヘリ6台は救助者達を回収し終えたのだろうか。
そのローターの重低音を響かせながら、元来た方向に飛び去っていった。
……ただ、防衛省ビルの上からは、まだいくつかの銃声が響いていた。
「田園さん、これって……。」
東所君のその問いに、俺は何も答えられなかった。
俺がしくじらなければ、こうはならなかったのか。
《田園さん、この通信が聞こえていたら安心して下さい。
我々は、こうすることも想定しておりました。
だから貴方方は、貴方方の目的に向かって下さい。
通信終わる。》
それ以降、無線機からは何も応答は無かった。
彼等は、最後まで勇敢だったと言うことだ。
暫くして、小さな爆発音がいくつか鳴った。
俺と東所君はただ目をつぶり、防衛省ビルの方向に両手を合わせ祷っていた。
沈む夕日が、血のような赤さだった。




